2008/11/11

「さよならだけが人生だ」

 先日、中高時代に英語を教わった米国人教師が83歳で帰天されました。
その恩師は、イエズス会の神父だったので、上智大学の聖イグナチオ教会で「葬儀ミサ」が行われました。
キリスト教信者ではない私にとって、フォーマルな葬儀は初体験。
白衣をまとった神父さんがずらりと並び、葬儀を執り行う光景は、物珍しさも手伝い、荘厳な印象を受けました。

 恩師は、1956年に来日し、広島学院や栄光学園で教鞭を執りましたが、78年に心臓病を患い、米国に帰国。日本に戻ることを切望していたそうですが、主治医から離れたところで住むことを許されず、再来日の夢はかなわなかったそうです。今回、友人の神父さんが遺骨を持ち帰り、同教会の地下にある納骨堂で眠ることができました。

 口癖は「Be happy!」。
当時は40歳代後半でしたが、すでに頭髪はまったく存在せず、立派な光頭でした。が、いつも「私は21歳だよ。子どものころから毛はなかった」と言って、皆を笑わせていました。カツラをかぶって教室に現われたり、英語の笑い話を紹介したり、楽しい授業でした。ただ、英語が大苦手な私は、何度も呼び出され注意を受けたものです。しかし、最後には、「Be happy!」を忘れませんでした。

 ところで、葬儀ミサでは、何回も聖歌を合唱するのですが、「神ともにいまして」の中の「また会う日まで〜」という有名なフレーズを歌っていると、不謹慎にも于武陵の漢詩「勧酒」が頭をよぎりました。
君に勧む金屈巵(きんくつし)
満酌辞するを須(もち)いず
花発(ひら)いて風雨多く
人生別離に足(み)つ

 井伏鱒二は最後の1行を「さよならだけが人生だ」と訳しました。
 さて、「読売ウイークリー」は残すところ3号となりました。長い間、ご愛読ありがとうございました。報道があってから、私宛にも、休刊を惜しむ声や激励のメール、手紙をたくさんいただきました。この場を借りて御礼を申し上げます。「週刊読売」時代から、記者、デスクとして19年間も過ごし、思い出は尽きません。今の心境を一言で表わすならば、「さよならだけが人生だ」となります。
(ビールがぶ飲みデスクこと下田 陽)
 
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2008/11/07

13年前の小室哲哉容疑者

 小室哲哉・音楽プロデューサーの逮捕について、10日発売の読売ウイークリー
(11月23号)に特集記事を載せました。逮捕のニュースに、私は取材で
会った日のことを思い出しました。

 会ったのは、1995年6月。新聞の社会部にいたころ、旬の人の一日を追う
新企画のため、私は小室容疑者に白羽の矢をたてました。 前年には小室容疑者が
プロデュースしたダンスユニットtrfが大ブレイクし、その年の3月から浜田雅功
さんと組んだ「H・ジャングル・ウイズ・t」が独走ヒットを飛ばし、ヒット
メーカーぶりが際だっていました。でも、プロデューサーとしての小室容疑者は
それほどメディアに露出していませんでした。まだ、globeも華原朋美さんも
デビューしておらず、社内では、「誰?コムロヒトシなら知っているけど」と
いう反応が少なからずありました。

 そういう頃だったせいもあるのでしょう。小室容疑者は終始、協力的でした。午後
2時過ぎから夜中近くまで、場所も六本木のディスコからホテル、自らのスタジオと
移動しながらの取材に好意的で、合間のひと言、ふた言のQAにも快く対応してくれ
ました。

 1995年6月27日の朝刊にB4サイズほどの大きさで掲載した記事を読み直すと、
36歳の小室容疑者が大ブレイク寸前に、どれほど精力的に仕事をしていたかがわかります。

 手がけていたプロジェクトは14、レコード会社などからの注文は月約30を数え、
CMやテレビの主題歌などは歌手選びから曲作り、宣伝戦略まですべてを請け負う形
でした。それまでのプロデューサーが音楽を作るか、制作やPRを仕切るかのどちら
かだったのを、どちらも一人で行っていました。

 「僕は『スタッフ』として企画をたて、その後に『クリエーター』として曲を作る。
どちらも順調だ」
 
 印象的だったのは、超多忙ぶりを自分で楽しんでいるように見えたことです。
メイクや整髪の部屋や食事、スタジオなどプライベートな部分にまで、立ち入らせて
くれて、ハンバーガーを食べる姿や、キーボード操作まで披露してくれました。
ホテルの一室で次々と雑誌のインタビューをこなしていたときには、各取材者に、
私のことを「新聞の密着が入っているんです」と、にこにこしながら紹介して
くれたほどです。

 まとまったインタビュー時間を設けてもらったのは、夜も更けてから。朝まで
翌日納品用の音を作るいう小室容疑者に、スタジオを備えたマンションのリビングで
話を聞きました。マネジャーや事務所の人の最上階で、窓の夜景がきれいでした。
 「毎日が『ツルの機織り状態』だけど楽しい」と語っていた小室容疑者。どこで
ボタンを掛け違ったのでしょうか。
 (あれこれデスクこと笠間亜紀子)
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2008/10/17

本誌掲載の12日後に逝去した峰岸徹さん

 10月11日に亡くなった俳優の峰岸徹さんの記事を、20日発売の読売ウイークリー
(11月2日号)に掲載しました。

 峰岸さんには、読売ウイークリーのインタビュー連載「カラダを語る 私を語る」の
ため、ご自分のがんについて語っていただいていました。10月5日号に「家族の
ために命を諦めない」(上)、10月12日号に「やりたい仕事はまだたくさんある」(下)
として2回にわけて紹介しています。今回、本誌が最後の声を伝える活字になったことを
知り、企画では伝えきれなかった峰岸さんの姿を改めて1頁にまとめたのです。

 雑誌は発売日と号数が異なりますから、10月12日号は、9月27日の発売でした。
そのわずか12日後の逝去…。担当デスクである私は、訃報に言葉を失いました。

 ですが、一方で「ああ…」とも思ったのです。取材時から相当お加減が悪いだろう
ことを取材者から聞いていたからです。
 インタビューの場合、取材者と、カメラマンとで出向きますから担当デスクである
私の手元にはそれぞれ原稿と写真とが別々に届きます。峰岸さんのインタビューでは、
終わってすぐに写真が手元に届き、モノクロの、その写真が本当に素敵だったので、
「お元気そうで良かった。とても素敵な写真が撮れている」と、取材者に伝えたのです。
 
 すると、実は病状は深刻で、具合が悪そうだったこと、けれど、同じ病で闘病して
いる人たちを励ますものになれば、と取材に協力してくださったこと、そして
撮影となるとプロの顔になってカメラの前にたってくださったことを知ったのです。

 その後、私の手元に届いた峰岸さんの肉声といったら……冒頭に書きましたが、
「家族のために命を諦めない」と「やりたい仕事はまだたくさんある」が記事の
見出しとなる内容なのです。
 プロとしての、いえ人間として生きる姿勢に、取材当初から脱帽していました。 
  
  ご冥福を心からお祈りいたします。
                 (あれこれデスクこと 笠間亜紀子)
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2008/09/29

中学受験の臨時増刊

 読売ウイークリーのウリモノの一つである「中学受験」で、本日、
読売ウイークリーの臨時増刊を発売しました。

「ママ&パパのための中学受験2009パーフェクトガイド」(定価980円)です。
http://info.yomiuri.co.jp/mag/book/09tyugaku.htm


「塾選びの極意」「ひと味違う中高一貫校案内」「わが子を伸ばすプロの裏ワザ」
など、中学受験で保護者が知りたいことを1冊にまとめました。

 本誌で掲載してきたなかから厳選した関連特集を、データを更新し、加筆して
作りました。

 こだわったのは、発刊の時期です。というのも、私自身が子どもを持つ親として
この時期、塾探しに腐心したからです。

 デスクとしては、中学受験の特集を手がけていますので、
「早ければ小学4年生から塾通い」「塾の新年度は2月から始まる」など、
断片的には頭に入っていましたが、「2月から」始まる塾を選ぶには、
秋口からが佳境なんですね。

 フルタイムで仕事を抱えている身としては、「ええっそんな!年明けからだと
思っていたのに」と、あわてました。

 いえ、塾通いなどはいつから始めてもいいのだと思いますが、自宅近くに
どんな塾があるのかに始まって、各塾の入塾テスト、費用について……いろいろ
親として考えるべき事柄は多く、子どもを連れて行き、授業を見て、などを
考えれば、時間がかかる事情もわかりました。
 
 そういうときに、各塾についてわかりやすく比較ができるガイドがあれば!
と思ったので、この時期に発刊を合わせたのです。

 もちろん現在、塾通いをさせている方々にとっては、この時期は文化祭や学校
説明会が各地で開かれます。そういう方々にも活用していただけるよう心がけました。

 この週末、私も1日は子どもの学校の運動会にあて、もう1日は子どもと
中高一貫校の文化祭に足を運びました。

本当に、わが子の気質にあっていそうで、通学時間に無理がなく、わが子の学力
でも十分、手が届く学校はどこにあるのでしょうかっ!

