中国農薬入りギョーザには驚きました。
明日の締め切りに向けて、現在大慌てで、いや鋭意、取材中です。
ギョーザではありませんが、わが家の冷凍庫にもありました。
ジェイティフーズの「お弁当大人気 きんぴら風味 豚肉のごぼう巻き 6個入り」。
なんと三男の好物で、
中学から高校1年生になった今までに数え切れないほど食べ、
昨日もお弁当に3個入れて持っていき、完食してしまったそうです。
ま、今朝もサッカー部の朝練に元気で出かけたそうですから、やれやれです。
この記事は明日作るとして、
次号には「見て、撮って、訪れて・・・団地を愛する若者たち」という記事も載ります。
今頃、なぜ若者に愛されるのかは理解しかねますが、
元祖、ともいうべき「団地っ子」にとっては、話したいことは山ほどあります。
はるか47年前の高度経済成長期、
東武東上線沿いに誕生した大規模団地に3歳で入居、
以後中学2年生を終えるまで、テラスハウス式2階建て庭付き、
とは言っても間取りはわずか3Kという部屋で育ちました。
ベッドタウンとして人口は急増していて、
町立第二小学校に入学したものの、毎年のように小学校が増えて、
卒業したのは市立第五小学校でした。
第1回卒業生の6年1組の出席番号1番でしたから卒業証書は「第1号」です。
ただの偶然ですから偉いわけではありませんが、
以後の半生で数百回は自慢していて、
その半分くらいでは「ほーっ」という程度に感心されています。
今、駅をはさんで二つあった団地はいずれも建て替えの時期を迎えています。
2ちゃんには往時を懐かしんだスレッドが立って、
銭湯、駄菓子屋、団地祭りなどの思い出話が延々と繰り返されています。
それを見つけ、半分泣きながら読んでいると、
当時のニックネームをハンドルネームにした書き込みを発見。
そこにイニシャルで登場する40年前の同級生の顔を思い浮かべていると、
私自身まで言及されていて驚きました。
ちなみに「秀才でした」と書いてありました。へへ。
それはともかく、その3Kの自宅の1階には6畳の和室が一間だけ。
ここが茶の間兼寝室。
2階の6畳は、やはり新聞記者だった父親(朝日ですが)の書斎で、
机のほかには本棚しかありませんでした。
海外赴任が長くたいてい留守なのに、一番広い場所を占有していました。
階段脇にも本棚を作りつけてそこにはレーニン全集がドーンと並んでいました。
4畳半のほうに私と弟の学習机が置いてあったのですが、
私の机は大きな水槽の台と化していて、
近所の沼で釣ってきたクチボソ、フナ、ザリガニ、ドジョウが暮らしていました。
あれから何と40数年。
建物は老朽化してしまい、人間の方も体は大分老朽化してきましたが、
精神の方はそう変わってはいません。
実家に帰れば、あのレーニン全集はまだ健在ですし、
老父が口を開けば3回に1回はクレムリンの話です。
私の方も同様で、自宅の書斎まがいの小さな文机にはやはり大きな水槽が載っていて、
ドジョウとタナゴとメダカが泳いでいるのです。
見開きわずか2nの団地の記事のゲラを眺めるだけで、
膨大なあれこれを思い出してしまいました。
かつての団地っ子はぜひ読んでみてください。
(苦悶デスクこと木村透)
2008/01/31
毒入りギョーザ!
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2008/01/28
編集長の「あなろぐ日記」
偏食
ちょっと前の話になって恐縮ですが、19日の土曜に例の男の料理教室1−3月期の1回目の授業がありました。通算で7回目の出席になるものの、ちょっとも料理の腕が上がらないというジレンマをかかえたまま、講師のお嬢さんたちが1尾800円すると豪語するカレイの煮付けと、さつま汁に挑んだのでした。
工程は省きますが、興味があったのは、具の野菜類をいったん炒めるさつま汁。炒めた分、とても香ばしくなりました。
具は豚汁と同じで、ニンジン、ダイコン、ゴボウ、それに「さつま」というからには、サツマイモが定番なのですが、男ばかりの教室と言うことでサトイモに。それらを銀杏切りやら、何たら切りに次々に刻んでいきます。
そこら辺で今日の話ですが、私は実は、このニンジンが嫌いなのです。カレーを食べても、皿のわきにどけてしまいます。あとダメなのがトマト。居酒屋などで「冷やしトマト」を見ると、テーブルをひっくり返したくなります。
もっとも、トマトの形をしてなければいいのです。トマトジュースや、トマト味のパスタは大好きです。変でしょう。
周りの人間は「子どものようだ」と言います。でも、もっと変な偏食家がいます。
私の後輩のM山記者は、カレーライスをおかずにライスを別に注文する妙な人間ですが、ピーマンが宿敵です。「ピラフなどで5_角までなら一つ一つ完全に排除できる」と変な威張り方をします。
私の同僚の記者にはエビ、カニが絶対にダメという、冬の宴会には呼びたくないような、もったいない人間もいます。
そこで問題です。私、M山、カニ記者の3人には、ある共通点がありますが、それは何でしょう。
めんどくさいので即答しますが、みんな一人っ子なのです。確かに私は親から「嫌いなモノは無理して食べなくていい」と何度か言われた覚えがあります。他2人の親は、それぞれ医者と歯医者ですから、私の親よりも、もっと医学・健康的にみて、もっともらしいことを言ったはずですが、結果としては、3人ともに子どものような偏食人間になってしまった訳です。
