2007/10/31

六大学野球「東大のアボット君」の知られざるエピソード

  前回このブログで、東京六大学野球の加藤善之君(東大2年)の話題を書きました。
加藤君は、私の高校(栄光学園)の後輩に当たりますが、
手足に障害がありながらも神宮のマウンドに登る快挙を果たしました。
そのブログを読んだ高校の先輩が、
加藤君に関する次のようなエピソードを教えてくれました。

 加藤君は高校時代から、
「和製アボット」として、マスコミに取り上げられてきましたが、
自分だけが注目されることが何とも気がかりだったといいます。
高2の時に軟式野球部のキャプテンになりましたが、
自分を支えてくれているのは、レギュラー以外の部員だと痛感。
加藤君は、近隣の高校に電話をかけまくり、
親善ゲームを組み、部員全員を試合に参加させたそうです。

その先輩は、この話に心打たれ、
以後ずうっと加藤君に声援を送っているとのことです。

 一方、神宮の大スターとなった斎藤佑樹投手は、
その快投で早稲田を3季連続優勝に導きました。
優勝パレードで、壇に上がった斎藤投手は、
「野球部だけじゃなく早大の4年生に気持ち良く卒業してもらうために一生懸命投げました」
とあいさつ。
こちらも、いまどきの若者にはあまり見かけられない配慮に満ちた言葉でした。

 来季は、佑ちゃんと「東大のアボット君」が投げ合うシーンが見られるかも知れません。
(ビールがぶ飲みデスクこと下田 陽)
 
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2007/10/29

編集長の「あなろぐ日記」

3つ目

 台風一過の日曜、私は午前中、最近とみに「かわいがり」度が増えてきたと思われるテニススクールでさんざ、しごかれ、午後はグッタリと夕方まで野球中継を3つ連続して観てたのでした。

 一番目は途中からのワールドシリーズ。ちょうど松坂が四球を2つ出して交代するところ。二番目は早慶戦。三番目は日本シリーズをちょっと(その後、ダッシュ村に替えてしまいました)

 面白度も観た順番の通りでした。やっぱり、大リーグの破壊力はすごい。6対0から、テレビでも分かる、ガンとすごい音がした大ホームランを岡島が打たれて1点差に。

 早慶戦も面白かった。佑ちゃんは佑ちゃんとしても、何だか昔の、私が学生当時の早慶戦のようなお祭りの雰囲気で球場全体が盛り上がっていて、ハラハラしながら12回まで観てしまいました(負けたけど)

 問題は日本シリーズ。土曜の1戦目は初回に3ランが出て、「ああ、ダルビッシュからは3点は取れない」と分かってしまったので、他チャンネルに。2戦目は「何だか地味だよね、攻めも守りも」という気がして、観るのを止めました。

 両軍のファンには怒られるかも知れないけれど、何か試合に華がないような気がします。ヒチョリはいるしダルはいるし、ウッズもいるのだけど、観ていて、大リーグのような、スカッとした所がない。選手の起用も、選手の動きも専門家が見たら興味深い(荒木・井端コンビなど)のでしょうが、素人にはストレートに伝わってこない。

 去年と同じ対戦、今のプロ野球で強いのは、この2チームとロッテぐらいの感じがするけれど、いずれも、もう一つ。だから、どうということではないのですが、大リーグや早慶戦の方が観てて面白いのだから、やっぱり全プロ野球的にみて、ピンチの状況にあるような感じがします。

 その野球観戦の合間、といったら失礼ですが、13時にはTBS「噂の!東京マガジン」に回したら、ウイークリーが、中吊り大賞を獲得したのでした。今年下期で実は3度目。さらに磨きをかけたいと意気込むひとときでした。
                        (「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
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2007/10/26

枠順決定

 前回、1枠と8枠はマイナス3と書いたところ、
軸にしようとしていたメイショウサムソンとポップロックが入ってしまいました。

 それと、前回は検討対象外だった馬場状態ですが、
どうやらパンパンの良馬場にはなりそうにありません。
ただ、道悪の宝塚記念でちゃんと走っているので、
枠順と馬場状態でプラマイ・ゼロということにします。

 少々強引ですが、やっぱり軸はメイショウサムソンとポップロック。
 3連複は
サムソン・ポップからアドマイヤムーン。
ではつまらないので、これは押さえにして、本線はデルタブルース、カンパニー。
 3連単は
@ サムソン・ポップ
A サムソン・ポップ
B ムーン・ブルース・カンパニー
ブルースが来れば相当ではないでしょうか。
(穴党デスクこと木村透)
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2007/10/24

天皇賞!