 渦中のみなさま、がんばりましょう。
                (あれこれデスクこと 笠間亜紀子)
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2008/08/20

デジタル版!

 デジタル版ヨミウリウイークリーの販売を始めました。
富士山マガジンサービスというサイトで売っています。
広告が入っていなかったりするので300円と紙のものより50円割引です。
記事はごく一部を除いてほぼ全部そのまま載っています。

 デジタル化する技術そのものはもう大分前からあるのですが、
課金システムをどうするかなどビジネス展開するには難問もあって
二の足を踏んでいたのです。
ただ、デジタルブック化ソフトの開発会社の若手営業マンとはこの1年、
しょっちゅう話を聞いたり飲んだりしてはいました。
その彼がこの春、そろそろやりましょうよ、と言い出したのです。
前述の富士山マガジンサービスというネット書店にデジタル雑誌コーナーができて
結構売れていること、
難問だった課金作業を代行してくれること、
それに「AERAもやってますよ」と。

 で、今週号から売り出した、というわけです。
特段宣伝しなかったのは、今週号からホントに販売できるのか、
作っている私も疑心暗鬼みたいなところがあったからです。

 デジタルブックは文字通りデジタルですから
拡大も縮小も自由自在、便利なものなのですが、
作るのは相当にアナログ的な手作業なのです。
まず紙の本誌の編集作業を終え、
土曜朝、デジタル化ソフトを組み込んだパソコン前にアナログ的編集者4人が集合して作業開始。
若手営業マンのセールストークだと「ほんの1時間でチャッチャッとできます」
はずなのですが、そう簡単ではなく、
目次をクリックすると全然関係ない記事に飛んだりして悪戦苦闘、
4時間近くかかってようやく出来上がりました。
慣れればもう少し早くできそうですが、
「ほんの1時間」まで短縮できるまでには随分かかりそうです。

 ともあれ、わが編集部のIT化、デジタル化は着々と進行しています。
そうそう、今朝の渋谷駅のサル騒動に出勤途中の小誌記者が出くわし、
見事、写真と動画の撮影に成功しました。
早速社会部に「スクープです!」と売り込みに行き、
夕刊早版と読売オンラインのトップページに写真が掲載されました。
立派な動画もあるので、
これは来週号のグラビアページの動画リンクシステムで紹介します。
お楽しみに。
(苦悶デスクこと木村透)
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2008/08/06

8月6日

 先日、「夕凪の街 桜の国」という映画のDVDを借りてきて観ました。
舞台は広島、原爆の物語です。
そして今日は8月6日。
 昨年の今頃、小欄にこんなことを書きました。

「実は私も被爆2世です。
帝国陸軍二等兵だった父親が爆心地近くで被爆しました。
ただ、ちょうどピカドンのその時、
掃除当番で両側が壁に囲まれた廊下の先に箒を取りに行っていて、
熱線、爆風を受けずに済みました。
放射能はどうだったかわかりませんが、
その後今まで父も、私も健康に過ごして来ました。

 その父は、70を過ぎてから原爆手帳をもらいました。
自分では何の証拠も提示できなかったのですが、
厚生労働省がちゃんと調べてくれて発行してくれたそうです」

 この間ぎっくり腰になった母親の見舞いに行ってきたのですが、
元気いっぱいだった母親はちんまりと小さくなってソファに座っていて、
被爆者の父親は83歳になってなお雑誌に専門のロシア情勢の原稿を書き、
どこそこ大使館のレセプションだと言っては出かけていきます。

 ほんの数秒、両側の壁に守られていたおかげで、
以後の63年を元気に暮らしてきたわけですから、その強運には驚きです。
夕刊の原爆忌の記事には、全国の被爆者は年々減って24万3692人。
平均年齢は75.14歳とありました。

 お盆休みには見舞いがてらまた行ってきます。
夏には、もう数十回目の原爆体験談を清聴する、これがわが家の慣わしです。


 今朝、犬の散歩の途中でこの夏2匹目のカマキリを見つけましたが、
まだ3−4cmと小さく、幼虫のようです。
お盆休みには成虫に育っていると思うので、
見つけたら私も「自然しらべ2008 夏休み カマキリをさがせ!」企画に投稿します。
みなさんもぜひ。
(苦悶デスクこと木村透)
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2008/08/01

本邦初の「矯正歯科」特集

 8月4日発売の読売ウイークリー8月17・24号に、矯正歯科に関する大特集を
掲載します。一挙14頁で、6月から取り組んできた本邦初の矯正歯科全国リスト
の第一弾です。

子どもや自分の歯並びやかみ合わせが気になったとき、どのように治療先を探したら
いいのか。何をどう歯科医に尋ねたらいいのか。今回は、その手がかりとなるような
特集記事にしたいと考えました。

 というのも、矯正歯科治療を巡っては、全国に2万もの「矯正歯科」をかかげる
歯科診療所があるにもかかわらず、何を頼りにして探したらいいのか、情報が極端に
少ないからです。 
 今回は、そのなかから全国の1800あまりの歯科診療所に郵送式でアンケートを送り、
回答を都道府県ごとにリスト化しました。こういうリストはいままで皆無だった
のです。これほど医療情報に対する関心が高いなか、異例なことだと思います。
なぜ情報がないのか、リストができなかったのか、特集記事のなかでは触れています。
また、リストとともに患者として知っておきたい情報もQ&A集にまとめました。

 調査に協力していただいた歯科診療所の方々には、ここでも改めてお礼を
申し上げます。また問い合わせ、批判にはできる限り対応したつもりですが、
不十分な点はおわびします。 
矯正歯科に関心のある多くの方に手にとって読んでいただきたいと思っています。

(あれこれデスク 笠間亜紀子)


 
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2008/07/16

石田投手のこと

 今週号からスタートの仰天新企画「YW式動画リンクシステム」、
お試しいただけましたでしょうか。
少なくとも映画、DVD業界などオフタイムのページの関係者には結構な反応があって、
早速数社から電話がありました。
で、月曜に2社、火曜に1社の撮影というあわただしさです。
来週号ももちろんやりますので、まだの方はぜひ。

 それはそれとして、今朝のスポーツ新聞各紙の1面
「元取手二高の石田投手死す」という記事には驚きました。
41歳という若さでした。

 1984年夏の甲子園決勝であの桑田に投げ勝ったピッチャーです。

 私はそのとき、入社二年目の水戸支局の記者。
高校野球県予選の取材を担当していました。
すでに西の横綱PL学園、東の横綱取手二と言われるほどの強豪でしたが、
普通の県立高校の普通の校庭で練習していました。
監督はまだまったく無名の木内監督。
あの茨城弁で暗くなるまで丁寧に取材に応じてくれました。

 84年春、新装なった水戸市民球場に
PL学園を招いて取手二との練習試合が行われました。
桑田、清原はもうスターでしたから、球場は超満員。試合前の練習で、
桑田がパーンといい音を立ててキャッチャーミットに投げ込むたびに大歓声です。
スコアは忘れてしまいましたが、取手二は大差で負けました。
帰りのバスに乗り込む際、キャプテンの吉田君に尋ねました。
彼もプロ入りし、近鉄、阪神で俊足巧打のショートとして鳴らしました。
その吉田君は私にこう言いました。

「勝てっこねえよ」

 しかし、それからわずか3か月、甲子園の決勝で、
しかも延長戦であのPLを撃破したのです。
 石田投手は早稲田に入り、その後大洋に入りました。
応援していたのですが、あまり活躍はできませんでした。
ずっと、打撃投手をしていたことを今朝の新聞で知りました。
「プロ野球を含めて数少ない心に残る投手でした」
という桑田のコメントが心にしみます。
スポーツ新聞が1面で大きく伝えた、そのことが、
日本中のファンの心に残る投手だったことを何より物語っていると思います。