別にニンジンを食べなくても栄養失調にはならないので、人生的にはちっとも困らないと思っていたはずなのですが、その私が19日はキチンと食べてしまったのです。やはり、自身作には愛着があるのか、サトイモもゴボウもニンジンも香ばしくて、完食したのです。自分でも偉いモンだと思っています。では
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
ちょっと前の話になって恐縮ですが、19日の土曜に例の男の料理教室1−3月期の1回目の授業がありました。通算で7回目の出席になるものの、ちょっとも料理の腕が上がらないというジレンマをかかえたまま、講師のお嬢さんたちが1尾800円すると豪語するカレイの煮付けと、さつま汁に挑んだのでした。
工程は省きますが、興味があったのは、具の野菜類をいったん炒めるさつま汁。炒めた分、とても香ばしくなりました。
具は豚汁と同じで、ニンジン、ダイコン、ゴボウ、それに「さつま」というからには、サツマイモが定番なのですが、男ばかりの教室と言うことでサトイモに。それらを銀杏切りやら、何たら切りに次々に刻んでいきます。
そこら辺で今日の話ですが、私は実は、このニンジンが嫌いなのです。カレーを食べても、皿のわきにどけてしまいます。あとダメなのがトマト。居酒屋などで「冷やしトマト」を見ると、テーブルをひっくり返したくなります。
もっとも、トマトの形をしてなければいいのです。トマトジュースや、トマト味のパスタは大好きです。変でしょう。
周りの人間は「子どものようだ」と言います。でも、もっと変な偏食家がいます。
私の後輩のM山記者は、カレーライスをおかずにライスを別に注文する妙な人間ですが、ピーマンが宿敵です。「ピラフなどで5_角までなら一つ一つ完全に排除できる」と変な威張り方をします。
私の同僚の記者にはエビ、カニが絶対にダメという、冬の宴会には呼びたくないような、もったいない人間もいます。
そこで問題です。私、M山、カニ記者の3人には、ある共通点がありますが、それは何でしょう。
めんどくさいので即答しますが、みんな一人っ子なのです。確かに私は親から「嫌いなモノは無理して食べなくていい」と何度か言われた覚えがあります。他2人の親は、それぞれ医者と歯医者ですから、私の親よりも、もっと医学・健康的にみて、もっともらしいことを言ったはずですが、結果としては、3人ともに子どものような偏食人間になってしまった訳です。
別にニンジンを食べなくても栄養失調にはならないので、人生的にはちっとも困らないと思っていたはずなのですが、その私が19日はキチンと食べてしまったのです。やはり、自身作には愛着があるのか、サトイモもゴボウもニンジンも香ばしくて、完食したのです。自分でも偉いモンだと思っています。では
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
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2008/01/25
NHK
そろそろ次号の最終校了の時間ですが、
NHK新会長の挨拶を原稿に入れなければなりません。
写真と原稿が届くのを冷や冷やしながら待っているところです。
それにしてもNHKのインサイダー取引疑惑には驚きました。
記者の罪意識の低さにも驚きましたが、
同業者としては、
放送前の特ダネに5000人もの職員がアクセスできるというところに一番驚きました。
そもそもインサイダー取引が日本で法律違反になったのはそう昔ではなく、
1989年のことです。
ちょうどそのころ、社会部の新宿署担当から警視庁記者クラブの捜査2課担当(汚職、詐欺、横領、選挙違反など知能犯の担当です)となり、
先輩からこう言われました。
「全国の警察がインサイダー取引事件の初摘発を目指している。
もちろん警視庁も。
君と二人でそれをすっぱ抜く」
何ヶ月か夜討ち、朝駆けを繰り返して、事件の輪郭が分かってきて、
東大出で頭脳派のその先輩が逮捕される某船会社の社長を特定して
Xデー向けの原稿を準備、
肉体派の私はその社長の写真撮影、関連会社の登記簿取りなどを任されました。
そしてそろそろXデーというある日。
先輩から命じられて、問題の船会社の前で警視庁の家宅捜索を警戒していると、
ライバル各紙の記者が息を切らせてやってきて、「やったね」と言うのです。
何のことだか、わかりませんでした。
実は、その前夜と当日の朝、先輩は「初摘発」の確証を得て、
夕刊一面に「インサイダー取引 警視庁強制捜査へ」
というような見出しの特ダネを出稿していたわけです。
数か月、私としては特ダネを目指して二人三脚で努力してきたつもりでしたが、
最終局面の特ダネ出稿という一番興奮する瞬間を知らされなかったのです。
あまりのことに、怒るどころかあきれてしまったのを、今でもよーく覚えています。
これは極端な例ですが、
特ダネを取材しているときには相当に「保秘」に気を使っていました。
社会部の同僚がどんな特ダネを狙っているかなどはさっぱりわかりませんし、
尋ねもしません。
6畳ほどの狭い警視庁クラブ内でも、担当が違えば何をしているのかは???
