2008/04/28

編集長の「あなろぐ日記」

近づいてきました

 ウイークリーの編集部は東京・大手町の読売新聞東京本社の3Fにあります。その、入ってすぐの所に飾ってあるのが、年末にTBS「噂の!東京マガジン」さんからプレゼントされた「中吊り大賞」2007年下期グランプリの賞状入り額縁です。

 本誌が下期に中吊り大賞の接戦を制したのは12月30日号の「メタボ健診は有害だ」でしたが、それにあわせてか、賞状の中の写真部分は、その号の表紙を飾った市川海老蔵さんの顔が私にアイコラされ、しかもその顔を太らせて下ぶくれに加工した写真でした。

 まあ、言ってみれば、その写真を励みに、私もバリバリ走って、肉体改造を急進させた(12月に77・5`あった体重がこの前、フィットネス後に風呂場で測ったら68.8`になってた。でも油断は禁物。すぐに戻ります。コカ・コーラは人生の敵だ)ので、番組関係者の方々にも感謝するばかりです。

 ええと、今日はそういう話ではなく、というより、関連はあるのですが、要は今、連休明けの5月12日発売号用に「メタボと不眠」の特集を作成中なのです。

 年末の特集では、新健診の問題点を洗いざらい指摘しましたが、今回は、もう実際に健診シーズンが近づいていることもあって、どーしてメタボになるか、を深い関係というか、負の連鎖関係にある不眠症・無呼吸症候群とリンクさせて論を展開しているのです。さらに、睡眠時間とデブの関係、深い眠りをどう実現するか、といった内容を盛り込む計画です。

 執筆者はO記者ですが、記者自身が取材先の医師に「無呼吸ですよ」と宣告された(体格もまあメタボ)そうなので、急遽、実体験ルポにもしてしまいました。まだ、完成してないけど、多分、面白いですよ、お楽しみに!

 肉体改造中の私も、家族に言わせると無呼吸になることがあるそうです。O君の原稿をチェックする段階から、自分の問題として、しっかり熟読し、明日の私に生かしたいと思います。今週は力強いですね。おしまい
                        (「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
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追悼 志村正順さん

 元NHKアナウンサーの志村正順さんの訃報記事に触れ、10年以上も前、
私がお会いした志村さんの姿を思い出しました。

 私は当時、社会部にいて、スポーツ、特に相撲を担当していて以前とは違う分野の
方々に会う機会に恵まれました。そんな1人が志村さんでした。断っておきますが、
担当になるまでスポーツも相撲も詳しくありませんでした。ですが、戦後50年企画
として相撲の名勝負を調べていて、志村さんの名前をたどり着いたのです。

 それは、1955年の夏場所千秋楽、横綱栃錦と大関大内山の大一番でした。小柄な
横綱が、2bを超す巨漢の大関に攻められた末、首投げで逆転した大勝負です。
私が取材を始めた1994年の晩秋、2人ともすでに故人でした。
 困りました。が、さすがに大相撲です。新聞や記録が多数ありました。栃錦関の
ビデオにもこの大一番の映像が入っていて、さらに実況中継もありました。
それを担当していたのが、志村さんでした。
  
 藤沢のご自宅でお会いした志村さんは、老舗英国ブランドの服を着たダンディーな
方でした。50代半ばで引退されてから、放送の仕事をいっさい辞め、奥さまの仕事の
ために名古屋で暮らしていました。仕事をやめてから取材を受けるのも初めてだった
そうです。ですが、志村さんはよどみなく流れる口調で、40年前の大一番のことを
話してくださいました。当時すでに80代でしたが、記憶も口調も年齢を感じませんでした。
 
 志村さんのお話によって、私は生まれていなかったころの名勝負を生き生きと思い
浮かべ、故人だった栃錦関や大内山関の肉声や人となりのヒントを知ることができた
のです。
 
 95年1月に記事を掲載した後、志村さんから、お人柄を感じさせるはがきが届きました。
それ以上に、私の元には読者から「懐かしい志村さんの名前を見て嬉しくなった」などの
声が寄せられました。「志村さんはご健在だったか」などと社内の知り合いからも
尋ねられました。志村さんの名が、かつての相撲少年、野球少年たちにどれほど浸透
していたか、それだけでもわかりました。
 