 全然関係ありませんが、
わが母校神奈川県立柏陽高校は今夏、1回戦で早々に姿を消しました。
はるか35年前、硬式野球部ができて初参戦したときに応援団を頼まれました。
桐蔭学園と当たって1点先制したときには、ひょっとしたらなどと思いましたが、
結局コールド負けでした。
3番にロッテのショート水上が、
4番に広島のライト長内がいたチームですから、勝つはずはありませんでした。

 最近新聞を読む時間が長くなりました。
全国の県予選の結果を確認しているからです。
(苦悶デスクこと木村透)
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2008/07/10

仰天新企画

 来週発売号から仰天の新企画がスタートします。
名付けて「YW式動画リンクシステム」。
なんのことやらさっぱりでしょうが、
ケータイカメラで誌面の写真を撮影し、
メール送信すると動画が送られてくるというシステムです。

 主に映画やDVDなどを紹介している連載「オフタイム」のページが中心となります。
次号7月14日発売号では、
例えば中国映画「雲南の花嫁」を紹介しています。
誌面は、映画ライター金原由佳さんによるチアン・チアルイ監督のインタビュー記事ですが、添付の映画の写真をケータイカメラで撮影し、
yw@okuru.jpにメール送信すると、あら不思議、
この映画の宣伝を担当しているショウゲートの美人広報が
紙芝居風に映画のあらすじを説明する動画が送られてくるのです。

 次ページには衛星放送の新番組「アイスロード・トラッカーズ」の番組紹介が載っていて、
やはりケータイカメラで撮って送れば、
浅草キッドによる番組紹介の動画が見られます。

 エンタメばかりではありません。前の方のグラビアページでは、
「中越沖地震から1年」のフォト・ルポを掲載しますが、
そのうち1枚もやはり動画とリンクしていて、
取材してきたカメラマンがちょっとだけあいさつします。

 これは、「画像認識」に関する新技術を使ったシステムで、
メール送信する先のサーバーに、
あらかじめ誌面に掲載している画像と動画を入力しておきます。
読者からケータイカメラで撮影した誌面の写真が送られてくると、
その画像が入力済みの画像と一致するかどうか識別し、
一致した場合にはセットになっている動画を返信するという仕掛けです。

 昨年、パーゴルフというゴルフ週刊誌が導入していました。
総合週刊誌では本邦初ということになると思います。

 おもしろいのは、どんな画像でも識別できるので、
必ずしも誌面の写真を必要としない点です。
現段階では、誌面写真を撮影して動画を見る方式ですが、
誌面で紹介した屋外のイベントとのタイアップ企画なども今後は考えたいと思っています。

 例えば、誌面でAという屋外イベントを紹介し、
誌面写真をケータイカメラで撮影して送ると、
そのイベントの割引クーポンや「合言葉」が送られてきて、
入り口でそのクーポンを示したり、合言葉を言えば3割引きになり、
さらにそのイベント会場のメーンの飾り付けを撮影して送れば、
次回のイベントが半額になるーーとか。

 ま、いろんなことが考えられます。
お金を持っているスポンサーの方々、
おもしろい広告、キャンペーンが展開できると思いますよ。
と、まずは宣伝しておきます。

 そうそう、金儲けのことばかり考えているわけではありません。
子どもたちの夏休み向け企画「自然しらべ2008 夏休み カマキリをさがせ!」の連載もこの号から始まります。
子どもたちの夏休みの自由研究の応援企画ですが、
これも単なる子ども向けというわけではありません。

 日本には11種類のカマキリが棲んでいるのですが、
どこにどの種類といった分布状況はあまり詳しくわかっていないのです。
で、これが本邦初の全国カマキリ生態調査というわけで、
専門家もその結果に注目しているのです。

 無関係のようにみえる両企画ですが、実は深い関係があります。

 昨年の「自然しらべ2007」のテーマは「セミのぬけがら」でした。
その連載の中で、「世界初!セミの鳴き声が聞こえる週刊誌」という企画をやりました。
誌面のセミのぬけがらのイラストに鳴き声のデータを埋め込んでおき、
ケータイカメラで撮影すると、「ミーン、ミーン」と聞こえてくる仕掛けです。

 これ以後、誌面とデジタル技術の組み合わせに興味を持ち、
そうした技術を持つベンチャー企業の若い人たちと飲みに行っては議論するようになり、
そのひとつの成果が今回の動画リンクシステムというわけです。
 ぜひ試してみてください。
(苦悶デスクこと木村透)
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2008/06/24

フラワー・メグ!

 先週号の週刊ポストに
「フラワー・メグ 青春の肖像 1971年、わずか1年間で姿を消した伝説のモデルが再び」
というグラビア記事が載りました。
3葉の当時のヌード写真と、36年後の今の写真と。

 団塊世代にはきっと懐かしい彼女は、
5月23日に復活ライブを都内で開いたのです。
6月4日の読売新聞の夕刊にもその記事が載りました。

 そして昨日、ご本人から週刊ポストを同封した丁寧な礼状が届きました。

 実は、小誌は彼女の復活に大きな役割を果たしているのです。
その大まかな経緯は昨年4月の小欄でも書きました。
まずは、それを再録します。

「この本(小誌連載をまとめた「アグネス・ラムのいた時代」という中公ラクレ新書のことです)のアグネスの次のページには、フラワー・メグという伝説のヌードモデルが載っています。
 1971年に19歳でデビューし、きっかり1年間だけ芸能活動して20歳で引退。
 テレビに初めて上半身裸で出演したのが彼女で、
団塊の世代なら、その日本人離れしたスタイルと顔立ちを覚えている人も多いはずです。

 アグネス、団塊とくれば、平凡パンチでしょう。
 イラストレーターの大橋歩さんの表紙はあまりにも有名ですが、
リニューアル第一号の表紙はフラワー・メグの顔の大アップだったのです。
それも、目と鼻と半開きの唇だけの強烈な写真。
それほど人気だった、ということです。

 なのに、電撃結婚して芸能界とは縁を切ってしまいました。
この本の共著者である写真家・長友健二さんは懐かしがっていて、
記事の末尾に「編集部に連絡を」とメッセージを書いておきました。
で、先月、ご本人から連絡をもらったのです。
残念ながら長友さんは昨年夏に亡くなってしまったので、
その代わりというわけではありませんが、お目にかかって昔話をしてきました。

 もちろん初対面です。
が、こちらの側は懐かしい再会の気分で、ついつい飲んでしまいます。
妖艶な容姿は相変わらず、
フラワー・メグという一風変わった芸名は、
「急につける事になって、目黒に住んでる花だからって決まっちゃったのよ」
と明かしてくれました。

 平凡パンチなどで彼女が活躍したのは1971年。
私は14歳ですから、そのヌードが脳裏に焼きついている、というのはいかがなものかーー
帰りの電車ではそんなことを考えました」


 それから1年余、彼女はご長男と復活ライブの準備を進め、
その案内記事を小誌5月25日オフタイム欄に掲載したのです。
ポストや読売夕刊の担当者は、
おそらくこの記事に反応してくれたのだと思います。
きっと、私と同様、この36年間というもの、
彼女のヌードを脳裏に焼き付けてきた人に違いありません。
 マダム・メグとなった彼女は10月にはディナーショーを開くそうです。
お楽しみに!
(苦悶デスクこと木村透)
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2008/06/10

カマキリ!