つまり、出稿してからデスクの目を通ってゲラになるまでは、
チェック担当の部署以外に特ダネに接触できる者はほとんどおらず、
いやゲラになってからも、
その現物が出回る編集局内の半径数十メートルにほぼ限られています。
特ダネとはそういうものだと四半世紀も思い込んでいたわけですから、
せっかくの特ダネを水戸でも岐阜でも、
それどころか5000人もの職員がアクセス可能だったという、
NHKのあまりの大らかさに驚いたわけです。
さて、辛口ビール「アサヒスーパードライ」の産みの親だという福地新会長の挨拶は
「NHKはがけっぷち。職員は強い気概を持って」というものでした。
頼みますよ。
(苦悶デスクこと木村透)
NHK新会長の挨拶を原稿に入れなければなりません。
写真と原稿が届くのを冷や冷やしながら待っているところです。
それにしてもNHKのインサイダー取引疑惑には驚きました。
記者の罪意識の低さにも驚きましたが、
同業者としては、
放送前の特ダネに5000人もの職員がアクセスできるというところに一番驚きました。
そもそもインサイダー取引が日本で法律違反になったのはそう昔ではなく、
1989年のことです。
ちょうどそのころ、社会部の新宿署担当から警視庁記者クラブの捜査2課担当(汚職、詐欺、横領、選挙違反など知能犯の担当です)となり、
先輩からこう言われました。
「全国の警察がインサイダー取引事件の初摘発を目指している。
もちろん警視庁も。
君と二人でそれをすっぱ抜く」
何ヶ月か夜討ち、朝駆けを繰り返して、事件の輪郭が分かってきて、
東大出で頭脳派のその先輩が逮捕される某船会社の社長を特定して
Xデー向けの原稿を準備、
肉体派の私はその社長の写真撮影、関連会社の登記簿取りなどを任されました。
そしてそろそろXデーというある日。
先輩から命じられて、問題の船会社の前で警視庁の家宅捜索を警戒していると、
ライバル各紙の記者が息を切らせてやってきて、「やったね」と言うのです。
何のことだか、わかりませんでした。
実は、その前夜と当日の朝、先輩は「初摘発」の確証を得て、
夕刊一面に「インサイダー取引 警視庁強制捜査へ」
というような見出しの特ダネを出稿していたわけです。
数か月、私としては特ダネを目指して二人三脚で努力してきたつもりでしたが、
最終局面の特ダネ出稿という一番興奮する瞬間を知らされなかったのです。
あまりのことに、怒るどころかあきれてしまったのを、今でもよーく覚えています。
これは極端な例ですが、
特ダネを取材しているときには相当に「保秘」に気を使っていました。
社会部の同僚がどんな特ダネを狙っているかなどはさっぱりわかりませんし、
尋ねもしません。
6畳ほどの狭い警視庁クラブ内でも、担当が違えば何をしているのかは???
つまり、出稿してからデスクの目を通ってゲラになるまでは、
チェック担当の部署以外に特ダネに接触できる者はほとんどおらず、
いやゲラになってからも、
その現物が出回る編集局内の半径数十メートルにほぼ限られています。
特ダネとはそういうものだと四半世紀も思い込んでいたわけですから、
せっかくの特ダネを水戸でも岐阜でも、
それどころか5000人もの職員がアクセス可能だったという、
NHKのあまりの大らかさに驚いたわけです。
さて、辛口ビール「アサヒスーパードライ」の産みの親だという福地新会長の挨拶は
「NHKはがけっぷち。職員は強い気概を持って」というものでした。
頼みますよ。
(苦悶デスクこと木村透)
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2008/01/21
編集長の「あなろぐ日記」
寒いですね
雪こそ降らなかったものの週明けも厳しい寒さで、出勤時にはマフラー、手袋は必需の厳戒態勢です。この寒さは先週からですが、先週金曜日に経済部時代に大変お世話になった上司のOさんという方の葬儀が三鷹で行われ、出席しました。
Oさんは87年に私が経済部に来たときにデスクをやっていて、大変やかましくも愛情あふれる方でした。私は当時、日銀クラブで銀行や生保を回っていたのですが、ある時、原稿をOさんに見てもらっている最中に、ちょっと不平を言ったのです。そしたら、Oさんはカッとなって「ちょっと待ってろ、そこに行くから。逃げんなよ」と電話を切るのです。
会社は大手町、クラブは日本橋(日銀内です)、走ったら10分ぐらいですが、まさか来ないだろうとタカをくくっていたら、クラブの先輩記者は「Oさんなら、ほんとに来るから逃げろ」と私を周辺の喫茶店に逃亡させたのです。
でも、いろいろ、お付き合いさせて頂くと、怖いばかりじゃなくて、面倒見が良くて、よく大勢を引き連れて寿司を食べさせてくれたり、私費で電機業界各社の広報を集めて定期的に飲み会を開いたり、大変世話好きの方だったのです。まだ69歳だったので、新聞で死亡記事を見てびっくりするやら、悲しいやら、かなり動揺してしまいました。
さて、その葬儀には当然ながら経済部の関係者も大勢、列席していたのですが、そのなかに松井さんという大先輩がいらっしゃいました。大変偉い方なので、なんですが、この方のニックネームは「シロマツ」さんです。
というのも「クロマツ」さんという、こちらも偉い方が経済部にいらっしゃったのです。お二方は一時期、一緒に大蔵省のクラブに属されて、同じ松井で、下の名前も結構似てたので、お役人たちはアポを申し込まれても、どっちが来るのか分からない、ということで、ある時、官房長が日本酒を2本つきだして、お二方に「おまえは色白だからシロマツ」と清酒・白松を、「おまえはクロマツだ」と清酒・黒松をプレゼントしたのだそうです。
