カブトムシ、見つけました!
土曜日の夕方、千葉県某所のサイゼリヤに怪しいオジサン3人が集結。
近くのホームセンターで虫採り網、
見事捕獲に成功した場合に備えて、プラスチック製の飼育ケース、
腐葉土、虫用ゼリーなどをすでに購入済みなので、もう後には引けません。
その近所に住んでる部員の案内で、
雑木林をウロウロし始めたのですが、これがなかなか見つかりません。
暑さにも負けて、いい加減いやになったころ、
とうとう見つけました。
大き目のクヌギの根元付近。
威風堂々のオスのカブトムシです。
近くにはコクワガタもいました。
地元部員から事前に聞いていた通り、すっかり日が暮れて20時前になったころからは、
カブトムシのオス、メス、コクワガタが結構見つかりました。
雑木林沿いの真っ暗な農道には、
そこかしこに懐中電灯のゆらゆらと揺れる明かりと、子どもたちの歓声。
かなりの家族連れが来ていて、
中には、「10分でこんなに!」と虫かごを見せてくれ、
遠方から来たオッサン連中を哀れんでくれたのか、
何匹か恵んでくれたりもしました。
すっかり40年前の童心に帰り、
カブトムシの匂い、真夏の草いきれってこんな感じだったなどと、
懐かしんでいると、
林の反対側の水田で蛍光色そのままの小さな光を発見。
なんとホタルです。
野生のホタルを見たのはいったい何年ぶりでしょうか。
いやはや感激の数時間でした。
今朝、軒下の飼育ケースをのぞくと、カブトムシが一心にゼリーを吸っていました。
こういう時に何と言えばわかりませんが、
とりあえず「頑張れ!」と言って出勤してきました。
帰宅時には、まずトイプードルの出迎えを受けるのが楽しみなのですが、
楽しみがひとつ増えました。
わがやのカブトムシ諸君は、今夜も頑張っていてくれるだろうか、と。
(苦悶デスクこと木村透)
2007/07/30
カブトムシ!
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2007/07/27
編集長の「あなろぐ日記」
インチキ商売
いろいろ出てきましたね、例の水増し大学合格です。次週号でも取り上げましたが、この前の履修漏れ騒ぎと同様にどんどん広がりそうな感じがします。
なぜ高校が水増しをするのか。当然に有名大学の合格者を見せかけでもいいから増やしたいからです。特に新興の私立高校では一年一年の受験結果が学校の存亡につながるから必死なのでしょう。そんなことは多少はどの学校でもあるのでしょう。できる子どもに、余り必要がないのに学校側が「ここも受けといてくれ」などと言うことは。
百歩譲って、そうだとしても、あの大阪の学校のように、生徒に金品まで渡してはいけません。似たような話で、ウイークリーでは高校の様々な特進制度などの取り組みを紹介しています。例えば、学校は子どもたちに希望の大学に入った場合、大学の授業料などをプレゼントします。あるいは志望大学に入れなかったら、高校の授業料は取らないといった学校もあります。
学校が名を上げたい。生徒も経済的に助かるーーという点では、水増し問題と、特進制度の取り組みは共通点はあります。でも、特進制度などが、水増し問題と決定的に違うのは、生徒への影響でしょう。
特進で様々な便宜を図ってもらった生徒たちは、それは別に悪いことだとは思っていないでしょう。野球の特待生と同じです(悪いと思っているのは高野連だけでしょう)。これに対して、一人で何十もの大学を受けさせられ、高校からお金をもらっていた生徒は、これが「悪いこと」または「倫理的に恥ずかしいこと」と明確に分かっていたはずです。
教育者が子どもにそんな感情を持たせてはいけません。偉そうですが、そこで「恥ずかしいこと」をした経験がある子どもが大人になったら、世間のあらゆる「恥ずかしいこと」に目をつぶる結果になるでしょう。巡り巡って、その子がもし教育者になったら、同じ事を生徒に強いる可能性は大いにあります。
大げさなようですが、学校関係者というのは、そこまで考えないと…だから、世の中の人も尊敬するのではないでしょうか。大規模の水増しまでしなければ生きてゆけない学校というのは、言葉が過ぎるかもしれませんが、世の中にはもともと不必要で、教育市場から退場してもらった方がいいと思います。世の中、少子化です。そんなに沢山の高校はいらないでしょう。
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
いろいろ出てきましたね、例の水増し大学合格です。次週号でも取り上げましたが、この前の履修漏れ騒ぎと同様にどんどん広がりそうな感じがします。
なぜ高校が水増しをするのか。当然に有名大学の合格者を見せかけでもいいから増やしたいからです。特に新興の私立高校では一年一年の受験結果が学校の存亡につながるから必死なのでしょう。そんなことは多少はどの学校でもあるのでしょう。できる子どもに、余り必要がないのに学校側が「ここも受けといてくれ」などと言うことは。
百歩譲って、そうだとしても、あの大阪の学校のように、生徒に金品まで渡してはいけません。似たような話で、ウイークリーでは高校の様々な特進制度などの取り組みを紹介しています。例えば、学校は子どもたちに希望の大学に入った場合、大学の授業料などをプレゼントします。あるいは志望大学に入れなかったら、高校の授業料は取らないといった学校もあります。
学校が名を上げたい。生徒も経済的に助かるーーという点では、水増し問題と、特進制度の取り組みは共通点はあります。でも、特進制度などが、水増し問題と決定的に違うのは、生徒への影響でしょう。