 最近は馬ネタばかりでしたが、ではカマキリネタを。

 日本にいるのは数十種類ではなくて、11種類。
南ほど種類が多く、九州以南には全種類住んでいます。
ま、日本中でみられるポピュラーな虫ですが、
どこにどの種類がいるかなどくわしいことはわかっていないのです。
 交尾の後、メスがオスを食べてしまう、といわれていますが、
どうやらこれは、もともと目の前で動いている虫を食べる習性があって、
交尾で疲れ、あるいは愛情のあまり離れるのが遅れたオスが犠牲になってしまう、
ということのようです。

 もちろん、以上のようなことはつい最近知りました。

 昨年の「夏休み セミのぬけがらを探せ!」に続いて、
今年はカマキリをテーマに選び、今、毎週2−3時間に及ぶカマキリ会議を開いていて、
その中で学習したものです。

 この子供向けの夏休み企画は、
もともと日本自然保護協会が「自然しらべ」というタイトルで十数年続けてきたものです。
それを昨年、小誌と子ども向けポータルサイト「キッズgoo」を運営しているNTTレゾナントが主催に加わり、
週刊誌とインターネットのタイアップ企画としてバージョンアップしました。

 セミのぬけがら探しは大成功でした。
夏休みの期間中に特設サイトには260万ものアクセスがあり、
2万個のぬけがらが協会に届きました。
それらを分析した結果、
クマゼミの生息域の北上が確認されて
「クマゼミ北上中 地球温暖化の影響か」
というような見出しで、読売新聞の社会面のトップ記事にもなりました。

 ただし、アナログ編集長も書いているように、カマキリはそう簡単には見つかりません。
写真に撮るのも、動かないセミのぬけがらとは違って上手に撮ることは難しいのです。

 でも、これが日本初のカマキリの大規模調査。
日本中の子どもたちが一人でも多く参加してくれることで、
知られざるカマキリの生態がわかってくるというわけです。
実は、わかるのはカマキリのことだけではありません。
カマキリのすみかである草原が今どんな状況になっているのか。
つまり、身近な自然環境の調査という意味合いもあるのです。

 6月23日発売号にはお知らせ記事が、
7月14日発売号からは「教えて!カマキリ博士」という連載を始めます。
この夏休みは友達と、家族とカマキリを探して写真に撮ってください。
キッズgooには、夏休みの自由研究用のフォーマットも用意します。
ここに、自分で撮ったカマキリの写真を入力し、
分類表を見て何という種類か調べ、
小誌の連載記事を参考にすれば立派な夏休みの自由研究ができあがり、という仕掛けです。
しかも、あなたの息子さん、娘さんが、わが国の生物学の発展に寄与できるのです。
 (苦悶デスクこと木村透)
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2008/06/09

ペ・ヨンジュンさんのインタビュー

 6月9日発売の今週号(6/22号)で、来日中の韓国人俳優ペ・ヨンジュンさんを
大特集しました。
表紙をのぞき、8頁。記者会見の写真も使っていますが、ほとんど撮り下ろし
写真を使い、単独インタビューでは、声をそのまま紹介するよう心がけました。

 読売ウイークリーでは、これまでもイ・ビョンホンさん、インソンさん、
キム・レウォンさん、ソ・ジソプさんほか、多くの韓国人俳優の方々に
個別インタビューに協力していただき、ビョンホンさん、チェ・ジウさん
には、表紙にも登場していただいています。
 
 ペ・ヨンジュンさんについても折々で特集していますから、機会があれば、
ぜひ表紙に登場いただきたいと考えていました。

5年ぶりの主演ドラマに対するファンの期待ぶりは昨年11月にも紹介しています。

ヨン様5年ぶりのドラマ

 今回の来日で、ようやくその機会を得ました。 
 取材、撮影が行われたのは、都内のホテルでした。
現れたペ・ヨンジュンさんには、さすがにオーラがありました。
ただし、そのオーラは私が予想していたものとはちょっと違いました。

 私は、取材者としては4年前の秋に来日したときの記者会見でしか、
実際の姿に触れたことがないのですが、そのときは、ファンの方が
負傷するというアクシデントがあったため、表情は終始硬いまま、
最初から最後まで笑顔を浮かべることはありませんでした。
 そして今回のドラマも全編見ましたが、役柄が王ですから、
個人的には、「近寄りがたい」というような印象を持っていたのです。

 ところが、最初の取材スタッフとのあいさつのときから、
「近寄りがたさ」は皆無でした。服装もカジュアルですし、大阪での
大イベントをすませた後の個別インタビューですから、もともと条件は
違うのですが。

 そうして始まったインタビューで、質問にはメモをとりながら
丁寧に、誠実に答えていただきました。とりわけ、話題が結婚に及んだときには、
笑いながら、手でたたくしぐさを何度も繰り返し、事務所のスタッフも
思わず顔をほころばせたほど。なごやかな雰囲気で行われました。
(どんな話の内容だったのかは、ぜひ記事をお読みください)

 また、ごく短時間で行われた撮影では、さまざまな「プロの顔」を
披露していただきました。撮影後、カメラマンが驚嘆するように
言っていましたが、どのコマも「使える写真」なのです。さすがです。

 表紙やグラビアの「シーン1」、記者会見での写真は、多数の「使える写真」
から厳選しました。また、インタビュー頁では、ごく自然な雰囲気が
現れているものを選びました。

 ファンの方々はペ・ヨンジュンさんにそれぞれご自分が好むイメージを
持っていると思いますから、今回の記事と写真がそれに合致するかどうか
わかりませんが、読売ウイークリーがみた、いまのペ・ヨンジュンさんを
感じ取っていただけたらと思います。

(あれこれデスクこと 笠間亜紀子)
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2008/05/30

日本人だから「うつ」になる

 6月15日号で、ジャーナリストの上野玲さんに、「医者や薬に頼らない! 自分でできる『うつ』対策」という特集を執筆してもらいました。
これは、6月1日号の「誤解だらけのうつの実態」の後編に当たります。

 今回の特集は、相談者の7割がうつで占める仏教カウンセリングをリポート。
抗うつ薬のみでは効かない患者さんへアドバイスをもらっています。
また、自らうつである上野さんが編み出した、
「プチ課題を作る」「約束を守る」「慌てない」「焦らない」
など自助努力のポイントも挙げてもらいました。

 実は、上野さんとは20年以上の付き合い。
渋谷でビールをがぶ飲みしたことも再三です。
数年前にうつをカミングアウトをしたときには驚きましたが、
いまも通院、治療を続けながら、患者の交流会を全国各地で開催するなど精力的な活動を行っています。

一方で、実名で、うつに関する体験記や取材記事を執筆。
これまで小誌でも私と一緒にずいぶん、うつの特集を取材してきました。

 今回、それらに加筆して中央公論新社から『日本人だからうつになる』(中公新書ラクレ)を出版。5月26日付けの朝日新聞の「天声人語」に取り上げられるなど好調な売れ行きのようです。うつに悩む人にも、そうじゃない人にも、ぜひご一読をおすすめします。
(ビールぶ飲みデスクこと下田 陽)
 
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2008/05/23

40歳代男性はモテるか

 ありがたいことに、6月1日号に掲載した「独身20歳代女性がグッとくる 40歳代『モテ男』像」が好反響のようです。
発売の日、電車のなかで、中吊り広告を熱心に見ながら、この特集について話していた2人の中年男性を見かけましたし、同世代の友人たちからも連絡をもらいました。
また、テレビでも紹介され、有名タレントにも話題にしていただきました。

 口の悪い友人からは、「お前の願望を企画にしたんだろ」と言われましたが、まあ、その通りです。
1か月ほど前、同業他社のA氏と、今回この特集を担当したジャーナリストの池上正樹さんと、銀座のおでん屋で、焼酎をがぶ飲みしていたとき、
「どうしたら、20歳代の女性にモテるんだろう」
という話に花が咲きました。
いずれも40歳代のモテない3人組が、あーでもない、こーでもないと議論しているうち、酩酊してしまったのですが、
「今度、しっかり取材して、その方法を探ってみよう」となった次第です。

 年齢が離れた男女の恋愛や結婚は、ままあることですが、40歳代男性と20歳代女性に対象を絞ったところが新鮮だったのではないでしょうか。
取材する過程で、この世代の男性はかつてマニュアル世代、女性はコギャル世代と呼ばれ、この組み合わせが、奇妙に相性が合うということがわかりました。
 ちなみに、記事を書いた本誌の関仁巳記者も40歳代です。今後も、中年男性を元気付ける企画を続けていきたいと思っています。
(焼酎がぶ飲みデスクこと下田 陽)
 
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2008/05/14

熟年離婚

 昨夜は大学のクラス会でした。
文学部のロシア語クラスですから、会場は神保町のロシアレストラン。
スタリーチナヤ、スタールカ、ズヴロッカなど、
久しぶりにウオッカで何度も乾杯しました。

 集まったのは9人で、読売、産経、日経、中央公論新社とうち4人がマスコミ関係者。
昨年、「百姓になる」と言って広告会社を辞め、故郷会津に戻った仲間は、
この時期田植えで忙しく、暇人に付き合ってはいられない、ということでした。

 例によって、不健康自慢で始まった会の昨夜のメーンテーマは、
この春、四半世紀連れ添った妻から突然三行半を突きつけられた男の熟年離婚論を拝聴すること。

 妻側はかなり前から準備していたようですが、聞かされた方は青天の霹靂。
半世紀生きて、四半世紀連れ添って、
突然「あなたといてもときめかない」なんて言われてもねえ。
それは確かにうろたえます。

 今はまだ同居中ですが、やり取りは主にメールで済ませているそうです。
ローンの終わった家をどうするかが話題の中心、とも。

 すでに、次の結婚に向けて相手探しをまじめに考えている、
というところが、まあ、前向きで大変結構だと慰めました。

 来週発売号には、40男に萌える20代女性の特集記事が載ります。
そういえば彼はまだギリギリ40代ですから、参考になるかも。
  (苦悶デスクこと木村透)
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2008/04/22

地球は狭い!