以上の話は2人から別々に直に聞いたので、多分事実だと思いますが、それから社の内外で2人はずっとシロマツさん、クロマツさんです。
新聞記者というのは基本は人付き合いで、人に好かれる方がいい商売です。だから、取材先で偉い人に重田君などと呼ばれるより、シゲちゃんなどと呼ばれた方が嬉しいのです。名前を覚えて欲しい、愛称で呼んで欲しい、と思うのです。そんなふうですから、もし、同じ名字がいれば、どう区別しようかと本人も周りも頭を巡らせることもあります。
例えば、経済部に以前、M田英三とM田陽三という記者がいました。名前の発音が似てるので電話でも聞き間違えます。だから、周りでは、「Aゾウ」「Bゾウ」にしようかと冗談を言ってました。
アライというのも経済部に多い姓でした。「新」と「荒」がいて、「ニューアライ」「やくざアライ」(多分にやくざっぽい人だった)になったとおもったら、もう一人、「新」が…もう面倒なので、あまり考えず、「ヒゲアライ」にしてしまいました。後から来ると、手間ヒマが省かれるので損なのです。
政治部では、「良いY山」「悪いY山」という2人がいて、他部から見ると、なにが悪いのか良いのか分からないのですが、そう判別してました。もっとも、「悪い」が文句を言ったのか、最近はあまり使わなくなって、「白いY山」とか、つまらない見分けをしているそうです。
話はこれでおしまいです。また来週
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
雪こそ降らなかったものの週明けも厳しい寒さで、出勤時にはマフラー、手袋は必需の厳戒態勢です。この寒さは先週からですが、先週金曜日に経済部時代に大変お世話になった上司のOさんという方の葬儀が三鷹で行われ、出席しました。
Oさんは87年に私が経済部に来たときにデスクをやっていて、大変やかましくも愛情あふれる方でした。私は当時、日銀クラブで銀行や生保を回っていたのですが、ある時、原稿をOさんに見てもらっている最中に、ちょっと不平を言ったのです。そしたら、Oさんはカッとなって「ちょっと待ってろ、そこに行くから。逃げんなよ」と電話を切るのです。
会社は大手町、クラブは日本橋(日銀内です)、走ったら10分ぐらいですが、まさか来ないだろうとタカをくくっていたら、クラブの先輩記者は「Oさんなら、ほんとに来るから逃げろ」と私を周辺の喫茶店に逃亡させたのです。
でも、いろいろ、お付き合いさせて頂くと、怖いばかりじゃなくて、面倒見が良くて、よく大勢を引き連れて寿司を食べさせてくれたり、私費で電機業界各社の広報を集めて定期的に飲み会を開いたり、大変世話好きの方だったのです。まだ69歳だったので、新聞で死亡記事を見てびっくりするやら、悲しいやら、かなり動揺してしまいました。
さて、その葬儀には当然ながら経済部の関係者も大勢、列席していたのですが、そのなかに松井さんという大先輩がいらっしゃいました。大変偉い方なので、なんですが、この方のニックネームは「シロマツ」さんです。
というのも「クロマツ」さんという、こちらも偉い方が経済部にいらっしゃったのです。お二方は一時期、一緒に大蔵省のクラブに属されて、同じ松井で、下の名前も結構似てたので、お役人たちはアポを申し込まれても、どっちが来るのか分からない、ということで、ある時、官房長が日本酒を2本つきだして、お二方に「おまえは色白だからシロマツ」と清酒・白松を、「おまえはクロマツだ」と清酒・黒松をプレゼントしたのだそうです。
以上の話は2人から別々に直に聞いたので、多分事実だと思いますが、それから社の内外で2人はずっとシロマツさん、クロマツさんです。
新聞記者というのは基本は人付き合いで、人に好かれる方がいい商売です。だから、取材先で偉い人に重田君などと呼ばれるより、シゲちゃんなどと呼ばれた方が嬉しいのです。名前を覚えて欲しい、愛称で呼んで欲しい、と思うのです。そんなふうですから、もし、同じ名字がいれば、どう区別しようかと本人も周りも頭を巡らせることもあります。
例えば、経済部に以前、M田英三とM田陽三という記者がいました。名前の発音が似てるので電話でも聞き間違えます。だから、周りでは、「Aゾウ」「Bゾウ」にしようかと冗談を言ってました。
アライというのも経済部に多い姓でした。「新」と「荒」がいて、「ニューアライ」「やくざアライ」(多分にやくざっぽい人だった)になったとおもったら、もう一人、「新」が…もう面倒なので、あまり考えず、「ヒゲアライ」にしてしまいました。後から来ると、手間ヒマが省かれるので損なのです。
政治部では、「良いY山」「悪いY山」という2人がいて、他部から見ると、なにが悪いのか良いのか分からないのですが、そう判別してました。もっとも、「悪い」が文句を言ったのか、最近はあまり使わなくなって、「白いY山」とか、つまらない見分けをしているそうです。
話はこれでおしまいです。また来週
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
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2008/01/18
寒い!