 菊花賞は期待の6番人気アルナスラインが激走してくれました。
狙いの3連単は逃しましたが、押さえの馬連、3連複は引っかかりました。
 

 さて、今週は最強古馬決定戦、天皇賞です。

 実力ならアドマイヤムーン、メイショウサムソン、ダイワメジャーの三強、
あるいはポップロックを加えて四天王が抜けています。
この4頭で決まる可能性は結構高そうです。

 し、しかし、この秋のトレンドは「休み明けの実力馬の凡走」です。
ウオッカはローズSをたたいたダイワスカーレットに完敗、
スズカフェニックス、ペールギュントもいいところがありませんでした。
毎日王冠でもダイワメジャーが夏の上がり馬チョウサンにしてやられ、
京都大賞典では休み明けのデルタブルース、ポップロックがインティライミに差し切られています。
 
 ムーン、サムソンの実力を100とすれば、
メジャー、ポップは97。
しかし休み明けをマイナス5とすると、メジャー、ポップが上位に来ます。
天皇賞との相性からすれば、毎日王冠は京都大賞典からマイナス3。
さらに、ムーン、サムソンの比較では、休み明けにより強いサムソンにプラス1。

 ややこしくなりましたが、ここまでの評価は
@ポップロック97Aメイショウサムソン96Bアドマイヤムーン95Cダイワメジャー94となりました。

 実際のオッズとは微妙に違うと思います。
 
 さらに展開を吟味すると・・・
シャドウゲイト、コスモバルクが逃げて、
好位にダイワメジャー、フサイチパンドラ、デルタブルース、
その直後にメイショウサムソン、ポップロック、チョウサン、アドマイヤムーンが中団を形成、カンパニーが後方からといった感じでしょう。
平均ペースでしょうが、直線を向いたあたりで、
サムソンが怖いメジャーが早めに先頭に立ち、
やはりポップ、ムーンの差し脚が怖いサムソンも早めにスパートして
坂下ではすでに叩き合いの消耗戦となります。
あと100bでポップ、サムソンが抜け出しますが、
最後の頑張りはやはり一度使ったポップが1枚上。
ムーンも宝塚記念の伸び脚はありません。
ペリエのガッツポーズが目に浮かびます。

 よって今のところ、軸はポップロック、メイショウサムソンの2頭。
ヒモ候補には、チョウサン、カンパニー。
大穴候補に消耗戦向きのデルタブルース。


 枠順では1枠、8枠ならマイナス3。
(穴党デスクこと木村透)
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木原光知子さんの訃報

 スイミングアドバイザー、木原光知子さんが10月18日、急逝しました。
 木原さんにはちょうど1年前、読売ウイークリーの長期連載企画「家族のかたち」
(2006年10月15日号)に登場いただきました。
 
 木原さんは中学2年のとき、地元岡山国体の100メートル背泳ぎで3位となり
五輪への道をひた走ったわけですが、全国3位になったその晩の食卓で、お母さまは
14歳の木原さんにジェスチャー付きで指導をしたそうです。いわく「もっとパチッと
短く壁をタッチしないと!食べている場合じゃない。1位の人は今も練習しているかも
しれないんだから」。

 また、東京五輪のメドレーリレーで4位入賞を果たした16歳の木原さんが岡山の
自宅に戻って目にしたのは、「玄関を開けるといきなりトレーニング場に改装されて
いて、そこは星飛雄馬の世界でした」。次の五輪を目指せという訳です。
そんなエネルギッシュなお母さまと、穏やかなお父さまのことを、たっぷり
4頁にお話いただきました。
 