 先週末、ケニアのサバンナで長年アフリカゾウの研究を続け、
先ごろ帰国した中村千秋さんと根津で一杯飲みました。

 中村さんは昨年6月、国際的に優れた業績を挙げた若い世代に贈られる「中曽根康弘賞 優秀賞」(世界平和研究所)を受賞した気鋭の女性研究者です。
その授賞式で一時帰国したときに初めて会いました。
ケニアに戻ってから原稿と写真を送ってもらい、
夏には「ケニアで極貧研究17年 ゾウの糞こそ生態系のカギ」という記事になったので、
ご記憶の人もいると思います。

 祝賀会では、サバンナの環境変化を肴に飲んでいたのですが、
ひょんなことから何と実家は私の自宅がある千葉県流山市で、
さらに同じ町内だということがわかって、双方大いに驚きました。

 で、桜のころに帰国という知らせを聞いて、
「地球温暖化に伴うサバンナの環境変化と、
つくばエクスプレス開業に伴う流山の発展をテーマに飲みましょう」
とメールを送っておいたのです。

 会ったとたん、中村さんは「もっと驚くことがありますよ」と笑っています。
彼女の妹の息子さん、つまり甥っ子は、
私の双子の息子の一人と小学校から高校まで同級生だというのです。
前回帰国の際、同じ町内の読売の人と飲んだと実家で話して判明したそうです。
その甥っ子の名前は私も聞いたことがあります。

 いや、ホントに驚きました。
だって、サバンナのアフリカゾウの研究者と仕事上の付き合いが始まって、
キリマンジャロの麓あたりからのメールが届いた、届かないなどとやりあっていた相手です。

 その人がわが豚児のことを○ちゃんなどと、下の名前で呼ぶのですから。
地球は狭い!
と実感した夜でした。
 (苦悶デスクこと木村透)
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2008/04/11

頑張れ巨人!

東京駅八重洲口にあるラーメン屋に入って席に着いたとたん、
斜め左から「おー、木村じゃないか、禿げたな」と失敬な野太い声。

 背広の番長と恐れられている巨人軍の某幹部です。
この店は、時代が平成に変ったばかりの社会部の警視庁クラブに在籍していたはるかな昔、
当時のキャップに連れられて来ました。
以来、濃厚札幌みそラーメンが何だか癖になって、今も月に一度は通っているのです。
捜査2課担当の私の前任者だった某幹部も同じで、時々来ているそうです。

 巨人はこの時点で開幕3連敗、ラーメン食ってる場合ですか、と反撃したところ、
まあそう言うな、と食後のコーヒーをご馳走してくれました。

 その席で、巨人軍と小誌の協力・提携契約に関する非公式な検討を行いました。
ま、せっかく久しぶりに会ったんだから、何か一緒にできないか相談しよう、
といったところです。

 で、早速、いくつかのタイアップ企画を考え、
三日後、例のホームラン3連発で初勝利を挙げ、
機嫌のよさそうな頃合を見計らって再度の検討会を持ちかけました。
その結果、小誌連載「だから野球はおもしろい」とケータイサイト「モバイルジャイアンツ」を連動させようとか、
夏休みには子供向けタイアップ企画を考えてみようとか、
いずれも非公式ではありますが、結構建設的な話し合いができました。
すでに、実現に向けて社内各部署と折衝を始めています。

 そういえば、このラーメン屋にはじめに連れて行ってくれた警視庁クラブのキャップは、
今は報知新聞の幹部となっています。
昔のラーメンつながりは、今の巨人つながり。
報知にも何か持ちかけてみようかな、と。
 (苦悶デスクこと木村透)
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2008/03/27

連合赤軍

 次号のオフタイム映画欄、土屋さんのコーナーは
「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」です。

 私も観てきました。おもしろかったです。
映画の出来不出来という観点では、実はよくわかりませんでした。
が、観客の8−9割は50代以上の男性、
筋はもうわかっているし、それぞれの思い入れで見る映画でしょうから、
出来不出来はどうでもいいのかも。

 私自身は、あの事件のとき中学2年生ですから、同時代というには少し若いのですが、
実は、病気がちの国語の先生の代わりに来ていた臨時の先生が見事な左翼青年で、
授業そっちのけでしょっちゅう、
ジグザグデモで転ばないコツ、
投石向きの石の探し方と投げ方とか、
警察側には割れると色付きの液体が付着するボールがあって、
それが当たると目立ってしまってなかなか逃げ切れない、
などと中学生には刺激的な話を次々にしてくれ、
事件の際には、放課後も彼のアパートで一緒にテレビ中継を見ていたりしたおかげで、
結構洗脳されてしまっていたのです。

 それから10年、就職して社会部に来てからは、
朝刊の締め切り後、あの事件を取材したデスクから武勇伝を何度となく聞かされました。
「手がかじかんで、かじかんで。あれを思えばお前らの張り込みなど・・・」
「最近の若いもんは少々のことで文句言うが、我々は氷点下の夜を屋外で明かし・・・」

 そんなこんなで、一連の事件については大変興味を持っていて、関連本は結構読んでいるのです。

 今回の映画は後半で、浅間山荘の内部の状況が映像化されていた部分が新鮮でした。
警察官の顔は一度も映りませんでしたが、
銃眼から、山荘を囲んだ警察や我らが先輩の雄姿がどんな風に見えていたのか、
それを見たかった気もします。


 土屋さんは「大菩薩峠」の事件があった71年にはすでに記者だったそうですから、
思いいれはなお深く、いつにも増して熱い文章に読めました。

 映画館は新宿でした。靖国通りを渡れば、すぐそこはゴールデン街ですから、
久しぶりにカウンターで飲んだくれて議論したい気分になりました。

 あ、靖国といえば、左ページの金原由佳さんのコーナーでは、
反日的かどうかで話題の「靖国 YASUKUNI」を取り上げています。
左右両ページで、なんだか左右両翼の作品を取り上げて、
次号の映画欄は重厚な仕上がりです。
 (苦悶デスクこと木村透)
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2008/03/24

茨城県警

 土浦でとんでもない事件が起きました。
170人もの捜査体制を敷いてなぜ、
荒川沖駅にも8人もの私服刑事がいたのになぜ、
犯行動機もよくわかりませんが、どうして捕まえられなかったのか、
と、だれもがおかしいと思ったはずです。

 そのあたりを解明するべく、早速記者を派遣しました。

 茨城県といえば、24年前に新聞記者となって最初の赴任地です。
水戸警察署担当を1年、茨城県警担当を3年。
梅娘行方不明事件、科学万博での中国館員亡命騒ぎ、
航空自衛隊百里基地でのサイドワインダー暴発事故など、
右往左往したあれこれを思い出します。
当時は92もあった市町村のすべてを駆けずりまわりました。

 以後、社会部に移ってからも
新宿署、警視庁記者クラブと警察官との付き合いは随分長くなりましたが、
そのイロハを茨城県警のおまわりさんから学んだのです。

 今となっては年賀状のやり取りをしている人が少数残っているだけですが、
茨城県警の警察官が批判されるのは心情的には辛いものがあります。

 昨日のテレビに、刑事部長が映っていましたが、
この人の顔もなんとなく見覚えがあるような・・・
今回の事件の経緯からすれば、批判は仕方がないでしょう。
しかし、ちゃんと立て直してください、と応援もしています。
 (苦悶デスクこと木村透)
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2008/03/14

母校愛

 おかげさまで今週の東大発表号の売れ行きは上々のようです。
発売日早々に東京駅の売店を視察してきたところ、すでに随分減っていました。
苦労した甲斐があったと喜んでいます。

 来週号にも苦労しました。
今度は早稲田、慶応に全国の国公立大を網羅した総集編。
増ページの大特集です。

 1200を超える高校からデータを送ってもらい、それを集計するのも大変ですし、
校閲作業がまた大変です。
私も猫の手の一翼を担って、北海道と東北の一覧表を校閲しました。
老眼の身にはこれがなかなかこたえます。
 というわけで、苦労の結晶、来週号もよろしくお願いします。


