2008/03/24

茨城県警

 土浦でとんでもない事件が起きました。
170人もの捜査体制を敷いてなぜ、
荒川沖駅にも8人もの私服刑事がいたのになぜ、
犯行動機もよくわかりませんが、どうして捕まえられなかったのか、
と、だれもがおかしいと思ったはずです。

 そのあたりを解明するべく、早速記者を派遣しました。

 茨城県といえば、24年前に新聞記者となって最初の赴任地です。
水戸警察署担当を1年、茨城県警担当を3年。
梅娘行方不明事件、科学万博での中国館員亡命騒ぎ、
航空自衛隊百里基地でのサイドワインダー暴発事故など、
右往左往したあれこれを思い出します。
当時は92もあった市町村のすべてを駆けずりまわりました。

 以後、社会部に移ってからも
新宿署、警視庁記者クラブと警察官との付き合いは随分長くなりましたが、
そのイロハを茨城県警のおまわりさんから学んだのです。

 今となっては年賀状のやり取りをしている人が少数残っているだけですが、
茨城県警の警察官が批判されるのは心情的には辛いものがあります。

 昨日のテレビに、刑事部長が映っていましたが、
この人の顔もなんとなく見覚えがあるような・・・
今回の事件の経緯からすれば、批判は仕方がないでしょう。
しかし、ちゃんと立て直してください、と応援もしています。
 (苦悶デスクこと木村透)
posted by ブログ管理者 at 18:52 | TrackBack(0) | ブログ版編集会議
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