特進で様々な便宜を図ってもらった生徒たちは、それは別に悪いことだとは思っていないでしょう。野球の特待生と同じです(悪いと思っているのは高野連だけでしょう)。これに対して、一人で何十もの大学を受けさせられ、高校からお金をもらっていた生徒は、これが「悪いこと」または「倫理的に恥ずかしいこと」と明確に分かっていたはずです。
教育者が子どもにそんな感情を持たせてはいけません。偉そうですが、そこで「恥ずかしいこと」をした経験がある子どもが大人になったら、世間のあらゆる「恥ずかしいこと」に目をつぶる結果になるでしょう。巡り巡って、その子がもし教育者になったら、同じ事を生徒に強いる可能性は大いにあります。
大げさなようですが、学校関係者というのは、そこまで考えないと…だから、世の中の人も尊敬するのではないでしょうか。大規模の水増しまでしなければ生きてゆけない学校というのは、言葉が過ぎるかもしれませんが、世の中にはもともと不必要で、教育市場から退場してもらった方がいいと思います。世の中、少子化です。そんなに沢山の高校はいらないでしょう。
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
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セミとカブトムシ
何度も書いてきた
「自然調べ2007 夏休み セミのぬけがらを探せ!」
の大キャンペーン、いよいよ本格的に始まりました。
昨日の読売新聞の朝刊第三社会面に記事が載りましたし、
今朝は、東京本社管内約700万戸に案内の折込チラシが配られました。
よくわからないうちに梅雨も何だか明けたような気配ですし、
ぜひ、セミのぬけがらを見つけて、
このチラシや読売ウイークリーを参考にご応募ください。
先週末には、学術協力をいただいている槐(えんじゅ)真史先生とも一杯飲みました。
大き目の木の根元を探せばいくつも穴が開いていて、
よく探せば、
今にも地上に出て羽化すべく地表の様子を窺っているセミの幼虫と目が合うそうです。
それを聞いた翌日、大手町の会社の周辺で部員二人が探したところ、
見事に幼虫を発見してきました。
ぬけがらもたくさんありました。
こんなオフィス街の真ん中でも結構けなげにセミは生きているのです。
そんな具合に、わが編集部は急に「自然派」が増えてきて、
明日土曜には、おじさん4人で千葉県某所にカブトムシとクワガタを捕まえに行くことになりました。
もちろん、セミのぬけがらも探します。
クワガタとカブトムシは、
埼玉県上福岡市に住んでいた小学生時代は雑木林でたくさん捕まえました。
以来ご無沙汰だったのですが、
10年前に千葉県流山市に引っ越してきて、近所の雑木林で再会を果たし、
大いに喜びました。
しかし、それもつかの間、次々と林が切られて住宅になってしまい、
最近はとんと見かけません。
なので、明日、大いに楽しみなのです。
(苦悶デスクこと木村透)
「自然調べ2007 夏休み セミのぬけがらを探せ!」
の大キャンペーン、いよいよ本格的に始まりました。
昨日の読売新聞の朝刊第三社会面に記事が載りましたし、
今朝は、東京本社管内約700万戸に案内の折込チラシが配られました。
よくわからないうちに梅雨も何だか明けたような気配ですし、
ぜひ、セミのぬけがらを見つけて、
このチラシや読売ウイークリーを参考にご応募ください。
先週末には、学術協力をいただいている槐(えんじゅ)真史先生とも一杯飲みました。
大き目の木の根元を探せばいくつも穴が開いていて、
よく探せば、
今にも地上に出て羽化すべく地表の様子を窺っているセミの幼虫と目が合うそうです。
それを聞いた翌日、大手町の会社の周辺で部員二人が探したところ、
見事に幼虫を発見してきました。
ぬけがらもたくさんありました。
こんなオフィス街の真ん中でも結構けなげにセミは生きているのです。
そんな具合に、わが編集部は急に「自然派」が増えてきて、
明日土曜には、おじさん4人で千葉県某所にカブトムシとクワガタを捕まえに行くことになりました。
もちろん、セミのぬけがらも探します。
クワガタとカブトムシは、
埼玉県上福岡市に住んでいた小学生時代は雑木林でたくさん捕まえました。
以来ご無沙汰だったのですが、
10年前に千葉県流山市に引っ越してきて、近所の雑木林で再会を果たし、
大いに喜びました。
しかし、それもつかの間、次々と林が切られて住宅になってしまい、
最近はとんと見かけません。
なので、明日、大いに楽しみなのです。
(苦悶デスクこと木村透)
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2007/07/23
宿澤広朗さんからもらったはがき
本誌「シリーズ1000万人の定年」の著者でノンフィクション作家、
加藤仁さんの新作「宿澤広朗――運を支配した男」(講談社)が上梓
されました。
昨年6月、55歳で急逝したラグビーの元日本代表監督で、三井住友銀行専務
だった宿澤さんの生涯を、多くの証言を元に描いたノンフィクションです。
ラグビーの名選手にして名監督。そしてエリートサラリーマン――各方面で
活躍した宿澤さんにはマスコミ界でもやりとりのあった人が多いと思いますが、
私も、その率直で器が大きい人柄に触れたことがありました。
私の場合、記事掲載後に宿澤さんから、記事のある部分について、
「我ながら思わず笑ってしまった」との、好意的な感想をしたためた
はがきが届きました。
私が書いたのは、読売新聞夕刊スポーツ面の「栄光を追って」
(1994年5月31日)という企画記事でした。スポーツ界で、話題の人物に
迫るという企画で、私は日本代表監督を退いた後、早大ラグビー部の監督に
就任した宿澤さんに白羽の矢を立てたのです。