 この企画では、取材時に撮影する写真を掲載しますが、ご家族や若いころの写真も
紹介しています。このとき、私は担当デスクとして、迷うことなく岡山国体と東京五輪
のときの選手姿の写真を選びました。現在の活躍ぶりをご存じの読者に、原点の姿を
紹介したいと考えたからですが、純粋にそれほど目力のある魅力的な少女でもあった
からです。

 取材では、「泳縁」を大切にされていることや、ご自分で始めた女性のための
水泳大会に力を注いでいることも語っておられました。
今年も10月初旬、盛況に開催されたようです。

 報道によると、木原さんは10月13日、親子水泳教室の指導中に倒れたそうです。
なにも59歳の若さで…と思わずにいられませんが、弊誌記事の冒頭で紹介したのは、
「私、ずっと入っていたいくらいプールが好き!」という言葉でした。
 多くの泳縁に囲まれ、いきいきと輝いていたミミさん。ご冥福を心から祈ります。

(あれこれデスクこと 笠間亜紀子)
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2007/10/22

編集長の「あなろぐ日記」

再開!

 先週末はちょっと忙しかったので、いま、月曜に日記をつけています。この土日は秋らしく大変に天気が良かったのですが、私は両日ともにインドアで忙しく、しかも奮闘していたのでした。

 日曜は何度か紹介したことのあるテニススクールです。そして、土曜には都市ガス会社主催の男の料理教室があったのです。春にこの教室のことを書きましたが、4、5、6月の月1回、計3回の春のシリーズは皆勤だったのですが、7ー9月のシリーズはウイークリーのトークショーなどと日程がぶつかったため、断念。10月からの秋のシリーズで復活を果たしたのでした。

 さて、10時30分前に徒歩3分のところを、おっとり刀で往ってみると、春のシリーズの時に一緒だったSさんという人がいてホッとしました。若くて美しい講師のお嬢さんたちも、3人中1人が代わりましたが、相変わらず優しい…そこで、意気揚々と、鰺の塩焼き、土鍋のご飯、大根などのみそ汁という今日の3品に挑んだのでした。

 「揚々」が挫かれたのは鰺の内臓を取ったときです。お嬢さんたちによると、内臓を抜くには包丁で腹に切り身を入れるやり方と、割り箸を使う方法があるといいます。包丁で出すのをみてたら、とても難しそうなので、割り箸を。

 「口から割り箸を入れて、エラの向こう側に。そこからさらに体の中を突き通すように…そうそう。もう一本も反対側のエラを…。それから、口を持って、2本の箸をグルンと回して、ペキっという音がしたら、箸をぐっと引き出すのです。そしたら箸に内臓が巻き付いてきます」

 お嬢さんが、こんなホラーのような説明をしてはいけまんせん。「鰺に生まれなくて良かった」と思いつつも、包丁を使うのは嫌ですから、前門の虎、後門の…のような気分で、箸でトライすることにしました。

 確かに箸を回すとペキッと音がしました。でも箸を引いても内臓は出てこないのです。最悪の展開だな、と思いつつ、のぞき込むと、エラの所で内臓がこびりついてるのが見えて、何とか処理した次第です。

 「大体、塩焼きにして食べるだけなんだから、内臓があったっていいじゃないか」そう、恐る恐る聞いてみると、講師嬢は「あ、それでもいいんですよ。でも生臭いのが嫌いな人は嫌いだから」そう宣われるのです。何だか、やつれてしまった私は、ぐったりした鰺をのぞき込み、無用な殺生以上のことをしてしまった、と詫びたのでした。

 次回は11月の末、マーボー豆腐だそうです。挽肉だから、そう言う面では安心できそうです。
                         (「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
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[ 「和製アボット」神宮に登場!