 深夜、作業が一段落したあたりで、
全国の高校の名前を張り出した作業部屋で缶ビール、
というのが日課になってきました。
部員の母校も大体覚えてしまい、
その躍進を讃え、凋落を笑い、いや憂いつつ飲んでいます。

 この時期、毎年書いていることですが、
わが母校、神奈川県立柏陽高校は躍進組です。
35年前、ほぼ全員合格の新設校の受験を決めたとき、
中学校の先生は「ここなら大丈夫」と太鼓判を押してくれ、
なんだか受験勉強の意欲をそがれたことを思い出します。
さて入学してみると、
当時の言葉でボンタン、長ラン、リーゼントの生徒が3割はいて、
午後の授業は酔っていることも。
中間テストと期末テストはどちらか受けて、もう一方はさぼって麻雀。

 そういう高校だったのが、どういう苦労があったのか、最近はこういう進学校となって、
かつてははるかに仰ぎ見た横浜翠嵐、厚木、横須賀といった名門校のライバルとなっています。

 2年前にはあろうことか、柏陽高校の早稲田の合格数を大幅に間違えてしまい、
謝りに行ったことが。
進路担当の先生が怒っていたら、卒業生のよしみで・・・
という算段でしたが、
名刺交換した校長先生はなんと35年前の数学の先生。
昔話をしているうちに、間違えた件は目論み通りうやむやになってしまいました。

 そんなこともあって、この時期と夏の甲子園予選のころ、
年2回母校愛に熱くなってしまうのです。

 たった今出来上がったゲラをみると、柏陽高校は早稲田に88人。
25位まで載っている大きなランキング表まであと一歩でした。
お、惜しい!
 (苦悶デスクこと木村透)
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2008/03/06

東大発表!

 来週月曜、つまり3月10日は東大前期の合格発表日。
月曜発売の小誌ですが、この結果を入れるため発売日を遅らせます。

 午後1時に発表されるものを、
その日のうちに全国の高校からデータを集めてランキング表にして校了させ、
夜には印刷・製本してしまうのですから、大変な作業となります。

 編集部の隣の部屋は普段、会議室兼応接室として使っているのですが、
臨時のファックスや電話を持ち込み、バイトの学生諸君らでにぎわっていて、
体感温度が二度くらい高くなった気がします。

 壁には、チェック用の全国の高校名の一覧表が張り出されて、
部員もお客さんも、わが母校が入っているかどうかを探しています。

 先日、一緒に作業をする担当の記者、派遣スタッフ、バイト学生を集めて
「総決起大会」を開催しました。
勇ましい名前ですが、隣のビルの居酒屋で飲んだだけです。
時間に追われる作業ですから、
顔も名前も、できれば気心も通じていた方がいいに決まっていますから。

 で、杯を重ねるうちに、
校閲作業をお願いする隣席の40代男性が、
私と同じ元バックパッカーでインド、ネパールを放浪、
沢木耕太郎の「深夜特急」をバイブルとしていたことが判明して意気投合。

 反対側の隣の女子大生はフィリピン国籍で13歳のときに来日、
今は早稲田の1年生で、記者志望などとうれしいことを言ってくれたので、
社会部時代の自慢話をついつい。

 そんなこんなが分かってくれば、もうみんな「仲間」です。
こうなれば、たとえ時間に追われる作業であっても、ギスギスせずにできるはずです。

 実はこの日、前夜の深酒がたたって二日酔いが回復せず、体調は最悪。
本来なら「さあ、もう一軒」と言っているところですが、一次会で早々に引き上げました。
身体的にはけっこう辛い飲み会だったのですが、その趣旨からすれば大成功でした。
 
 その結果が来週号の「東大・京大合格ランク」の大特集となります。ぜひどうぞ。

 (苦悶デスクこと木村透)
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2008/02/22

イージス艦

 今週も大事件が発生しました。
イージス艦と漁船の衝突です。
22日正午現在、行方不明の二人はまだ見つかっていません。
事故発生直後に勝浦漁港に急派した記者と、
都内などで海自取材に当たった記者の原稿をまとめて先ほど入稿しました。

 それにしても、なぜ最新鋭のイージス艦のレーダーで漁船を捕捉できなかったのか。
できていたとすれば、なぜ回避できなかったのか。

 新聞、テレビでも毎日論じていますが、
小誌の記事は、自殺した海自隊員の驚きの告発を取材したものです。
背筋が寒くなるその中身。
ぜひ読んでください。

 今回の事故で、
20年前に起きた潜水艦「なだしお」と遊漁船の衝突事故が何度も取り上げられていました。30人が亡くなった大事故です。
 水戸支局から社会部に異動し、
新宿警察担当となったばかりの私は、その日、
学生時代に入り浸った新宿ゴールデン街の変わりようを取材していました。

 社会部に呼び戻されて、深夜まで被害者の自宅取材。
テレビで事故を知ったものの、相手が潜水艦と聞いて
「どこに行けばいいのでしょうか」と途方に暮れる人もいて、
取材用の借り上げハイヤーを提供して、
防衛庁だったか、横須賀だったかに向かってもらいました。

 締め切り後に社に戻ると、
デスクから「直ちに羽田に行って未明からの捜索活動を上空から取材せよ」との指示。
 生まれて初めてヘリコプターでの取材です。
夜明けとほぼ同時に舞い上がり、
東京湾の上空から豆粒のように見える潜水夫の捜索活動を見守ります。
記者はそれで十分なのですが、同乗のカメラマンは
「もっと寄って、もっと寄って」
と繰り返します。
周囲には、同業他社のヘリが乱舞して、
隣のヘリの操縦士の表情がわかるほど接近します。
折からの強風にあおられると、波頭にお尻を洗われるかと思うほど流されるのです。
後で聞いてみると、他機との間隔も高度もちゃんと確保してあったそうですが、
とにかく生きた心地がしませんでした。

 あの時も、問題になったのは潜水艦の回避行動が適切ではなかったことでした。
当時の防衛庁長官は辞任しました。
今回も石波防衛大臣の責任問題が浮上しています。
しかし、問題が起きてトップが辞任するだけではまた同じことです。

 そういえば少し前、守屋元次官が逮捕されたときにも似たようなことを書きました。
10年ほど前の防衛庁調達実施本部をめぐる汚職事件を取材した記憶が蘇ると。
 かつての防衛省担当記者としては、腹が立って仕方がありません。
 (苦悶デスクこと木村透)
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2008/02/15

いよいよ

 前回ここに書いた駄文、間違って2回もアップしてしまい、
1つ消そうとしたら両方消えてしまいました。
ま、どうということもない内容なので、そのままにしました。

 それはともかく、いよいよ次号から大学合格者数のランキング特集が始まります。
第一弾は東京理科、法政、中央、明治学院、近畿、龍谷、甲南、東京女子、聖心、共立、同志社女子などです。

 編集部の隣室には電話、パソコンを増設し、アルバイトも増員して
なんとなくあわただしい雰囲気になってきました。

 思えば去年はわが家も高校三年生2人、中学三年生1人を抱えて大変でした。
ですが、喉元すぎればで、遠い昔のことのような。

 次号では「ダブル合格で選んだ大学」という大きな特集記事も掲載しています。
早慶両方受かったらどっちに、という趣旨ですが、
結論は記事をお読みいただくとして、
「69大学590学部対決」と題した大きな表を見ていて驚いたことがひとつ。

 私が出た早稲田大学第一文学部というのがなくなっていたのです。
再編されるというのは小誌でも記事にしたことがあるので知ってはいたのですが、
それにしても、いざそうなってみると寂しい気はします。

 入学ははるか31年前。
田舎の中学のような木造校舎も残っていて、
中庭には学生運動文体の立て看も並んでいました。

 昨年、かつての同級生と久しぶりに麻雀するため文学部前に集合すると、
当時は頼りない風情だったスロープの並木が、威風堂々の大木に育っていました。
それだけの年月が経過したわけですから、
学部の名前くらい変わっても仕方ないのかもしれません。
でも、やっぱりなあ・・・
 (苦悶デスクこと木村透)
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2008/01/31

毒入りギョーザ!