なので、記事はこんな書き出しで始まります。
<あの宿沢広朗(43)が早大ラグビー部に監督として戻ってきた>
私は宿澤さんが支店長を務めていた銀行の支店で話を伺い、日を改めて
チームの練習場にお邪魔しました。そして、これまでの歩みを少し振り返りながら、
監督就任への思いをまとめたのです。
宿澤さんが思わず笑ったというのは、この部分でした。
<振り返れば、あちらに呼ばれたかと思えば、こちらに。この人、
ラグビー界から離れては引き戻される、そんな星の下にいるらしい。
ウエアがそのことを物語る>
その日、宿澤さんが着ていた赤いウエアには、桜のマークと
「JAPAN 1991 RUGBY WORLD CUP」の文字が入って
いました。日本代表チームを監督として率いた時のものでした。
それを見て、上記のように書いたまでですが、ご本人としても何か
感じるところがあったのでしょうか。記事掲載後にいただいた反応として、
印象に残るはがきでした。
その後のラグビー界における活躍や、再び距離を置かれたことなどを、
断片的に報道で読んでいました。でも、私は勝手にまた機会があれば
ラグビー界に戻るんだろうな、とも思っていました。今回、加藤さんの
著作で、ビジネスマンとしても家庭人としても本当に「超」のつく方だった
と知り、関係者の思いに胸を打たれました。が、それ以上にご本人の無念さ
を思うと…。改めてご冥福をお祈りいたします。
(あれこれデスクこと 笠間亜紀子)
加藤仁さんの新作「宿澤広朗――運を支配した男」(講談社)が上梓
されました。
昨年6月、55歳で急逝したラグビーの元日本代表監督で、三井住友銀行専務
だった宿澤さんの生涯を、多くの証言を元に描いたノンフィクションです。
ラグビーの名選手にして名監督。そしてエリートサラリーマン――各方面で
活躍した宿澤さんにはマスコミ界でもやりとりのあった人が多いと思いますが、
私も、その率直で器が大きい人柄に触れたことがありました。
私の場合、記事掲載後に宿澤さんから、記事のある部分について、
「我ながら思わず笑ってしまった」との、好意的な感想をしたためた
はがきが届きました。
私が書いたのは、読売新聞夕刊スポーツ面の「栄光を追って」
(1994年5月31日)という企画記事でした。スポーツ界で、話題の人物に
迫るという企画で、私は日本代表監督を退いた後、早大ラグビー部の監督に
就任した宿澤さんに白羽の矢を立てたのです。
なので、記事はこんな書き出しで始まります。
<あの宿沢広朗(43)が早大ラグビー部に監督として戻ってきた>
私は宿澤さんが支店長を務めていた銀行の支店で話を伺い、日を改めて
チームの練習場にお邪魔しました。そして、これまでの歩みを少し振り返りながら、
監督就任への思いをまとめたのです。
宿澤さんが思わず笑ったというのは、この部分でした。
<振り返れば、あちらに呼ばれたかと思えば、こちらに。この人、
ラグビー界から離れては引き戻される、そんな星の下にいるらしい。
ウエアがそのことを物語る>
その日、宿澤さんが着ていた赤いウエアには、桜のマークと
「JAPAN 1991 RUGBY WORLD CUP」の文字が入って
いました。日本代表チームを監督として率いた時のものでした。
それを見て、上記のように書いたまでですが、ご本人としても何か
感じるところがあったのでしょうか。記事掲載後にいただいた反応として、
印象に残るはがきでした。
その後のラグビー界における活躍や、再び距離を置かれたことなどを、
断片的に報道で読んでいました。でも、私は勝手にまた機会があれば
ラグビー界に戻るんだろうな、とも思っていました。今回、加藤さんの
著作で、ビジネスマンとしても家庭人としても本当に「超」のつく方だった
と知り、関係者の思いに胸を打たれました。が、それ以上にご本人の無念さ
を思うと…。改めてご冥福をお祈りいたします。
(あれこれデスクこと 笠間亜紀子)
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2007/07/20
吉行淳之介リターンズ!
吉行淳之介氏を知ったのは、中学校の国語の授業でした。
現国の教師が「比喩」を説明する際、
吉行氏の代表作『娼婦の部屋』から例文を引用したのです。
主人公が、なじみの女性の部屋を訪れると、
「あなたは、毛をむしられたニワトリみたいに見えるわ」
と言われる件(くだり)を紹介したのです。
今から思えば、娼婦と客の会話を中学生に向かって教えるなんてとんでもない教師と言えるかも知れません。
まあ、中高一貫の男子校だからできたことでしょう。
興味を抱いた「ちょい不良(ワル)少年」だった私は、それ以降、せっせと吉行を読み始めました。
これも、高校受験がなく、暇な中学生だから可能だったのでしょう。
7月26日は、吉行氏が亡くなって14回目の命日。
これに先立ち、今月上旬『宮城まり子が選ぶ 吉行淳之介短編集』が発売されました。
弊誌8月5日号の書評欄「出版最前線」でも、この本が紹介されています。
企画・編集に携わった佐久間憲一さんは、
吉行作品は、若い現代作家にも影響を及ぼしているとし、
「過去に読んでいた人が再読するだけでなく、初めて吉行作品に触れる若い人への入門編として、この短編集が読まれることが、氏への供養になる」
とコメントしています。
私も、供養のつもりで、この短編集を読みましたが、
どのページにもみずみずしさが溢れ、
少しも古臭い印象を受けませんでした。
返す刀で、私の書棚で埃のかぶった文庫本を取り出し、
『娼婦の部屋』も再読してみました。
もう、記憶の彼方にありましたが、主人公は何と雑誌記者だったのです!