 が、実を言うと、私が記事にできたのは、うかがったお話を100とすると、ほんの1
ぐらいにすぎません。相撲の話が終わったあとも、志村さんは担当した神宮球場の学徒出陣
壮行会の話、ラジオ全盛期、テレビの草創期のころなどのお話を、それはそれはたくさん
してくださったのです。生きた歴史そのものでした。

 なぜそうした話になったのか。一つの問いからでした。私は自分のノートに、その
大一番の実況中継を書き記していました。数十秒の一番も、字で書き記すととても
長いのです。耳から聞いたそのものを文にしたものですが、読んではぎれがよく、
格調高く、そしてスピードあふれているのです。「すごいすごいすごい」と繰り返し、
臨場感を伝えていました。
 それを話した当人を前に読み上げながら、なぜとっさにこんな表現を口にする
ことができたのを尋ねたのです。プロ中のプロによくそんな質問ができたと思いますが…。

 すると、志村さんは笑って、小さいころから「少年倶楽部」や講談に親しみ、
さまざまな目の前の事象をいつでも自分の言葉で表現できるよう鍛錬していたと
いったことを教えてくれました。
 
 たとえば、と挙げた例が、学徒出陣壮行会の実況中継でした。直前に、ピンチ
ヒッターとして先輩から大仕事を任された志村さんの中継は、名調子と語り継がれて
います。志村さんの仕事と知らずに私も聞いたことがありました。そうして、言葉に
ついて、表現についてモノを伝える仕事について、志村さんの話は広がっていったのです。

 その後も知り合いとお邪魔して、プロ野球の草創期のことをうかがいました。
スポーツ中継に、プロを解説者としたスタイルを確立したいきさつ、引退されてから
すっぱりと仕事から離れたことなどを、懐かしそうに話してくださいました。

 笑みをたたえてうなずきながら、私の問いに耳を傾け、語っていた様子が、
目に浮かびます。私はプロ中のプロだった志村さんの
自負と自信の一端に触れさせていただいたのでしょう。
志村さんからいただいたはがきには、「取敢えず感想だけ」としてびっしりと
感想が書いてありました。なかで「コクのある記事」という望外の言葉を贈って
くれました。志村さんから直接、話を伺うことができたのは、幸運でした。

 私が一部をうかがって感激した話は、その後、98年に刊行された本
「志村正順のラジオ・デイズ」でより詳しく読めるようになりました。
 心からご冥福をお祈りします。

(あれこれデスクこと 笠間亜紀子)
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2008/04/22

地球は狭い!

 先週末、ケニアのサバンナで長年アフリカゾウの研究を続け、
先ごろ帰国した中村千秋さんと根津で一杯飲みました。

 中村さんは昨年6月、国際的に優れた業績を挙げた若い世代に贈られる「中曽根康弘賞 優秀賞」(世界平和研究所)を受賞した気鋭の女性研究者です。
その授賞式で一時帰国したときに初めて会いました。
ケニアに戻ってから原稿と写真を送ってもらい、
夏には「ケニアで極貧研究17年 ゾウの糞こそ生態系のカギ」という記事になったので、
ご記憶の人もいると思います。

 祝賀会では、サバンナの環境変化を肴に飲んでいたのですが、
ひょんなことから何と実家は私の自宅がある千葉県流山市で、
さらに同じ町内だということがわかって、双方大いに驚きました。

 で、桜のころに帰国という知らせを聞いて、
「地球温暖化に伴うサバンナの環境変化と、
つくばエクスプレス開業に伴う流山の発展をテーマに飲みましょう」
とメールを送っておいたのです。

 会ったとたん、中村さんは「もっと驚くことがありますよ」と笑っています。
彼女の妹の息子さん、つまり甥っ子は、
私の双子の息子の一人と小学校から高校まで同級生だというのです。
前回帰国の際、同じ町内の読売の人と飲んだと実家で話して判明したそうです。
その甥っ子の名前は私も聞いたことがあります。

 いや、ホントに驚きました。
だって、サバンナのアフリカゾウの研究者と仕事上の付き合いが始まって、
キリマンジャロの麓あたりからのメールが届いた、届かないなどとやりあっていた相手です。

 その人がわが豚児のことを○ちゃんなどと、下の名前で呼ぶのですから。
地球は狭い!
と実感した夜でした。
 (苦悶デスクこと木村透)
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2008/04/21

編集長の「あなろぐ日記」

脱出!!