 十数年前から、神宮球場の近くに住んでいるので、
年間4、5試合は東京六大学野球を観戦しに行きます。
近頃ではかえって珍しくなった野天球場で、
日中からビールをがぶ飲みするのも楽しみのひとつです。
おかげで、慶応時代の高橋由伸(巨人)、
早稲田時代の和田毅(ソフトバンク)、青木宣親(ヤクルト)など、
プロ野球の大スターらの勇姿を神宮で見ています。
なかでも、明治の一場靖弘(楽天)が151キロを出した投球は印象に残っています。

 今年の話題は何といっても早稲田の佑ちゃん。
残念ながら、まだ「ナマ佑ちゃん」を見る機会がないのですが、
21日には、そんな華やかな大スターとは違う注目選手を見て来ました。

 東大2年の加藤善之君です。
新聞でも報道されたとおりに、加藤君は手足に障害があります。
左手は、親指と小指しかないため、独特な投法をします。
投球直後、左手のグラブを右手にはめ替え、打球や捕手からの返球に備えるのです。
かつてヤンキースにいたアボット投手に似ているので、
「和製アボット」という異名もあります。

 加藤「君」と書くのは、彼が高校(栄光学園)の後輩に当たるからです。
加藤君は、全国高校軟式野球選手権で活躍していますが、
実は栄光学園には硬式野球部がないためです。
他校に比べ部活の時間が少ないなどの理由と聞いていますが、
まさにいろいろなハンデを乗り越え、加藤君は神宮のマウンドに立ったわけです。

 この日は立教打線を3者凡退に抑えました。
「加藤君、よくやった!」という観客の声援を聞いたとき、
こちらも胸が熱くなりました。
(球場ビールがぶ飲みデスクこと下田 陽)
 
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2007/10/19

菊花賞!

 秋華賞は軸にしたザレマが15着、穴馬として抜擢したヒシアスペンがビリという、
実にさっぱり、きっぱりとした負け方でした。
ま、こんなこともあります。

 さて菊花賞です。
これも1番人気がほとんど来ない穴党向けのレースです。
1番人気が予想されるロックドゥカンブは何しろこれまで負けてないのですから、
あっさり勝たれても不思議はありません。
が、これは押さえに回します。
ドリームジャーニーはこの間がはまりすぎといった感じだったので、これも押さえまで。

 神戸新聞杯でも狙ったホクトスルタンで勝負しようと思っていたのですが、
結構人気しそうなので、これも軽視。

 勝負はアルナスラインから。
デルタブルースの例もあるように、
この時期、古馬1000万クラスの長距離戦で好勝負していれば
ここでも勝ち負けになります。
ホクトスルタンもその1頭でしょう。

 しかし、アルナスラインは古馬1000万クラスどころか、
GT級のインティライミ、ポップロックと接戦を演じ、
前述の菊花賞馬デルタブルースに先着してきたのです。
弱いはずがありません。
怖いのは2走ボケだけです。

 そして大穴として、京都得意、調教絶好のタスカータソルテ。

3連単は
@ アルナスライン・タスカータソルテ
A アルナスライン・タスカータソルテ・ロックドゥカンブ・ヴィクトリー
B アルナスライン・タスカータソルテ・ロックドゥカンブ・ヴィクトリー・タスカータソルテ・ドリームジャーニー・ホクトスルタン
(穴党デスクこと木村透)
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2007/10/17

ユニクロ!

 ついさっき、当編集部でユニクロのCM撮影が挙行されました。

 ユニクロのホームページ内のCMで、
いろいろな企業を訪れ、そこの社員男女10人にユニクロの服を着せて撮影、
というものです。

 で、11月あたりにアップする分として読売が選ばれ、
さらに先日、ロケハン部隊がやってきて、
「こんなに資料が雑然と大量に積んである職場はほかにない」
という、当事者にとってはビミョーな理由で選ばれたというのです。

 モデルは当編集部きってのイケメン(かどうかは、後日ご確認ください)滝沢聡記者。
スーツから黒を基調のカジュアルに着替え、
ありゃ、寝癖 
ではなくて、ヘアメイクさん苦心の作品だそうです。