当時は「訪探記者」と呼ばれていたようで、
汚職政治家の夫人を直撃取材したシーンなどが描かれています。
確かに、同じような仕事をしている私も、
「毛をむしられたニワトリ」状態になることが少なくありません。
ただ、私の場合、娼家に通うことではなく、
ビールをがぶ飲みすることで、心を癒していますが・・・。
(エセ文人デスクこと下田 陽)
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編集長の「あなろぐ日記」
マイク列伝
今週は台風と地震に振り回された一週間でした。わが編集部も当日の月曜、柏崎にカメラマンを含む3人を派遣。週末まで現地で取材に当たりました。
その前の台風の日、15日の日曜に、この欄でも何度か紹介したことがある高校(千葉県立木更津高校という学校です)の同窓会が挙行されました。前日に幹事2人中約1人が「台風直撃だから止めよう」とひよったのを、私を含む別の幹事一派が「やるっペ」と、もろともせずに強行したのでした。
千葉市内の幹事が言うには高級料亭で宴を開いている間に台風はどんどん房総半島に接近してきます。そんなことを言っても、もう挙行してしまったので、腹が据わり、女性クラスメートが電車の車中読んできたという最新号のウイークリーなども肴に話が弾みました。
同窓会の主賓である先生、有田尭先生というのですが、有田焼みたいな名前ですが、昭和4年生まれ。1929年ですから、もう78ですか。でも、たいそうにお元気で、ご自身で描かれた絵を撮った写真などを我々に1枚1枚下さっては、それはそれは矍鑠としていらっしゃいました。
その一次会が終わると、お決まりのカラオケ二次会。高校の卒業が1975年なので、当然に70年代の歌が多くなります。チューリップ、かぐや姫、拓郎、キャンディーズ…。何年か前には「新しい歌を唄われても分からない」と70年代しばりを要求する声もありました。
そろそろ、今日の本題。カラオケの選曲や歌いぶりは、人の性格を反映する(ホントかどうか知りません)と言いますが、私もいろんな人を見てきました。
例えば、うちの経済部の大々先輩記者(とても偉い人です)は、部全体で泊まり込みの宴会を開催したとき、カラオケルームに行って、いきなり、ペギー葉山の「ラ・ノビア」(祭壇の上に立ったら、アベマリアがどうしたとかいう、賛美歌みたいな歌です。本によく載っていたものです)を歌い出し、周囲が唖然としているのも気にかけず、「君たちもコーラスしたらどうかね」と誘います。偉い人ですから、同席していた記者たちは浴衣姿で立ち上がり、みんなで賛美歌したのです。
ほかにも、ヤマハにUさんという広報がいて、会社で鬱憤がたまっていたのでしょうか、ナマバンドのカラオケ屋にいってはCCRの「雨をみたかい」などを怒鳴りながら唄うのです。よく言えば、ウエストコースト、ウイリーネルソンとか、リンダ・ロンシュタットとかの後ろにいる、悪く言えば、あのブルースブラザースに出てくるローハイドのような感じのバンドなので、わたしも仕方がないから「ヘイ ジュード」などを唄っていました。Uさんは、そのうち脱サラされました
T自動車の広報Kさんは、当時ウォークマンでずっと、時間があればボウイを聴き続け、カラオケもずっと氷室。たまに洋楽をやらせると、どこからか金髪カツラを取りだしてアース・ウインド・アンド・ファイアーを歌い出したり…ある時は、某カラオケスナックで私と二人で、店も壊れんばかりにシャウトしながらビートルズの「I Saw Her Standing There」を掛け合いで歌ったら、客がみんないなくなってしまったことも。
経済部時代の同僚にも、一回唄ったのに、「唄ってない」とグレイ「however」を2回唄う男、F君とか、センチメンタルバス?(確かそんな名前、事件で解散した感じがする)の「39度の!」で始まる歌を、ホントに39度熱を出しながら唄うS君などがいます。
そういう人たちの間に入っても私は遜色がないと自負しています。それではまた。
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
今週は台風と地震に振り回された一週間でした。わが編集部も当日の月曜、柏崎にカメラマンを含む3人を派遣。週末まで現地で取材に当たりました。
その前の台風の日、15日の日曜に、この欄でも何度か紹介したことがある高校(千葉県立木更津高校という学校です)の同窓会が挙行されました。前日に幹事2人中約1人が「台風直撃だから止めよう」とひよったのを、私を含む別の幹事一派が「やるっペ」と、もろともせずに強行したのでした。
千葉市内の幹事が言うには高級料亭で宴を開いている間に台風はどんどん房総半島に接近してきます。そんなことを言っても、もう挙行してしまったので、腹が据わり、女性クラスメートが電車の車中読んできたという最新号のウイークリーなども肴に話が弾みました。
同窓会の主賓である先生、有田尭先生というのですが、有田焼みたいな名前ですが、昭和4年生まれ。1929年ですから、もう78ですか。でも、たいそうにお元気で、ご自身で描かれた絵を撮った写真などを我々に1枚1枚下さっては、それはそれは矍鑠としていらっしゃいました。