 今週は週後半にかけて大変、忙しくなりそうです。というのも、読売新聞が4月16日朝刊で提言した「年金改革」試案をバージョンアップして、ウイークリーで全30ページの保存版を作ろうとしているのです。編集作業の山場の水曜とかに入れていた飲み会を慌てて外しました。

 それはそうと、今、日本脱出を企画中です。何のことはない、ゴールデンウイークにちょっと台湾にプライベートで行こうかなと思っているのです。

 3年ぐらい前に韓国に、2年ぐらい前にスペインに私的旅行にでかけましたが、しばらくすると、「ちょっと外国に行きたいな病」が頭をもたげてきます。

 私は学生の時、旧ソ連から欧州を、仕事で何度か欧州を、これも仕事でハワイ(でも滞在10日間で午前中はだいたい泳いでた)に行ったことがありますが、何せ英語を含む外国語(第二はロシア語、第3は中国語=私の大学にはあった)が、からきし話せないので、どちらかというと、外国に行くのは消極的です。

 もちろん、海外支局に赴任したこともなく、だから、86年に金沢から東京に戻ってきて以来、ずっと引っ越しもしないまま、時が経ってしまったのですが。でも、前述したとおり、そんな私も時々は「日本脱出」のエネルギーが溜まって来るようです。

 台湾というのは、行けば、お初の地です。長男は昔行ったことがあるし、私も実は大学生の時、行きそうになったことがあります。というのも、大学の語学クラスに陳さんと頼さんという二人の台湾留学生がいた関係です。

 その二人は例の、どっちかが「内省」で、どっちかが「外省」で、何だか日本人が全然知らないニュースを巡って、本気で激しい口論になるのですが、普段はまあまあ仲良しで、大学を卒業後に何度か催したクラスの飲み会にもそろって出てきたこともあります。

 頼さんは日本でコンピューター関係の事業をしていて、陳さんは台湾に帰ったのですが、その二人が大学卒業時に「クラスの皆さん、台湾に遊びにきませんか」と誘ったのです。

 それじゃあ…と4人ほどが話にのって、私もどーしよーかなと迷ったのですが、当時、読売新聞内定前にやっていた週刊読売(ウイークリーの前身です)の大学合格特集のバイトが忙しくて、いけなかった覚えがあります。

 今度はその雪辱ではないのですが、4日ぐらいで台北周辺をブラブラして、のんびりしたいと思ってます。

 台北では清朝の財宝が集められた故宮博物館や、テレビなどで見ると、グチャグチャした感じがとても活気がある夜市、近郊では「アジアのベニス」(昔、アジアの大砲と言われた巨人の台湾の…あ、呂メイシ)と呼ばれる淡水の夕陽(=見られるかどーか分かりませんが)などが楽しみです。

 それに、全然違うらしい、北京料理、広東料理、四川料理、台湾料理の食べ比べもいいですね(どれか一つは食べられない予定になっていたけど)

 という具合で、今、倉庫にしまってあるのではサイズが大きすぎるゴロゴロ鞄の買い換えや、ハンディーカムの整備などを今後、進めたいと計画しています。では
                       (「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
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2008/04/14

編集長の「あなろぐ日記」

やっぱりスゴイ

 金本選手が土曜、2000本安打を打ちました。今日はその話です。

 昼間、CSで観ていたのですが、あのライト前ヒットは男らしい堂々とした、しょぼくないヒットで本人も満足したと思います。

 選手によっては、この人がどーして2000本も打てたのか、横浜ファンには怒られるかも知れないけど、石井が昨年か一昨年に2000本を打っちゃったのには正直、意外感もありますが、金本なら、どこのチームのファンでも「ああ、打つだろうな、金本だから」と思われるのではないでしょうか。

 ええと、私が言いたいのは、それとはちょっと違っていて、金本のどこが偉いかということです。

 私が感じるには、2000本を打ったから偉い、のではなく、ずっとフルイニングでゲームに出続けてるから偉い、のではなく、恐らく、そーいう偉さではなく、一人で団体ゲームである野球の一チームの意識というか精神を180度、変身させてしまったから偉い、と思うのです。