 他の記者に比べれば片付いている滝沢記者の机の横でハイ、ポーズ。
「笑顔がいいですね」などとおだてられて、その気になって微笑んでいます。

 15分ほどでしたが、何だか職場がいつもより華やいだ空気に包まれました。

 実は以前にも、「雑然!」が評価されたことがあります。
水谷豊扮する週刊誌記者が活躍する二時間ドラマを作るので、参考に見せていただきたい、
と言われたのです。
そのときも「いやあ、これはすごいですね」とお褒めの言葉を頂戴しました。

 楽しみにしていたそのドラマ、実物よりもずっときれいな職場でしたが、
「コーヒー1杯 50円」という同じ張り紙が壁に貼ってありました。

 元のスーツ姿になって滝沢記者が戻ってきました。
手には、さっき着ていたユニクロの上下一式。
これが「出演料」だそうです。
(苦悶デスクこと木村透)
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2007/10/15

博覧強記の中国人ジャーナリスト

 高校の先輩で、作家のIさんのホームパーティーに招かれました。
メーンゲストは、来日中の中国人ジャーナリスト、周勍(しゅう・けい)さん。
『中国の危ない食品』(草思社)を出版したばかりで、いま話題の人です。
そのほか、この本の訳者である寥建龍さんや中国通の著名評論家のMさんも集まり、
赤ワインをがぶ飲みしながら、さながら「朝まで生テレビ」状態が続きました。

 周さんは、天安門事件に連座して3年獄中生活を送り、
その後は、中国の内部をえぐる論文やルポを多数発表しています。
『中国の危ない食品』も、身の危険を覚悟する取材を重ねて書き上げ、
06年に、世界中の優秀なルポルタージュに贈るユリシーズ賞を受賞しています。

 周さんは、この日も、
「私は、真相をもって専制統治下のウソと恐怖を暴いていこうと思います。
それによって漸進的に民主主義を実現すべき」
と熱っぽく語っていました。
感心したのは、日本についてのものすごい知識量。
第二次大戦後、アメリカからもたらされたもの以前にも、
日本には民主主義が根付いていたことを滔々と語っていました。

そのほか、世界の歴史や現状に対する認識も深く、広いものがありました。
 実は、周さんは、弊誌10月7日号の「中国人作家が危ない食を告発!」で、
取材協力をしてもらっています。
さらに、10月28日号「ここが危ない北京五輪」という特集記事でも、
「もし禁止薬物が投与された肉や魚を五輪選手が食べれば、ドーピング検査に引っかかる恐れもある」
などとコメントをいただいています。
(赤ワインがぶ飲みデスクこと下田 陽)
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2007/10/12

編集長の「あなろぐ日記」

あの頃

 ちょっと宣伝っぽくなりますが、映画「三丁目の夕日」の続編が11月3日に公開されます。ウイークリーの「ドラマな表紙」でも、そのうちに吉岡秀隆さんが登場する予定です。

 この前、キムタクの映画をみにいった時、その「続・三丁目」の予告編もやってました。ほこりっぽい道、木造の平屋住宅、どぶ板、オート三輪‥昭和30年代の世界がホントに展開されていました。私は昭和31年生まれなので、もし、あの映画の時代にポンと組み込まれたら、ほんの子供なのですが、映画の光景は私の原風景のようなものとかなりダブっていて、かなり鮮明な印象を受けます。

 あの頃の「メーンエベント」は、やはり東京五輪でしょう。あの10月10日、小学校に登校していたのか、休みだったのか、記憶にありませんが、ともかく、ハーハーと息を切りながら家に駆け戻り、開会式でサカイヨシノリ(済みません、字を忘れました)さんが聖火を手に国立のグラウンドを走っている様子をテレビで見ました。

 子供にとって、そして、当時の大人にとっても、あの五輪はまさに一大事で、東洋の魔女とか、三宅の重量挙げとか、アベベとか、リレーで一着になった瞬間、バトンを放り投げたアメリカの、あの陸上選手(ヘイズ?だったか、忘れました)をテレビながら釘付けで見ていました。