その一次会が終わると、お決まりのカラオケ二次会。高校の卒業が1975年なので、当然に70年代の歌が多くなります。チューリップ、かぐや姫、拓郎、キャンディーズ…。何年か前には「新しい歌を唄われても分からない」と70年代しばりを要求する声もありました。
そろそろ、今日の本題。カラオケの選曲や歌いぶりは、人の性格を反映する(ホントかどうか知りません)と言いますが、私もいろんな人を見てきました。
例えば、うちの経済部の大々先輩記者(とても偉い人です)は、部全体で泊まり込みの宴会を開催したとき、カラオケルームに行って、いきなり、ペギー葉山の「ラ・ノビア」(祭壇の上に立ったら、アベマリアがどうしたとかいう、賛美歌みたいな歌です。本によく載っていたものです)を歌い出し、周囲が唖然としているのも気にかけず、「君たちもコーラスしたらどうかね」と誘います。偉い人ですから、同席していた記者たちは浴衣姿で立ち上がり、みんなで賛美歌したのです。
ほかにも、ヤマハにUさんという広報がいて、会社で鬱憤がたまっていたのでしょうか、ナマバンドのカラオケ屋にいってはCCRの「雨をみたかい」などを怒鳴りながら唄うのです。よく言えば、ウエストコースト、ウイリーネルソンとか、リンダ・ロンシュタットとかの後ろにいる、悪く言えば、あのブルースブラザースに出てくるローハイドのような感じのバンドなので、わたしも仕方がないから「ヘイ ジュード」などを唄っていました。Uさんは、そのうち脱サラされました
T自動車の広報Kさんは、当時ウォークマンでずっと、時間があればボウイを聴き続け、カラオケもずっと氷室。たまに洋楽をやらせると、どこからか金髪カツラを取りだしてアース・ウインド・アンド・ファイアーを歌い出したり…ある時は、某カラオケスナックで私と二人で、店も壊れんばかりにシャウトしながらビートルズの「I Saw Her Standing There」を掛け合いで歌ったら、客がみんないなくなってしまったことも。
経済部時代の同僚にも、一回唄ったのに、「唄ってない」とグレイ「however」を2回唄う男、F君とか、センチメンタルバス?(確かそんな名前、事件で解散した感じがする)の「39度の!」で始まる歌を、ホントに39度熱を出しながら唄うS君などがいます。
そういう人たちの間に入っても私は遜色がないと自負しています。それではまた。
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
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帰農!
中越沖地震でカラー5ページ、モノクロ3ページ、
佐木隆三さんには「富山冤罪事件の再審裁判」の原稿を、
そして村上世彰被告に実刑判決。
めまぐるしい誌面作成の作業も間もなく校了。
月曜から行きっぱなしの地震取材班もいったん戻ってきます。
正直、かなり疲れました。
それでもちゃんと飲みには行っていて、今週は大学の同級生と一献。
前回は渋谷109前で待ち合わせし、
判別しやすいという利点はあるものの、仲間が徘徊老人のように見えるからと、
今回は年齢相応の新橋で集まりました。
文学部の1、2年生時代のロシア語クラス。
同級生同士で結婚し、子育てを終えた夫婦は最近ロシア旅行を果たしたと言い、
またはやりつつあるらしい罪と罰、カラマーゾフの兄弟などという言葉も飛び交い、
かつてのキャンパスの並木が巨木化していると笑い、
なかなかに懐かしい思いに酔い始めたころ、
「来月、会社を辞めることにした」という一言に、
全員が「えーっ」と大驚愕。
「それで大丈夫なのか」と心配し、よく聞いてみると、
妻と娘二人は東京に残し、老親の暮らす田舎の田畑を耕すのだと。
コピーライターとしての机は一応置いておくというのですが、
収入の激減は必至。
妻と娘をどう説得したのか、それともしていないのか、
そのあたりは結局あいまいなまま。
50にして帰農の決断。
うらやましいような、そうでもないような・・・複雑な思いの帰り道でした。
さらにさかのぼって、高校の話。
時々小欄で書いている母校、神奈川県立柏陽高校は、
高校野球県予選2回戦で15対0の惨敗。
ウーム。
(苦悶デスクこと木村透)
佐木隆三さんには「富山冤罪事件の再審裁判」の原稿を、
そして村上世彰被告に実刑判決。
めまぐるしい誌面作成の作業も間もなく校了。
月曜から行きっぱなしの地震取材班もいったん戻ってきます。
正直、かなり疲れました。
それでもちゃんと飲みには行っていて、今週は大学の同級生と一献。
前回は渋谷109前で待ち合わせし、
判別しやすいという利点はあるものの、仲間が徘徊老人のように見えるからと、
今回は年齢相応の新橋で集まりました。
文学部の1、2年生時代のロシア語クラス。
同級生同士で結婚し、子育てを終えた夫婦は最近ロシア旅行を果たしたと言い、
またはやりつつあるらしい罪と罰、カラマーゾフの兄弟などという言葉も飛び交い、
かつてのキャンパスの並木が巨木化していると笑い、
なかなかに懐かしい思いに酔い始めたころ、
「来月、会社を辞めることにした」という一言に、
全員が「えーっ」と大驚愕。
「それで大丈夫なのか」と心配し、よく聞いてみると、
妻と娘二人は東京に残し、老親の暮らす田舎の田畑を耕すのだと。
