元NHKアナウンサーの志村正順さんの訃報記事に触れ、10年以上も前、
私がお会いした志村さんの姿を思い出しました。
私は当時、社会部にいて、スポーツ、特に相撲を担当していて以前とは違う分野の
方々に会う機会に恵まれました。そんな1人が志村さんでした。断っておきますが、
担当になるまでスポーツも相撲も詳しくありませんでした。ですが、戦後50年企画
として相撲の名勝負を調べていて、志村さんの名前をたどり着いたのです。
それは、1955年の夏場所千秋楽、横綱栃錦と大関大内山の大一番でした。小柄な
横綱が、2bを超す巨漢の大関に攻められた末、首投げで逆転した大勝負です。
私が取材を始めた1994年の晩秋、2人ともすでに故人でした。
困りました。が、さすがに大相撲です。新聞や記録が多数ありました。栃錦関の
ビデオにもこの大一番の映像が入っていて、さらに実況中継もありました。
それを担当していたのが、志村さんでした。
藤沢のご自宅でお会いした志村さんは、老舗英国ブランドの服を着たダンディーな
方でした。50代半ばで引退されてから、放送の仕事をいっさい辞め、奥さまの仕事の
ために名古屋で暮らしていました。仕事をやめてから取材を受けるのも初めてだった
そうです。ですが、志村さんはよどみなく流れる口調で、40年前の大一番のことを
話してくださいました。当時すでに80代でしたが、記憶も口調も年齢を感じませんでした。
志村さんのお話によって、私は生まれていなかったころの名勝負を生き生きと思い
浮かべ、故人だった栃錦関や大内山関の肉声や人となりのヒントを知ることができた
のです。
95年1月に記事を掲載した後、志村さんから、お人柄を感じさせるはがきが届きました。
それ以上に、私の元には読者から「懐かしい志村さんの名前を見て嬉しくなった」などの
声が寄せられました。「志村さんはご健在だったか」などと社内の知り合いからも
尋ねられました。志村さんの名が、かつての相撲少年、野球少年たちにどれほど浸透
していたか、それだけでもわかりました。
が、実を言うと、私が記事にできたのは、うかがったお話を100とすると、ほんの1
ぐらいにすぎません。相撲の話が終わったあとも、志村さんは担当した神宮球場の学徒出陣
壮行会の話、ラジオ全盛期、テレビの草創期のころなどのお話を、それはそれはたくさん
してくださったのです。生きた歴史そのものでした。
なぜそうした話になったのか。一つの問いからでした。私は自分のノートに、その
大一番の実況中継を書き記していました。数十秒の一番も、字で書き記すととても
長いのです。耳から聞いたそのものを文にしたものですが、読んではぎれがよく、
格調高く、そしてスピードあふれているのです。「すごいすごいすごい」と繰り返し、
臨場感を伝えていました。
それを話した当人を前に読み上げながら、なぜとっさにこんな表現を口にする
ことができたのを尋ねたのです。プロ中のプロによくそんな質問ができたと思いますが…。
すると、志村さんは笑って、小さいころから「少年倶楽部」や講談に親しみ、
さまざまな目の前の事象をいつでも自分の言葉で表現できるよう鍛錬していたと
いったことを教えてくれました。
たとえば、と挙げた例が、学徒出陣壮行会の実況中継でした。直前に、ピンチ
ヒッターとして先輩から大仕事を任された志村さんの中継は、名調子と語り継がれて
います。志村さんの仕事と知らずに私も聞いたことがありました。そうして、言葉に
ついて、表現についてモノを伝える仕事について、志村さんの話は広がっていったのです。
その後も知り合いとお邪魔して、プロ野球の草創期のことをうかがいました。
スポーツ中継に、プロを解説者としたスタイルを確立したいきさつ、引退されてから
すっぱりと仕事から離れたことなどを、懐かしそうに話してくださいました。
笑みをたたえてうなずきながら、私の問いに耳を傾け、語っていた様子が、
目に浮かびます。私はプロ中のプロだった志村さんの
自負と自信の一端に触れさせていただいたのでしょう。
志村さんからいただいたはがきには、「取敢えず感想だけ」としてびっしりと
感想が書いてありました。なかで「コクのある記事」という望外の言葉を贈って
くれました。志村さんから直接、話を伺うことができたのは、幸運でした。
私が一部をうかがって感激した話は、その後、98年に刊行された本
「志村正順のラジオ・デイズ」でより詳しく読めるようになりました。
心からご冥福をお祈りします。
(あれこれデスクこと 笠間亜紀子)
2008/04/28
追悼 志村正順さん
posted by ブログ管理者 at 12:03
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