地球温暖化が待ち遠しいほど寒い日が続いています。
昨日降った初雪、今朝は車の屋根でガチガチに凍っていました。
ま、あと1か月はこの調子でしょうか。
この寒さですが、明日はもっと寒そうな那須塩原に行ってきます。
小誌でおなじみのノンフィクション作家山下柚実さんの出版記念パーティがそこの温泉旅館であるのです。
小誌連載の「アート新時代」がもとになった本が東洋経済社から刊行されることになったのですが、会場の温泉旅館が記事にも登場した「アートな宿」というわけです。
前にも書きましたが、彼女は大学時代のサークルの後輩で、
留年休学の私が6年生だったときの1年生です。
彼女が書いたインド紀行本には
「落第を繰り返してオジサンと呼ばれている先輩が夜な夜なインド旅行の自慢話を・・・」
などとあって、それが不肖わたくしのことであります。
それはともかく、週刊誌の編集部に異動したのを機に再会し、
これまでに「五感は警告する」「都市の遺伝子」などの長期連載を書いてもらい、
いずれも出版されています。
本人の実力、と言ってしまえばそれまでですが、
自分が書いたものを本にしたい、という希望を実現することは
そう簡単なことではありません。
次号で、年明け早々に破たんした自費出版の最大手「新風舎」を取り上げます。
定年を機に自分史を書きたい団塊世代や、
次々に「○▽賞」を作り出して応募者に出版を持ちかけて急成長してきたのですが、
何度か小誌で警告した通り、潰れてしまいました。
そのあきれた顛末をぜひお読みください。
(苦悶デスクこと木村透)
昨日降った初雪、今朝は車の屋根でガチガチに凍っていました。
ま、あと1か月はこの調子でしょうか。
この寒さですが、明日はもっと寒そうな那須塩原に行ってきます。
小誌でおなじみのノンフィクション作家山下柚実さんの出版記念パーティがそこの温泉旅館であるのです。
小誌連載の「アート新時代」がもとになった本が東洋経済社から刊行されることになったのですが、会場の温泉旅館が記事にも登場した「アートな宿」というわけです。
前にも書きましたが、彼女は大学時代のサークルの後輩で、
留年休学の私が6年生だったときの1年生です。
彼女が書いたインド紀行本には
「落第を繰り返してオジサンと呼ばれている先輩が夜な夜なインド旅行の自慢話を・・・」
などとあって、それが不肖わたくしのことであります。
それはともかく、週刊誌の編集部に異動したのを機に再会し、
これまでに「五感は警告する」「都市の遺伝子」などの長期連載を書いてもらい、
いずれも出版されています。
本人の実力、と言ってしまえばそれまでですが、
自分が書いたものを本にしたい、という希望を実現することは
そう簡単なことではありません。
次号で、年明け早々に破たんした自費出版の最大手「新風舎」を取り上げます。
定年を機に自分史を書きたい団塊世代や、
次々に「○▽賞」を作り出して応募者に出版を持ちかけて急成長してきたのですが、
何度か小誌で警告した通り、潰れてしまいました。
そのあきれた顛末をぜひお読みください。
(苦悶デスクこと木村透)
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2008/01/14
編集長の「あなろぐ日記」
人生それぞれ
私の知り合いの記者にT記者という人がいます。今の勤務地は青森県八戸市ですが、私が金沢で警察周りの記者をしていた当時、80年代の前半ですが、金沢支局で一緒に麻雀をしたり、てんやものを注文したり、あほな冗談を言ったり、毎日のように愉快に一緒に遊んでいました。
当時、T君は記者職でなかったのですが、その後、支局のバイトのお嬢さんと結婚して、記者になって、北陸とか、さらには静岡・下田などに赴任していきました。
なぜ、T君の話をするかというと、彼には幽霊のように事件が憑いてまわるのです。下田の時は正月に大火事があって、全国版にバンバン載りました。北陸にちょっと戻ったときには、ちょっとした社内トラブルに遭いました。そして、今です。
思い出しますが、ウイークリーにちょっとした青森話を書いてもらおうと昨年末、偶然にT君と親戚にあたる編集部のN記者がT君に電話をかけたのです。その時、私はT君に「Tちゃんよ、正月はあんた忙しだから、記事を頼めんようになるかもしれんね」と言ったら、「なん、なんも忙しくない」と言います。でも「ほら、正月、下田であったろうが、あんた休みとれんやったろうが」と釘をさしてやったのです。
そしたら、明けて正月の、あの八戸の長男放火殺人です。N君の話では当然のごとく、T君の冬休みは突然に消滅したそうです。
事件というのは基本的には人口比で発生します。就職の赴任先が福井の長男の話では「福井はここ3年殺人事件がない」といいます。じゃあ、福井と青森のどっちが田舎かというと、よく分かりません。さらに言うと、新聞記者の中にも必然的に、大事件にぶち当たる人と、結構、義経の八隻跳びのように「かわす」人が出てくるのです。T君は前者かも。私は結構、後者なのです。