コピーライターとしての机は一応置いておくというのですが、
収入の激減は必至。
妻と娘をどう説得したのか、それともしていないのか、
そのあたりは結局あいまいなまま。
50にして帰農の決断。
うらやましいような、そうでもないような・・・複雑な思いの帰り道でした。
さらにさかのぼって、高校の話。
時々小欄で書いている母校、神奈川県立柏陽高校は、
高校野球県予選2回戦で15対0の惨敗。
ウーム。
(苦悶デスクこと木村透)
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2007/07/16
「ケータイ汚染」と名付けた訳
7月22日号と今週の7月29日号と、2週続けてケータイの特集を掲載しました。
先週号は、総務省がまとめた報告書について。3年後には、1円ケータイはなくなり、
携帯本体は8万円にもなりそうです。
そして今週号には、子どもを巡るケータイの問題を「ケータイ汚染からわが子を守れ」
という6ページの特集にまとめました。
知り合いから「ひどい」とは耳にしていました。しかし、ここまでの惨状とは…。
中学生が自らの裸像をネットにさらして「自己紹介」し、
ネット上で実名入りの誹謗中傷を繰り返す――特集に紹介しているのは、
誇張でも何でもありません。
そして、一番問題なのが、これといった対策がいまのところないことと、
親を含め多くの大人たちがこうした惨状を知らないことです。
なので、今回、本誌は「ケータイ汚染」という名前を付けました。
セクハラやDVなどの問題が、「名前」ができることによって世の中に認知され、
対策が進んだように、子どもたちを巡るケータイの現状についても、社会に
認知され、一刻も早く知恵を出し合った対策が講じられて欲しいという考えからです。
先日、子どもが通う小学校で、地元の警察の方が講師となった安全教室が
開かれました。高学年向けのテーマは、携帯電話についてでした。
子どもが自分で身を守り、ルールを知ることは大切です。
ですが、現状は、子どもや親が個人で気をつけるだけでは追いつかない
危機的状況にあると思います。関係者の焦燥感が伝わってきます。
子どもを見守る大人たちこそ、この問題にもっと関心をもっていいと思います。
(あれこれデスクこと 笠間亜紀子)
先週号は、総務省がまとめた報告書について。3年後には、1円ケータイはなくなり、
携帯本体は8万円にもなりそうです。
そして今週号には、子どもを巡るケータイの問題を「ケータイ汚染からわが子を守れ」
という6ページの特集にまとめました。
知り合いから「ひどい」とは耳にしていました。しかし、ここまでの惨状とは…。
中学生が自らの裸像をネットにさらして「自己紹介」し、
ネット上で実名入りの誹謗中傷を繰り返す――特集に紹介しているのは、
誇張でも何でもありません。
そして、一番問題なのが、これといった対策がいまのところないことと、
親を含め多くの大人たちがこうした惨状を知らないことです。
なので、今回、本誌は「ケータイ汚染」という名前を付けました。
セクハラやDVなどの問題が、「名前」ができることによって世の中に認知され、
対策が進んだように、子どもたちを巡るケータイの現状についても、社会に
認知され、一刻も早く知恵を出し合った対策が講じられて欲しいという考えからです。
先日、子どもが通う小学校で、地元の警察の方が講師となった安全教室が
開かれました。高学年向けのテーマは、携帯電話についてでした。
子どもが自分で身を守り、ルールを知ることは大切です。
ですが、現状は、子どもや親が個人で気をつけるだけでは追いつかない
危機的状況にあると思います。関係者の焦燥感が伝わってきます。
子どもを見守る大人たちこそ、この問題にもっと関心をもっていいと思います。
(あれこれデスクこと 笠間亜紀子)
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2007/07/13
編集長の「あなろぐ日記」
読者層
先週の土曜、7日ですが、都内のビッグサイトで開かれた東京国際ブックフェアに行きました。各出版社などがブースを設けて、新刊本や雑誌などを展示して、いろいろPRする催しですが、その一つの読売・日テレのブースで、読売ウイークリーで連載「50の生えぎわ」をお願いしている泉麻人さんと、みうらじゅんさんのトークショーを開いたのです。
15年前に週刊読売でも連載を担当して頂いた、このお二方のコンビ(当たり前だ)は、それよりも前からの知り合いで、トークショーでは様々な昔話を披露される一方、泉さんは今、はやりの例のビリーのゴムひも(正確には何というのか知りません)なども取り出され、爆笑の連続。数十人も集まれば…と思っていた聴衆も、ゆうに百を超え、聴衆がはみ出しては通路を塞ぐほどの盛況でした。
そこでハタ、と思ったのですが、お客さんがみんな若いのです。30代を軸に20代の人も結構いるという感じ。ウイークリーが読者層と想定している年代から見ると、どうでしょう、15ぐらいは下かなと思いました。
誰かが言ってましたが、週刊誌の読者層のコアは、編集長の歳より、ちょっと上という経験則があるそうです。私は明日14日が51の誕生日なので、ウイークリーは50代がコアかな、まあ、それより、やや若いかな、とも。