 2003年に阪神は久しぶりに優勝しましたが、それは、よく言われる星野効果ではないと思います。そうじゃなくて、金本効果でしょう。というのも、星野は選手をのせるのもうまいし、人脈もあるから、確かにチームへの貢献度も高かったけれど、優秀な監督かどうかというと、ヤクルトの野村や、今の中日の落合の方が、よっぽど戦略的だと思います。

 あの時、阪神が勝ったのは、どちらかというと前の年に大リストラを断行したフロントと、赤星などを育てた野村前監督、さらにチーム自体を変えてしまった金本の3つの力だと思います。

 金本自身はあの年、3番で、打率は280ぐらいで、バカバカ打った記憶もない。本塁打王でもなかったけれど、チームメイトを闘う集団に変えてしまった。

 詳しくは覚えてないけど、最終ゲームで藤本の打率3割が確定した段階で、自ら途中で引っ込もうとしました。藤本ぐらいの選手が年間3割を打てるのは一生に一度あるかないかですから、記録大事で本人は当然だったのでしょう。でも「藤本よ、それで、ええのか」と金本が釘をさしたという記事を読んだ記憶があります。

 選手はゲームに出続けてナンボという哲学が金本にはあるのでしょう。その言にビビった藤本は、その後も打席に入り、死にものぐるいでヒットを打ちました。(この話は細部がちょっと違うかも知れません。でも私はそう覚えています)

 金本が手を骨折して、片手でヒットを打ったのは有名ですが、それを見て赤星も骨を折っても休まなかったーーそんな類のエピソードはいっぱいあります。その一つ一つ、そしてトータルとしての効果、それが金本の最大の功績なのでしょう。

 そういう人が、ほかの球団にも欲しいでしょう。巨人の阿部は、なれるかもしれない、でも、まず自分がケガで休んじゃだめだけど。ヤクルトの宮本は、もう、そうなりつつあるし、五輪の時に、あの台湾でのリーダー力を見せて欲しい。結構、パには松中や小久保のほか、若手で、そういうふうに化けそうな人がいる…すっかり大人になったダルとか、涌井とか、西岡もイイ雰囲気があります。

 そんなこんなを思いつつ、金本の2000本はプロ野球ファンみんなに喜んで欲しいと願っていた私でした。また来週!
                   (「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
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2008/04/11

頑張れ巨人!

東京駅八重洲口にあるラーメン屋に入って席に着いたとたん、
斜め左から「おー、木村じゃないか、禿げたな」と失敬な野太い声。

 背広の番長と恐れられている巨人軍の某幹部です。
この店は、時代が平成に変ったばかりの社会部の警視庁クラブに在籍していたはるかな昔、
当時のキャップに連れられて来ました。
以来、濃厚札幌みそラーメンが何だか癖になって、今も月に一度は通っているのです。
捜査2課担当の私の前任者だった某幹部も同じで、時々来ているそうです。

 巨人はこの時点で開幕3連敗、ラーメン食ってる場合ですか、と反撃したところ、
まあそう言うな、と食後のコーヒーをご馳走してくれました。

 その席で、巨人軍と小誌の協力・提携契約に関する非公式な検討を行いました。
ま、せっかく久しぶりに会ったんだから、何か一緒にできないか相談しよう、
といったところです。

 で、早速、いくつかのタイアップ企画を考え、
三日後、例のホームラン3連発で初勝利を挙げ、
機嫌のよさそうな頃合を見計らって再度の検討会を持ちかけました。
その結果、小誌連載「だから野球はおもしろい」とケータイサイト「モバイルジャイアンツ」を連動させようとか、
夏休みには子供向けタイアップ企画を考えてみようとか、
いずれも非公式ではありますが、結構建設的な話し合いができました。
すでに、実現に向けて社内各部署と折衝を始めています。

 そういえば、このラーメン屋にはじめに連れて行ってくれた警視庁クラブのキャップは、
今は報知新聞の幹部となっています。
昔のラーメンつながりは、今の巨人つながり。
報知にも何か持ちかけてみようかな、と。
 (苦悶デスクこと木村透)
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桜花賞!