例えば、「証券会社が企業に株価の損失を補填した事件」というのが昔ありましたが、私は偶然にも日経が補填全リストを大スクープした2週間前に証券担当を外れました。山一が破たんしたときも証券・日銀・大蔵という、おおよそ被害が及びそうなクラブにはいませんでした。(その直後に証券のキャップになりました)
もちろん、初めから逃げられない大事件に予め組み込まれたような時は、覚悟を決めるしかありません。93年のウルグアイ・ラウンド終結も、96年のNTT分割も担当しました。でも、不用意なモノがふっと沸いて、それで、すっかりはまって苦労したというのは、あまりないのです。
この業界には、苦労は買ってでもしろ、という人が大勢いますが、それは若い記者への言葉でしょう。特ダネは欲しいけど、果てしない、絶望的な苦労というのは、すすんではしたくはありません。
人それぞれですから、みんなが私と同じとは限りませんが、T君は結構、そういう哲学的には私に近いところもあるのでは…と思うのです。ですから、T君も大変だろうと思うのですが、激寒の地で、体をこわすことなく、どうか頑張って下さい。
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
私の知り合いの記者にT記者という人がいます。今の勤務地は青森県八戸市ですが、私が金沢で警察周りの記者をしていた当時、80年代の前半ですが、金沢支局で一緒に麻雀をしたり、てんやものを注文したり、あほな冗談を言ったり、毎日のように愉快に一緒に遊んでいました。
当時、T君は記者職でなかったのですが、その後、支局のバイトのお嬢さんと結婚して、記者になって、北陸とか、さらには静岡・下田などに赴任していきました。
なぜ、T君の話をするかというと、彼には幽霊のように事件が憑いてまわるのです。下田の時は正月に大火事があって、全国版にバンバン載りました。北陸にちょっと戻ったときには、ちょっとした社内トラブルに遭いました。そして、今です。
思い出しますが、ウイークリーにちょっとした青森話を書いてもらおうと昨年末、偶然にT君と親戚にあたる編集部のN記者がT君に電話をかけたのです。その時、私はT君に「Tちゃんよ、正月はあんた忙しだから、記事を頼めんようになるかもしれんね」と言ったら、「なん、なんも忙しくない」と言います。でも「ほら、正月、下田であったろうが、あんた休みとれんやったろうが」と釘をさしてやったのです。
そしたら、明けて正月の、あの八戸の長男放火殺人です。N君の話では当然のごとく、T君の冬休みは突然に消滅したそうです。
事件というのは基本的には人口比で発生します。就職の赴任先が福井の長男の話では「福井はここ3年殺人事件がない」といいます。じゃあ、福井と青森のどっちが田舎かというと、よく分かりません。さらに言うと、新聞記者の中にも必然的に、大事件にぶち当たる人と、結構、義経の八隻跳びのように「かわす」人が出てくるのです。T君は前者かも。私は結構、後者なのです。
例えば、「証券会社が企業に株価の損失を補填した事件」というのが昔ありましたが、私は偶然にも日経が補填全リストを大スクープした2週間前に証券担当を外れました。山一が破たんしたときも証券・日銀・大蔵という、おおよそ被害が及びそうなクラブにはいませんでした。(その直後に証券のキャップになりました)
もちろん、初めから逃げられない大事件に予め組み込まれたような時は、覚悟を決めるしかありません。93年のウルグアイ・ラウンド終結も、96年のNTT分割も担当しました。でも、不用意なモノがふっと沸いて、それで、すっかりはまって苦労したというのは、あまりないのです。
この業界には、苦労は買ってでもしろ、という人が大勢いますが、それは若い記者への言葉でしょう。特ダネは欲しいけど、果てしない、絶望的な苦労というのは、すすんではしたくはありません。
人それぞれですから、みんなが私と同じとは限りませんが、T君は結構、そういう哲学的には私に近いところもあるのでは…と思うのです。ですから、T君も大変だろうと思うのですが、激寒の地で、体をこわすことなく、どうか頑張って下さい。
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
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| 編集長の「あなろぐ日記」
2008/01/08
お恥ずかしい
いや、お恥ずかしい。
年末に収録したTBS「噂の東京マガジン」が1月6日に放映されました。
番組のエンディングにわずか1分ほど流れただけですが、
その大半に編集長を押しのけようかという勢いで映ってしまいました。
「出たがりだということは知っていたが、これほどまでとは」
と、家人、知人からあきれられてしまいました。
反省しています。
年末年始は、遠出しませんでした。
双子の豚児の一方が12月26日に入院、28日に手術、31日に退院ということになってしまって、大掃除の合間に病院通いをしていたのです。
病名は頭部腫瘍と重々しいのですが、
生まれつきの母斑を取る手術です。
側頭部にちょうど5円ハゲくらいの母斑があって、