まあ、それはそれとして、その読者層というのを少し広げていこうかなとも思っているのです。4月から、ご存じの通り、ウイークリーは表紙も、電車の中吊り広告も、新聞広告も変えました。ちょっと若い人たちの関心もキャッチできれば、などと考えているのです。
それが、うまくいくかどうかは分かりません。これまで週刊誌業界は何十年、それ以上の歴史の中で、様々なことを試して今日に辿り着いているわけで、私たちが思いついたような改革はもう、どこかで試され済みかもしれません。
でも、様々な媒体(ケイタイのゲームなども含みます。電車の中でやってる人多いでしょう。それに比べて、車中で週刊誌をみてる人は…)に押されて、週刊誌業界の市場のパイが縮小する中で、いろんな事を試し続けるのは必要なのでは、とも。今週はちょっと真面目な議論をしてしまいました。では
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
先週の土曜、7日ですが、都内のビッグサイトで開かれた東京国際ブックフェアに行きました。各出版社などがブースを設けて、新刊本や雑誌などを展示して、いろいろPRする催しですが、その一つの読売・日テレのブースで、読売ウイークリーで連載「50の生えぎわ」をお願いしている泉麻人さんと、みうらじゅんさんのトークショーを開いたのです。
15年前に週刊読売でも連載を担当して頂いた、このお二方のコンビ(当たり前だ)は、それよりも前からの知り合いで、トークショーでは様々な昔話を披露される一方、泉さんは今、はやりの例のビリーのゴムひも(正確には何というのか知りません)なども取り出され、爆笑の連続。数十人も集まれば…と思っていた聴衆も、ゆうに百を超え、聴衆がはみ出しては通路を塞ぐほどの盛況でした。
そこでハタ、と思ったのですが、お客さんがみんな若いのです。30代を軸に20代の人も結構いるという感じ。ウイークリーが読者層と想定している年代から見ると、どうでしょう、15ぐらいは下かなと思いました。
誰かが言ってましたが、週刊誌の読者層のコアは、編集長の歳より、ちょっと上という経験則があるそうです。私は明日14日が51の誕生日なので、ウイークリーは50代がコアかな、まあ、それより、やや若いかな、とも。
まあ、それはそれとして、その読者層というのを少し広げていこうかなとも思っているのです。4月から、ご存じの通り、ウイークリーは表紙も、電車の中吊り広告も、新聞広告も変えました。ちょっと若い人たちの関心もキャッチできれば、などと考えているのです。
それが、うまくいくかどうかは分かりません。これまで週刊誌業界は何十年、それ以上の歴史の中で、様々なことを試して今日に辿り着いているわけで、私たちが思いついたような改革はもう、どこかで試され済みかもしれません。
でも、様々な媒体(ケイタイのゲームなども含みます。電車の中でやってる人多いでしょう。それに比べて、車中で週刊誌をみてる人は…)に押されて、週刊誌業界の市場のパイが縮小する中で、いろんな事を試し続けるのは必要なのでは、とも。今週はちょっと真面目な議論をしてしまいました。では
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
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2007/07/12
オセロが指している将棋駒は・・・
7月29日号の表紙をご覧ください。
「オセロ」の中島知子さんが、「将棋」を指すという、
ちょっとした洒落を表紙にしてみました。
その際、撮影用の将棋駒を探していると聞いたので、私有のものをお貸ししました。
私は、マニアには遠く及びませんが、
将棋駒には興味があり、数点所有しています(←本当の収集家は何百万円もする駒を何十点も持っている!)。
今回、新品の御蔵島産の柘植盛上駒と、使い古しの柘植彫駒を提供したところ、
アートディレクターの坂下晶夫さんは、後者を選びました。
この駒は中学生のころに買い、20年ほど使ってアメ色に変色したもの。
しかし、ADの眼から見ると、きらきら輝く新品の駒よりも、
年季の入ったほうが、撮影に適していると感じたのでしょう。
江戸時代、帯につけていた「根付(ねつけ)」も、
柘植で作られているものが少なくありません。
本誌3月18日号の書評欄「この本が好き」で詩人の片岡直子さんは、
「根付は、撫でられて、磨耗というか摩滅していく。手にとって愛され、個人の匂い、息遣い、笑いまでが沁み込んでいる」
と書いています。
将棋駒も同様で、使うにつれて、指した者の喜怒哀楽が沁み込んでいくのです。
今回、中島さんに撮影で使っていただき、私の古駒にも、新しい息吹が注入されました。
実は、最近、日本一の駒師といわれている熊沢良尊さんに、
将棋駒の形をしたオリジナルの根付を作っていただきました。
熊沢さんの将棋駒は百万円前後なので到底手が出ませんが、
根付なら1個数千円で入手できます。
私が作ってもらったのは、薩摩産柘植で、杢(もく)が入ったもの。
携帯ストラップとして使っていますが、毎日撫でてアメ色になるのを楽しみにしています。