 さて、枠順が発表されました。
一番人気はトールポピーでしょうか。
いずれにしても混戦です。
そんな時に上位人気馬から買ってもおもしろくありません。

 ま、いつも何かと理由をつけて人気薄から買っているわけですが、
このところ軸にした馬はだいたい10着以下に大敗しています。
人気どおりに走っているわけですが、
テレビを見ていてもどこを走っているのかよくわからないまま後方を追走して惨敗。

 こんなときに、ひと様に偉そうに予想など・・・
とも思ったのですが、弱気になっては穴党の旗印を掲げてはいられません。

 ただ今回は、軸は上位人気間違いなしのオディールで。
そこから、前走惨敗で人気落ち確実のエイムアットビップ、
まぐれで勝ったと思われているマイネレーツェル、シャランジュあたりへ。
ただし、自信はまったくありません。
 (穴党デスクこと木村透)
 
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2008/04/07

編集長の「あなろぐ日記」

カラヤンとヒーローズ

 遅ればせながら、おとといの土曜に「しっかりした」花見に行ってきました。しっかりした、というのは一週間前の土曜に原宿の結婚式の披露宴会場で咲き誇る桜を「チラ見」していたからですが、おとといは千葉市のちょっと山間にある市営公園に花見弁当を持って車で出かけたのでした。

 山間なので平地とちょうど一週間ぐらいの誤差があって、ドンピシャリの満開。あちこちで団体さんや親子が喚声を挙げるのを耳にしながら、それでも心静かにのんびりと弁当をつつけました。翌朝、テニススクールに行ってみると、クラスメートの中に2名、「きのう、おれもあの公園に行った」「あたしも」というのがいました。考えることはみな同じですね。

 今週はその花見をはさんで観た2本の番組の話をします。

 1本目は土曜午前にNHKのBSでやっていた「カラヤン生誕100年」特集です。たしかモーツアルトとベートーベンの生誕○年というので昨年とか、一昨年はクラシック界は騒いでいたのですが、今年はカラヤンに目をつけたようです。

 その特集の中で2時間ほど、カラヤンの生涯の記録ドキュメンタリーを放送したのですが、これが秀作で見入ってしまいました。経済部時代に財界や電機を担当している時に、カラヤンと親しかったソニーの大賀さんから、晩年のカラヤンの話を聞かされましたが、実際に映像でその記録を観ると、やはりすごい。

 例えば、登場人物がすごい。カラヤンがチャイコフスキーのピアノの1番で、あの天才キーシンに弾かせた時の映像は、キーシンの神技に感極まって、演奏中に目に涙するカラヤンを捕らえています。

 ほかにもバーンスタインやサイモン・ラトルはガンガンでてくるわ、ドミンゴやパバロッテイはカラヤンに怒られてるわ、小沢征爾はちょっぴり登場するわ、クラシック界のエッセンスが全部そこにあるような感じです。

 ワーグナーの歌劇のリハで演技指導するカラヤンも観られて(この「られ」は可能のられです。本当は私は「観ることができて」という言い方が嫌いなのです)興味津々でした。

 も一つ、面白いと感じたのは、いつかウイークリーでも紹介したアメリカのテレビドラマ「ヒーローズ」です。もう、やみつきになっている方も多いのでしょうが、私は初めてですから、DVDでまずは1〜3話を観ました。

 そしたら、まだ初めですから、超能力を持った主人公たちがそれぞれにバラバラに生きてるところですが、そのエピソードがみんな濃くて興味を引かれました。そして、だんだんと展開が速くなって…そのうちに各人が有機的に絡み合うようになると、またレベルアップした面白さになるのでしょう。どんどん続編を観たいと思います

 例えばジェフリー・アーチャーの「ケインとアベル」とか、クランシーの「レッドオクトーバーを追え」とかも、話が絡み合っていく過程を楽しめる小説ですが、ヒーローズに関してもそんな感じを期待しています。今週は前向きに終わります。はい
                      (「あなろぐ編集長」こと重田育哉)

 
 
posted by ブログ管理者 at 14:04 | TrackBack(0) | 編集長の「あなろぐ日記」