大人になったら取ろうということになっていたのです。
今は四方八方にとんがった髪の毛に隠れて見えませんし、
あと10年もすれば全体がさびしくなるのだから、とも思いましたが、
19歳としてはやはり気になるようです。
腫瘍というだけあって、頭皮を表面だけ切り取るというわけではないらしく、
そのうえ術後に目が吊り上ったりしないようにするのも難しいらしく、
全身麻酔の予想外に大掛かりな手術となりました。
来週はもう抜糸ですから一件落着なのですが、実は大失敗もありました。
双子が生まれてから20年近く、営々と学資保険の掛け金を払ってきたのですが、
3男も含めた07年入試シーズンの教育費の負担に耐え切れず、学資保険を1つ解約。
双子なのでどっちでも同じだからと長男の分を解約したのですが、
逆にしていれば今回の入院費は保険で賄えたのです。
それなら今度は、手術したのは二男の方だと言い張れば・・・
それで病院も、保険会社も何とかなったような気もしますが・・・
さて年末に小欄で書いたカネトシツヨシオーは結局、京都の金杯に出走。
9番人気のこの馬から流して3連複98倍ゲット。
配当金が5l上乗せされるJRAプレミアムの恩恵を頂戴してしまいました。
08競馬は大幅黒字からのスタートです。へへ。
(穴党デスクこと木村透)
年末に収録したTBS「噂の東京マガジン」が1月6日に放映されました。
番組のエンディングにわずか1分ほど流れただけですが、
その大半に編集長を押しのけようかという勢いで映ってしまいました。
「出たがりだということは知っていたが、これほどまでとは」
と、家人、知人からあきれられてしまいました。
反省しています。
年末年始は、遠出しませんでした。
双子の豚児の一方が12月26日に入院、28日に手術、31日に退院ということになってしまって、大掃除の合間に病院通いをしていたのです。
病名は頭部腫瘍と重々しいのですが、
生まれつきの母斑を取る手術です。
側頭部にちょうど5円ハゲくらいの母斑があって、
大人になったら取ろうということになっていたのです。
今は四方八方にとんがった髪の毛に隠れて見えませんし、
あと10年もすれば全体がさびしくなるのだから、とも思いましたが、
19歳としてはやはり気になるようです。
腫瘍というだけあって、頭皮を表面だけ切り取るというわけではないらしく、
そのうえ術後に目が吊り上ったりしないようにするのも難しいらしく、
全身麻酔の予想外に大掛かりな手術となりました。
来週はもう抜糸ですから一件落着なのですが、実は大失敗もありました。
双子が生まれてから20年近く、営々と学資保険の掛け金を払ってきたのですが、
3男も含めた07年入試シーズンの教育費の負担に耐え切れず、学資保険を1つ解約。
双子なのでどっちでも同じだからと長男の分を解約したのですが、
逆にしていれば今回の入院費は保険で賄えたのです。
それなら今度は、手術したのは二男の方だと言い張れば・・・
それで病院も、保険会社も何とかなったような気もしますが・・・
さて年末に小欄で書いたカネトシツヨシオーは結局、京都の金杯に出走。
9番人気のこの馬から流して3連複98倍ゲット。
配当金が5l上乗せされるJRAプレミアムの恩恵を頂戴してしまいました。
08競馬は大幅黒字からのスタートです。へへ。
(穴党デスクこと木村透)
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2008/01/04
編集長の「あなろぐ日記」
静かな正月
明けましておめでとうございます。今年も何とぞ宜しくお願いいたします。
いやあ、静かで、いい正月でしたね。ウイークリーは明けて4日が締め切り日ですが、タレントさんの結婚・離婚発表が相次いだことや、原油高に拍車がかかったぐらいで、世を揺るがす大騒動はなく、それはそれでホッとしています。
今日出ても、また土日と休みなので、そこら辺までが正月休みなのでしょうが、いったん、ここら辺で切って、年末年始の主要な行動記録をーー
12月28日(金)
▼テニススクール
この日がスクールの最後なので私も打ち納め。そろそろガットを張り替えないと
▼部屋の片づけ
就職して福井に行った長男の部屋の大学時代の教科書などを倉庫に
代わりに倉庫の中に眠っていた長男のコミック本段ボール5ー6個分を部屋に
それを作品ごとナンバー通りに並べて飾ろうと思ったが、そこで力尽きる
29日(土)
▼昨日の続き。200冊ぐらいのマンガを並べた。ヒカルの碁、金田一、ハチクロなど
その後はリビングボード内の整頓
▼年賀状書き。40も書いたらくたびれた(それとは別に会社用に約40通=発送済)
▼何か他にもあったような気がするが覚えてない
30日(日)
▼買いだし
酒屋で尿酸対策に飲み始めようと企んでいる芋焼酎、正月乾杯用のシャンペンなど
スーパーにも行く。午前中だったこともあり、予想より人出は少なし
▼車洗い
自分では面倒くさいのでスタンドへ。待ち時間は1時間30分ぐらい
▼フィットネス。ランニング40分。自転車、ペダル漕ぎ20分ずつ。その間にマシン
▼夜、眼鏡が壊れていることに気づく。買ったところのスーパーで直してもらう