 興奮していたのは私だけではないでしょう。何か高揚感のようなものが国民の間に蔓延していた感じです。それは、ちょうど国が伸び盛りだったということと関係があるような気がします。経済だけでなく、五輪をやることで世界の一般の人にも日本という国の存在意義を示せた、そんな気持ちがあったのではないでしょうか。

 欧米以外、特にアジアで五輪をやるというのは、そういう意味もあるのでしょう。かつてのソウルもそうでしょう。そして来年は、あの北京です。

 ウイークリーの来週号では「ここが危ない北京五輪」と題して、「反日」「大気汚染」「食」「テロ」「台湾問題」など、北京五輪のネックになりそうなポイントを紹介していますが、これは別に中国で五輪をやるのに反対しているわけではありません。ただ、急成長に伴って、アンバランスな側面も見え隠れしがちな「伸び盛りの国」の実情を紹介したわけです。

 中国の政治体制を支持するかどうかは別として、五輪後も中国が破綻せず、日本や韓国のように、そのまま維持・成長することを望みます。それは世界の軍事、経済、環境問題などのバランスから言ってもそうでしょうし、何億、何十億といった中国民が路頭に迷うのは、大変なことです。

 気づいたら、結構、まじめになってしまいました。ちょっと恥ずかしい感じがします。では
                      (「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
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2007/10/11

秋華賞!

 さて強い、強いと言われている3歳牝馬の3冠目を争う秋華賞。

 ま、普通に考えれば、順番はともかくとして
ウオッカ、ダイワスカーレット、ベッラレイアで決まりでしょう。

 しかし、それでは思考停止というものです。
無理は承知で屁理屈をこねてみましょう。
まず、上記3頭に死角はないのか。
ウオッカにはわかりやすい死角があります。
休み明けです。
特にこの秋の重賞戦線では休み明けの実力馬がコロコロ負けています。

 ダイワスカーレットは前走横綱相撲に見えましたが、
スローペースの先行有利の展開ではありました。

 一番死角の少ないのはベッラレイアです。
あのスローの流れでダイワに半馬身まで迫ったのですから、
ほんの少しでも早くなれば逆転でしょう。

 では、この3頭を負かす馬はいるのでしょうか。
スポーツ紙で論じられているのは、
あのブゼンキャンドルを引き合いに出して、乱ペースになったときの追い込み馬の台頭です。しかし、どうでしょう。
あそこまでハイペースで引っ張る逃げ馬が見当たりませんし、
大体において、ウオッカ、ベッラレイアを上回る差し足の持ち主がそもそもいるでしょうか。

 本命党が上記3頭の馬券を買い、
一ひねり派が1頭はずして
ピンクカメオ、ローブデコルテ、レインダンス、ラブカーナあたりを絡める、
という感じではないでしょうか。

 穴党は、さらに逆転の発想をして、
前残りの可能性を追求しなければなりません。

 そこで浮上するのがザレマです。
前走は出遅れて6着。
しかし、調教も足りなかったようですし、
一たたきした今回はスムーズに先行して、あれま、ザレマの逃げ残り・・・
オークスの2番人気馬というのを忘れてはいけません。

 まだあります。
超人気薄ヒシアスペンの激走も考えておきましょう。
ティコティコタックを思い起こす夏の北海道の激走馬です。
古馬相手に5馬身差の圧勝ですよ。
ま、ダートですけど。

 というわけで3連複、3連単の買い目は、
ザレマ・ベッラレイアからウオッカ、ダイワ、レインダンス、ヒシアスペン

ザレマ・ヒシアスペンからウオッカ、ダイワ、レインダンス

 3連単で@ヒシアスペンAザレマBレインダンスなどと来たらどうします?
100円で家が建つかもしれません。
(穴党デスクこと木村透)
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老父とデニーロとCIAと

老父から本が送られてきました。
82歳。
最近、やや耳が遠くなって反応も遅くなり、ぼけてきたかと心配していましたが、
16冊目の単行本を上梓したとあっては、いや失礼、認識を改めます。

 タイトルも壮大にして高邁で、
「ユーラシア観察60年 知られざる隣人たちの素顔」。
これまでの15冊は読まないままどこかに埋もれてしまいましたが、
さすがにこれで最後だと思って読み始めたのですが、
身内の贔屓目を差し引いても、これが結構おもしろいのです。