 中国農薬入りギョーザには驚きました。
明日の締め切りに向けて、現在大慌てで、いや鋭意、取材中です。

 ギョーザではありませんが、わが家の冷凍庫にもありました。
ジェイティフーズの「お弁当大人気 きんぴら風味 豚肉のごぼう巻き 6個入り」。
なんと三男の好物で、
中学から高校1年生になった今までに数え切れないほど食べ、
昨日もお弁当に3個入れて持っていき、完食してしまったそうです。
ま、今朝もサッカー部の朝練に元気で出かけたそうですから、やれやれです。

 この記事は明日作るとして、
次号には「見て、撮って、訪れて・・・団地を愛する若者たち」という記事も載ります。

 今頃、なぜ若者に愛されるのかは理解しかねますが、
元祖、ともいうべき「団地っ子」にとっては、話したいことは山ほどあります。

 はるか47年前の高度経済成長期、
東武東上線沿いに誕生した大規模団地に3歳で入居、
以後中学2年生を終えるまで、テラスハウス式2階建て庭付き、
とは言っても間取りはわずか3Kという部屋で育ちました。

 ベッドタウンとして人口は急増していて、
町立第二小学校に入学したものの、毎年のように小学校が増えて、
卒業したのは市立第五小学校でした。
第1回卒業生の6年1組の出席番号1番でしたから卒業証書は「第1号」です。
ただの偶然ですから偉いわけではありませんが、
以後の半生で数百回は自慢していて、
その半分くらいでは「ほーっ」という程度に感心されています。

 今、駅をはさんで二つあった団地はいずれも建て替えの時期を迎えています。
2ちゃんには往時を懐かしんだスレッドが立って、
銭湯、駄菓子屋、団地祭りなどの思い出話が延々と繰り返されています。
それを見つけ、半分泣きながら読んでいると、
当時のニックネームをハンドルネームにした書き込みを発見。
そこにイニシャルで登場する40年前の同級生の顔を思い浮かべていると、
私自身まで言及されていて驚きました。
ちなみに「秀才でした」と書いてありました。へへ。

 それはともかく、その3Kの自宅の1階には6畳の和室が一間だけ。
ここが茶の間兼寝室。
2階の6畳は、やはり新聞記者だった父親(朝日ですが)の書斎で、
机のほかには本棚しかありませんでした。
海外赴任が長くたいてい留守なのに、一番広い場所を占有していました。
階段脇にも本棚を作りつけてそこにはレーニン全集がドーンと並んでいました。

 4畳半のほうに私と弟の学習机が置いてあったのですが、
私の机は大きな水槽の台と化していて、
近所の沼で釣ってきたクチボソ、フナ、ザリガニ、ドジョウが暮らしていました。

 あれから何と40数年。
建物は老朽化してしまい、人間の方も体は大分老朽化してきましたが、
精神の方はそう変わってはいません。

 実家に帰れば、あのレーニン全集はまだ健在ですし、
老父が口を開けば3回に1回はクレムリンの話です。
私の方も同様で、自宅の書斎まがいの小さな文机にはやはり大きな水槽が載っていて、
ドジョウとタナゴとメダカが泳いでいるのです。

 見開きわずか2nの団地の記事のゲラを眺めるだけで、
膨大なあれこれを思い出してしまいました。
かつての団地っ子はぜひ読んでみてください。
 (苦悶デスクこと木村透)
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2008/01/25

NHK

 そろそろ次号の最終校了の時間ですが、
NHK新会長の挨拶を原稿に入れなければなりません。
写真と原稿が届くのを冷や冷やしながら待っているところです。

 それにしてもNHKのインサイダー取引疑惑には驚きました。
記者の罪意識の低さにも驚きましたが、
同業者としては、
放送前の特ダネに5000人もの職員がアクセスできるというところに一番驚きました。

 そもそもインサイダー取引が日本で法律違反になったのはそう昔ではなく、
1989年のことです。

 ちょうどそのころ、社会部の新宿署担当から警視庁記者クラブの捜査2課担当(汚職、詐欺、横領、選挙違反など知能犯の担当です)となり、
先輩からこう言われました。

 「全国の警察がインサイダー取引事件の初摘発を目指している。
もちろん警視庁も。
君と二人でそれをすっぱ抜く」

 何ヶ月か夜討ち、朝駆けを繰り返して、事件の輪郭が分かってきて、
東大出で頭脳派のその先輩が逮捕される某船会社の社長を特定して
Xデー向けの原稿を準備、
肉体派の私はその社長の写真撮影、関連会社の登記簿取りなどを任されました。

 そしてそろそろXデーというある日。
先輩から命じられて、問題の船会社の前で警視庁の家宅捜索を警戒していると、
ライバル各紙の記者が息を切らせてやってきて、「やったね」と言うのです。
何のことだか、わかりませんでした。

 実は、その前夜と当日の朝、先輩は「初摘発」の確証を得て、
夕刊一面に「インサイダー取引 警視庁強制捜査へ」
というような見出しの特ダネを出稿していたわけです。

 数か月、私としては特ダネを目指して二人三脚で努力してきたつもりでしたが、
最終局面の特ダネ出稿という一番興奮する瞬間を知らされなかったのです。
あまりのことに、怒るどころかあきれてしまったのを、今でもよーく覚えています。

 これは極端な例ですが、
特ダネを取材しているときには相当に「保秘」に気を使っていました。
社会部の同僚がどんな特ダネを狙っているかなどはさっぱりわかりませんし、
尋ねもしません。

 6畳ほどの狭い警視庁クラブ内でも、担当が違えば何をしているのかは???

 つまり、出稿してからデスクの目を通ってゲラになるまでは、
チェック担当の部署以外に特ダネに接触できる者はほとんどおらず、
いやゲラになってからも、
その現物が出回る編集局内の半径数十メートルにほぼ限られています。

 特ダネとはそういうものだと四半世紀も思い込んでいたわけですから、
せっかくの特ダネを水戸でも岐阜でも、
それどころか5000人もの職員がアクセス可能だったという、
NHKのあまりの大らかさに驚いたわけです。

 さて、辛口ビール「アサヒスーパードライ」の産みの親だという福地新会長の挨拶は
「NHKはがけっぷち。職員は強い気概を持って」というものでした。
頼みますよ。 
 (苦悶デスクこと木村透)
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2008/01/18

寒い!

 地球温暖化が待ち遠しいほど寒い日が続いています。
昨日降った初雪、今朝は車の屋根でガチガチに凍っていました。
ま、あと1か月はこの調子でしょうか。

 この寒さですが、明日はもっと寒そうな那須塩原に行ってきます。
 小誌でおなじみのノンフィクション作家山下柚実さんの出版記念パーティがそこの温泉旅館であるのです。
 小誌連載の「アート新時代」がもとになった本が東洋経済社から刊行されることになったのですが、会場の温泉旅館が記事にも登場した「アートな宿」というわけです。

 前にも書きましたが、彼女は大学時代のサークルの後輩で、
留年休学の私が6年生だったときの1年生です。
彼女が書いたインド紀行本には
「落第を繰り返してオジサンと呼ばれている先輩が夜な夜なインド旅行の自慢話を・・・」
などとあって、それが不肖わたくしのことであります。

 それはともかく、週刊誌の編集部に異動したのを機に再会し、
これまでに「五感は警告する」「都市の遺伝子」などの長期連載を書いてもらい、
いずれも出版されています。

 本人の実力、と言ってしまえばそれまでですが、
自分が書いたものを本にしたい、という希望を実現することは
そう簡単なことではありません。

 次号で、年明け早々に破たんした自費出版の最大手「新風舎」を取り上げます。
定年を機に自分史を書きたい団塊世代や、
次々に「○▽賞」を作り出して応募者に出版を持ちかけて急成長してきたのですが、
何度か小誌で警告した通り、潰れてしまいました。

 そのあきれた顛末をぜひお読みください。
 (苦悶デスクこと木村透)
 
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2008/01/08

お恥ずかしい

 いや、お恥ずかしい。
年末に収録したTBS「噂の東京マガジン」が1月6日に放映されました。
番組のエンディングにわずか1分ほど流れただけですが、
その大半に編集長を押しのけようかという勢いで映ってしまいました。
「出たがりだということは知っていたが、これほどまでとは」
と、家人、知人からあきれられてしまいました。
反省しています。

 年末年始は、遠出しませんでした。
双子の豚児の一方が12月26日に入院、28日に手術、31日に退院ということになってしまって、大掃除の合間に病院通いをしていたのです。
病名は頭部腫瘍と重々しいのですが、
生まれつきの母斑を取る手術です。
側頭部にちょうど5円ハゲくらいの母斑があって、
大人になったら取ろうということになっていたのです。
今は四方八方にとんがった髪の毛に隠れて見えませんし、
あと10年もすれば全体がさびしくなるのだから、とも思いましたが、
19歳としてはやはり気になるようです。