31日(月)
▼注文してあった、年越し蕎麦用の天ぷらと、刺し身を買いに行く
▼夕方、レンタルの「踊る大捜査線」DVDを見る。渡辺えり子が出てくる婦警の巻
▼夜のテレビは紅白、ダウンタウン。4チャンネルの方がはるかに面白い
1月1日(火)
▼初詣で。近くの神社で恒例の家族お祓い
▼サッカー天皇杯。鹿島も広島も応援してないので、今ひとつ力入らず
▼「踊る…」のDVDをもう一本。スリーアミーゴーズの番外編
▼夜のテレビ。何を見たか覚えてない。
ウイーンフィルがアンコールでお決まりの「青きドナウ」と何たら行進曲をやってた
2日(水)
▼駅伝を1区から。竹沢が3区で区間賞。でも2区だったら…の本人コメントは納得
▼昼過ぎから、駅で3つ向こうの叔母宅でごちそうに。ビール×水割りを大量に
その途中で年賀状第2陣
自宅からの移動の間小1時間の間に5区。エンジが往路優勝したのでビックリ
▼帰って、も一杯と思ったが、家族に飲み過ぎを注意され断念。
3日(木)
▼朝、浅草に行こうと思ったら、長男が福井から予想外に早く帰って来たので計画変更
▼駅伝。エンジは、やはり力不足。東海が10区でアウトになったのにはビックリ
▼家族4人で墓参り。帰りにお茶で、チョコパフェ574`・カロリー
▼夕、溜まりにたまったゴミを合計6袋出しに
4日(金)
▼今日は仕事。朝、テレビで東海の選手は踏切の所で足をギクッとやったことを知る
▼今夜は、のだめでも見ようかな
昨年に続き、全く他愛のない年末年始を過ごしていたのでした。
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
明けましておめでとうございます。今年も何とぞ宜しくお願いいたします。
いやあ、静かで、いい正月でしたね。ウイークリーは明けて4日が締め切り日ですが、タレントさんの結婚・離婚発表が相次いだことや、原油高に拍車がかかったぐらいで、世を揺るがす大騒動はなく、それはそれでホッとしています。
今日出ても、また土日と休みなので、そこら辺までが正月休みなのでしょうが、いったん、ここら辺で切って、年末年始の主要な行動記録をーー
12月28日(金)
▼テニススクール
この日がスクールの最後なので私も打ち納め。そろそろガットを張り替えないと
▼部屋の片づけ
就職して福井に行った長男の部屋の大学時代の教科書などを倉庫に
代わりに倉庫の中に眠っていた長男のコミック本段ボール5ー6個分を部屋に
それを作品ごとナンバー通りに並べて飾ろうと思ったが、そこで力尽きる
29日(土)
▼昨日の続き。200冊ぐらいのマンガを並べた。ヒカルの碁、金田一、ハチクロなど
その後はリビングボード内の整頓
▼年賀状書き。40も書いたらくたびれた(それとは別に会社用に約40通=発送済)
▼何か他にもあったような気がするが覚えてない
30日(日)
▼買いだし
酒屋で尿酸対策に飲み始めようと企んでいる芋焼酎、正月乾杯用のシャンペンなど
スーパーにも行く。午前中だったこともあり、予想より人出は少なし
▼車洗い
自分では面倒くさいのでスタンドへ。待ち時間は1時間30分ぐらい
▼フィットネス。ランニング40分。自転車、ペダル漕ぎ20分ずつ。その間にマシン
▼夜、眼鏡が壊れていることに気づく。買ったところのスーパーで直してもらう
31日(月)
▼注文してあった、年越し蕎麦用の天ぷらと、刺し身を買いに行く
▼夕方、レンタルの「踊る大捜査線」DVDを見る。渡辺えり子が出てくる婦警の巻
▼夜のテレビは紅白、ダウンタウン。4チャンネルの方がはるかに面白い
1月1日(火)
▼初詣で。近くの神社で恒例の家族お祓い
▼サッカー天皇杯。鹿島も広島も応援してないので、今ひとつ力入らず
▼「踊る…」のDVDをもう一本。スリーアミーゴーズの番外編
▼夜のテレビ。何を見たか覚えてない。
ウイーンフィルがアンコールでお決まりの「青きドナウ」と何たら行進曲をやってた
2日(水)
▼駅伝を1区から。竹沢が3区で区間賞。でも2区だったら…の本人コメントは納得
▼昼過ぎから、駅で3つ向こうの叔母宅でごちそうに。ビール×水割りを大量に
その途中で年賀状第2陣
自宅からの移動の間小1時間の間に5区。エンジが往路優勝したのでビックリ
▼帰って、も一杯と思ったが、家族に飲み過ぎを注意され断念。
3日(木)
▼朝、浅草に行こうと思ったら、長男が福井から予想外に早く帰って来たので計画変更
▼駅伝。エンジは、やはり力不足。東海が10区でアウトになったのにはビックリ
▼家族4人で墓参り。帰りにお茶で、チョコパフェ574`・カロリー
▼夕、溜まりにたまったゴミを合計6袋出しに
4日(金)
▼今日は仕事。朝、テレビで東海の選手は踏切の所で足をギクッとやったことを知る
▼今夜は、のだめでも見ようかな
昨年に続き、全く他愛のない年末年始を過ごしていたのでした。
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
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