 老父はライバルA社の元記者でその後A山学院大の先生となったのですが、
その人生は相当に波乱万丈です。以下要約すると、

 京都帝大の学生時代に召集され、
得意のロシア語を生かしてスパイを目指すも広島で被爆。
戦後はマルクス・レーニン青年となって、憧れのA新聞社に入社。
大阪の社会部時代は俵孝太郎、黒田清氏らと琢磨し、
その後、外報部に移って念願のモスクワ特派員。

 1968年のプラハの春事件では、
現地にいた唯一の邦人記者として大使館の電信室から送稿、一躍スター記者に。
ところが、ソ連の実情を知るうちにかつてのレーニン青年は、
A社にありながら反ソ的記事を連発するようになり、
ソ連当局の怒りを買って国外追放。
A社社内の権力争いにも巻き込まれたあげく、
食べ盛りの息子二人を抱えているというのに退社、学者に転身。

 という具合です。
この本によると、北方領土を含む旧ソ連のすべての構成共和国、
アルバニアをのぞくすべての東欧諸国、西欧、中東を何度となく訪れ、
中国には都合13回、台湾、韓国、北朝鮮にも行ったそうです。
道理で遊んでもらった記憶がないわけです。

 老父の経歴を長々と書いたのには理由があります。

 今週のオフタイム欄にロバート・デ・ニーロのインタビューが載っています。
いつかあんな大人になりたいと憧れ、
かれこれ30年ほど経ちますが、そうはならないまま50歳を迎えてしまいました。

 それはともかく、デ・ニーロが来日したのは、
13年ぶりに監督した映画「グッド・シェパード」の宣伝が目的です。
主演はマット・ディモン。
テーマは第二次大戦後にできたCIA。
国家と家族の狭間で揺れるスパイ心を描いています。

 実は、老父はCIA協力者リストなるものに名前が載ったことがあるのです。
本人は否定し、
息子の私がみてもCIAのエージェントというほどかっこよくは見えませんでした。
1978年のことで、私自身が週刊誌の取材の電話に出たことがあるのでよく覚えています。

 そのときは結局うやむやになったのですが、
その4年後、思わぬところで真相が明らかになります。

 元KGB工作員でアメリカに亡命したレフチェンコ氏が米下院で証言し、
前記のリストはモスクワのKGB本部で作成され、
日本ほか各国のソ連大使館でばら撒かれたと告白したのです。
レ氏は、週刊誌の東京特派員という身分を隠れ蓑とした
KGBの謀略部隊「積極工作部」の構成員で、
ソ連外交に有利な雰囲気作りのために暗躍し、
先のCIAリストのほかにも、
長年の中ソ対立を有利に導くための小道具として
「周恩来の遺書」をでっち挙げたというのです。

 グッド・シェパードが描くCIAの草創期から、
この頃すでに30年ほど経過していますが、
スパイは東西で暗躍していたわけです。

 老父とデ・ニーロとCIAと。
奇妙なつながりに触発されて、ついだらだらと書いてしまいました。

 それにしても硬骨の国際派ジャーナリストの息子は英検4級の国内専門の軟派記者、
イデオロギーとは無関係に競馬と釣りに心血を注いで来ました。
DNAも案外頼りにならんな、というのが実感です。
(苦悶デスクこと木村透)
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2007/10/08

編集長の「あなろぐ日記」

犬の幸せ

 私が住んでいるマンションは規約上、どうなっているのか知りませんが、ともかく犬を飼っている人が沢山いて、今日、出勤しようとエレベーターに乗った時も、エレベーターの中に白黒2匹の子犬(子どもの犬ではないようです)を大切そうに抱えている人がいました。

 どこに連れてくのか、服を着込んだ犬も見かけます。そんな光景を見ていると、あちこちの家で、さぞ大事に育てられているのだろうと容易に想像がつきます。そういう環境だからでしょうか、今週号のウイークリーの記事によると、犬の寿命も約12歳にまで延びたといいます。