 腫瘍というだけあって、頭皮を表面だけ切り取るというわけではないらしく、
そのうえ術後に目が吊り上ったりしないようにするのも難しいらしく、
全身麻酔の予想外に大掛かりな手術となりました。

 来週はもう抜糸ですから一件落着なのですが、実は大失敗もありました。
双子が生まれてから20年近く、営々と学資保険の掛け金を払ってきたのですが、
3男も含めた07年入試シーズンの教育費の負担に耐え切れず、学資保険を1つ解約。
双子なのでどっちでも同じだからと長男の分を解約したのですが、
逆にしていれば今回の入院費は保険で賄えたのです。

 それなら今度は、手術したのは二男の方だと言い張れば・・・
それで病院も、保険会社も何とかなったような気もしますが・・・

 さて年末に小欄で書いたカネトシツヨシオーは結局、京都の金杯に出走。
9番人気のこの馬から流して3連複98倍ゲット。
配当金が5l上乗せされるJRAプレミアムの恩恵を頂戴してしまいました。
08競馬は大幅黒字からのスタートです。へへ。
 (穴党デスクこと木村透)
 
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2007/12/27

井崎さん

 いやあ昼間から酔っ払ってしまいました。
TBS「噂の東京マガジン」の井崎脩五郎さんご一行様がやってきたのです。
午後1時、実は年明け号の作業で大忙しだったのですが、
泣く子と井崎さんにはかないません。
すべてを中断して歓待申し上げました。

 2年前にグランプリをいただいたときに、
ドンキホーテで金ぴかのタキシードを買ったので、それを編集長に着せ、
やはりそのときに作った
「祝!2005下半期 中吊りグランプリ受賞」
の幟の2005の部分を2007に手直しして入り口に配置、
バズーカ砲風特大クラッカー、紙ふぶきなどで出迎えたのです。

 お約束の表彰状、大漁旗を頂戴し、クス玉を割った後は無礼講。
井崎さんからもらった日本酒2升、
お祝いの差し入れのシャンパン1ダースで万歳三唱、乾杯十唱の大騒ぎになったのでした。

 わが編集部はこれで4度目の受賞ですが、
聞けば最多はサンデー毎日の6度。
二期連続受賞は週刊文春が1度記録しているそうです。
小欄の苦悶デスクとしては、まずはこれを目標に精進していこうかと。

 井崎さんといえば本業は競馬です。
あの大荒れの有馬記念も100円的中だそうです。
ほぼ本業の穴党デスクとしても、井崎さんを目標に精進しなければなりません。
さて気になっているのはカネトシツヨシオー。
中山の金杯、京都の金杯、両方に登録していますが、
いったいどっちに出走するのでしょう。
ウーム、それが問題だ。
 (穴党デスクこと木村透)
 
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2007/11/30

急展開!

 今週は大きな事件が急展開。
坂出の3人行方不明事件は、殺人事件となり、
被害者の義弟が逮捕されました。
編集部からは先週3人の記者を派遣しました。
帰ってきたばかりですが、また2人に行ってもらいました。
先ほど寒風の中を歩き回った成果の原稿が届きました。
お疲れさんでした。

 守屋事件では、本人と妻まで逮捕されました。
これから防衛をめぐる政・官・業の癒着解明にメスが入るのでしょうか。
しかし、またかという思いもぬぐえません。

 1998年に防衛庁調達実施本部をめぐる背任・汚職事件が起きたとき、
社会部で取材していました。
発端は、今回も問題になっている防衛装備品の水増し請求です。
そのとき、水増し請求の仕組みや官業の癒着について、
いろいろと教えてくれたのが、
やはり今回逮捕された山田洋行の元専務宮崎元伸容疑者です。
汚いやり口だ、
と怒っていましたが、同じことを自分もやっていたわけです。

 このとき、証拠隠蔽のために資料を焼却してしまうという不祥事が発覚、
責任をとって辞任したのが当時防衛庁長官だった額賀氏です。

 手口も登場人物もまたか、というわけです。

 この事件はさらに、海上自衛隊の飛行艇導入をめぐる汚職事件に発展し、
中島洋二郎という若手代議士が自殺しました。
今回はどうなるでしょうか。

 もうひとつの急展開はスクープです。
2年前に岐阜県中津川で起きた家族6人殺傷事件を覚えているでしょうか。
小柄で温和そうな老人ホームの事務長が母と娘、孫ら5人を惨殺し、
娘婿に重傷を負わせたという事件です。
飼っていたシェパード2頭も前夜殺していました。

 動機が不可解なまま精神鑑定をめぐって裁判が中断していたのですが、
12月3日、裁判が再開し、そこで被告の実弟らが新証言をするというのです。

 この春、小誌で「普通に家族を殺す現代」という記事を連載しましたが、
その取材の過程でつかんだ特ダネです。
ぜひ、どうぞ。
(苦悶デスクこと木村透)
posted by ブログ管理者 at 16:35 | TrackBack(0) | ブログ版編集会議

2007/11/20

ロシア本

 少し前に、老父がロシアがらみの本を出したと書きましたが、
その直後、大学時代の同級生がやはりロシアものを出版しました。
こちらは「株式会社 ロシア」という大部の立派な本で、
丸の内の丸善では平積みになっていました。

 著者の栢(かや)君は、早稲田の一文のロシア語クラスの同級生。
麻雀はたいしたことありませんでしたが、まじめに勉強もして日経に入り、
二度のモスクワ特派員を経て
今は経営企画室長だかなんだか要職風の肩書きとなっています。

 20人弱ほどの小さなクラスのうち3人が新聞記者になり、
もう1人は現在産経新聞の国際部のデスク。
こちらの麻雀の腕もたいしたことはありませんでした。
ただ、やはり語学は達者だったのかロンドン特派員を経験しています。

 私はといえば、麻雀は得意だったのですが、語学は得意ではなく、
赴任先は水戸と新潟と札幌でした。

 旧友の本が並んでいた国際関係の書棚は、学生時代とは随分変わっていました。

 そのころも今も書棚の中心はアメリカ関連の本、
30年前にはソ連、中国関連本が次いで多かったと記憶しています。
インドかぶれだった私はインド本にしか関心がなかったのですが、
インドの本と言えば宗教、カースト、神秘分野にほぼ限られていて、
だいたい買い占めてしまいました。

 ところが今や、インド本は中国本と並ぶ勢いです。
それも、そのほとんどは経済関係ですから隔世の感とはこのことです。
で、そのあおりを受けているのか、ソ連、ロシア本のスペースは随分と小さくなっていて、
平積みの分以外は手が届かない上の方の棚におしやられています。

 イデオロギーとか宗教とか神秘とか、形而上っぽいものから
経済とか金融とかの形而下っぽいものへ、
とそんな感じもします。

 形而の上か下といえば、下ばかりの人間ですが、
何だかさびしい気がしないではありません。
(苦悶デスクこと木村透)
posted by ブログ管理者 at 18:12 | TrackBack(0) | ブログ版編集会議

2007/11/16

空前のサラリーマン「お勉強ブーム」

 12月2日号で、「サラリーマン 最強の勉強法」を担当しました。
守屋前次官の問題などで世の中が騒然としているなか、
一見地味なこの特集をトップにしたのは理由があります。

 同特集の文中にもありますが、
ここ10年のサラリーマンが置かれている環境の激変ぶりは凄まじいものがあります。
同号の「山一社員それぞれの10年」を読んでも、
そのことが如実に理解できるはずです。
安定した職種の代名詞だったサラリーマンも今は昔。
会社に頼れなくなった昨今は、自己防衛や自分で道を切り開く必要に迫られていったのです。

 そのためには、資格を取って乗り切ろうというブームがありました。
しかし、多くのサラリーマンが、資格取得は必ずしも、
自分を救うことにつながらないことに気づき始めました。
そこで、巻き起こっているのが、「お勉強」ブームという次第です。

実際、通勤電車の中で、
「勉強法」に関する本を読んでいるサラリーマンを多く見かけるようになりました。
学力低下、活字離れなどいろいろ批判されますが、日本人はやはり勤勉なんですね。

 特集では、3人の達人が具体的な勉強法を伝授してくれています。
「通勤電車は勉強ルーム」
「収入の5〜10%は勉強のために投資すべし」
「勉強には学歴も年齢も関係ない」
などなど、すぐにでも実現できそうなアドバイスが詰まっています。

 このブームの火