 現在は何の動物も飼っていない私も子どもの時分には庭で雑種犬を飼っていました。私が未就学児だったころ、生まれたてで我が家にやってきました。私の親によると、それが4月だったので、名前をチェリーにしたそうです。

 名は可愛くても、この犬は「なかなかの犬」で、暗闇では私や父親だと分からずに吠える。夜中に放し飼いにしてやる(こういう事は結構みんなしてました)と、近所の雌犬に悪さをする。食べ物はガツガツと恐らく何でも食べてしまう。どこかでケンカしてきたのか、首筋に大きな切り傷が出来た時、医者に連れて行かず、ヨーチンを塗っておいたら1週間ぐらいで完治したーーなどのエピソードがあります。

 つまり、切れ者ではなかったのですが、何となく、いつも私の家族と一緒にいて、私が中2の時に亡くなりました。だから8歳ぐらい、当時の平均寿命かなとも思っていました。チェリーと比べても、今の平均寿命は4つほど長いわけです。

 どうしてチェリーのことを思い出したのか。それは、さっきのウイークリーの記事で、犬の痴呆症の症状として、自分のしっぽを追いかけて旋回運動をすることがあるそうです。それを彼も晩年、やっていたのを何度か見た記憶があります。

 その時は痴呆症だとは思いませんから、もちろん医者にも連れて行きません。それに呆けてしまっても、「ああ歳だからな」と軽く片づけたと思います。

 今の犬を取り巻く環境から考えると、冷たい感じもしますが、当時の人と犬の関係というのは、大体そんな感じだったのではないでしょうか。家族の一員とまではいえないし、何故なら犬だし…。それに私の家も含めて、大方の犬は外で飼っていましたから、雨が降っても外の犬小屋にいます。

 そう考えると、今の犬は厚遇されているわけです。だから長生きも出来るのでしょう。でも、よく分からないのは、今の犬と昔の犬と、どちらが幸せなのかという点です。飼い主からみれば、どんどん愛情を注げるので、犬を飼うことで感じる幸せ感は増していると思われます。でも、犬自身はどうなのかなとも考えてしまうのです。

 ちょっと、屁理屈のようなことを長々つづってしまいましたが、そう思うのだから仕方がない今週の私でした。
                        (「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
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2007/10/04

巨人ファン以外「立ち入り禁止」

 読売新聞が発行している週刊誌の編集部員というと、
皆が巨人ファンと思われるかも知れませんが、そんなこともありません。
熱烈な阪神ファンもいれば、野球にそう興味のない部員もいます。

 さすがに、巨人が優勝を決めた2日の夜は、
巨人ファンの部員らがテレビ桟敷に集まり始めました。
普段は、口数の多くない渡辺理雄も、
巨人の選手の一挙手一投足に一喜一憂。
関仁巳は黙々と試合の成り行きを見つめれば、
校閲スタッフの堀内恵子は、「矢野くーん」などと黄色い声で声援を送りました。
そんななか、原稿を担当していた青沼隆彦は、難しい顔でメモを取っていました。

 半ば、この日の優勝を諦めかけていたのですが、
敵失で思わぬ勝利が舞い込み、しばし歓声に包まれました。
その後、仕事のない者は、祝杯を上げに街へ消えていったようですが、
担当者は巨人優勝の記事を差し替えるために大わらわ。
球場に行っていたカメラマンの鷹見安浩は徹夜の業務になったそうです。

 そんな具合に、10月21日号には、「巨人V感動の奇跡」という8ページの特集を組みました。
読売新聞運動部で23年間も巨人担当をした務台達之さん(現在、プロ野球ジャーナリスト)に寄稿をお願いしました。
「巨人愛」は現役選手にも負けません。
名物コラム「SBO」に健筆を振るった名文家の躍動感あふれる記事を堪能してください。

 なお、6日には、「奪回!原巨人」という読売ウイークリー臨時増刊も出版されます。
こちらもよろしくお願いいたします。
(缶ビールがぶ飲みデスクこと下田 陽)
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