木の感触って、本当にいいですよ。
(ビールがぶ飲みデスクこと下田 陽)
「オセロ」の中島知子さんが、「将棋」を指すという、
ちょっとした洒落を表紙にしてみました。
その際、撮影用の将棋駒を探していると聞いたので、私有のものをお貸ししました。
私は、マニアには遠く及びませんが、
将棋駒には興味があり、数点所有しています(←本当の収集家は何百万円もする駒を何十点も持っている!)。
今回、新品の御蔵島産の柘植盛上駒と、使い古しの柘植彫駒を提供したところ、
アートディレクターの坂下晶夫さんは、後者を選びました。
この駒は中学生のころに買い、20年ほど使ってアメ色に変色したもの。
しかし、ADの眼から見ると、きらきら輝く新品の駒よりも、
年季の入ったほうが、撮影に適していると感じたのでしょう。
江戸時代、帯につけていた「根付(ねつけ)」も、
柘植で作られているものが少なくありません。
本誌3月18日号の書評欄「この本が好き」で詩人の片岡直子さんは、
「根付は、撫でられて、磨耗というか摩滅していく。手にとって愛され、個人の匂い、息遣い、笑いまでが沁み込んでいる」
と書いています。
将棋駒も同様で、使うにつれて、指した者の喜怒哀楽が沁み込んでいくのです。
今回、中島さんに撮影で使っていただき、私の古駒にも、新しい息吹が注入されました。
実は、最近、日本一の駒師といわれている熊沢良尊さんに、
将棋駒の形をしたオリジナルの根付を作っていただきました。
熊沢さんの将棋駒は百万円前後なので到底手が出ませんが、
根付なら1個数千円で入手できます。
私が作ってもらったのは、薩摩産柘植で、杢(もく)が入ったもの。
携帯ストラップとして使っていますが、毎日撫でてアメ色になるのを楽しみにしています。
木の感触って、本当にいいですよ。
(ビールがぶ飲みデスクこと下田 陽)
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2007/07/09
ガラパゴスに植林に行った写真家
写真家の藤原幸一さんと表参道で飲みました。
これまで藤原さんからは、
「温暖化の影響を受ける南極のペンギン」
「絶滅の危機に瀕するジンベエザメ」
「鎌倉の大仏を悩ますタイワンリス」
「南アフリカのコーラを飲むチャクマヒヒ」
などの写真をいただきグラビアを組んできました。
藤原さんのテーマは、動物の目を通して、地球の環境破壊を訴えること。
いずれも、強烈なインパクトなので、ご記憶の方もいらっしゃると思います。
焼酎をがぶ飲みしながら、うかがったのは、
これまで世界中を飛び回った武勇伝。
秋田県出身で南洋に憧れを抱いていた藤原さんは、
日本の大学を卒業後、オーストラリアに渡り、
世界最大のサンゴ礁で知られるグレート・バリアー・リーフにある海洋研究所で、
サンゴの研究に明け暮れたといいます。
研究用に使う資料写真を、鑑賞に堪えるレベルで撮影しようと試みたので、
写真の技術は自然に上がっていったそうです。
その後、オーストラリアの金融機関に就職。
いったんは、サラリーマン生活を送りましたが、写真家として独立し、
これまで、南極だけで10回以上渡航しているとか。
難破、遭難しそうになったことも何回もあると振り返っていました。
焼酎の酔いが進むにつれて、藤原さんが力説し始めたのが、
ガラパゴスの自然破壊。
人口増加で外来種も急増し、
6月にユネスコが「危機遺産リスト」に登録したというのです。
藤原さんは、崩れ行くガラパゴスの自然を憂慮し、
「森再生プロジェクト」を立ち上げ、
この5月に、90人の協力者とともに植林を行ってきたばかりでした。
参考になったのは、
「失った森を取り戻すためには、ただ、むやみに木を植えればいいわけではない。
かえって、生態系を壊してしまう危険がある」という話。
藤原さんは、外来植物に占領された森を駆除し、
そのうえでガラパゴス固有の植物である「スカレシア」の苗木を植えてきたのだといいます。
早速、植林活動を行っている写真や、
ゴミ捨て場に群がるウミイグアナやダーウィンフィンチなどの写真を拝借し、
7月22日号に掲載しました。
今回のグラビアも、イグアナやフィンチやゾウガメたちが、
ガラパゴスの環境破壊を嘆いているように映ります。
そして、私たち日本人にとっても、
これは海の遥か彼方の出来事と済ますわけにはいきません。
環境は、地球全体の問題として取り組まなければならないからです。
(焼酎がぶ飲みデスクこと下田 陽)
これまで藤原さんからは、
「温暖化の影響を受ける南極のペンギン」
「絶滅の危機に瀕するジンベエザメ」
「鎌倉の大仏を悩ますタイワンリス」
「南アフリカのコーラを飲むチャクマヒヒ」
などの写真をいただきグラビアを組んできました。
藤原さんのテーマは、動物の目を通して、地球の環境破壊を訴えること。
いずれも、強烈なインパクトなので、ご記憶の方もいらっしゃると思います。
焼酎をがぶ飲みしながら、うかがったのは、
これまで世界中を飛び回った武勇伝。
秋田県出身で南洋に憧れを抱いていた藤原さんは、
日本の大学を卒業後、オーストラリアに渡り、
世界最大のサンゴ礁で知られるグレート・バリアー・リーフにある海洋研究所で、
サンゴの研究に明け暮れたといいます。
研究用に使う資料写真を、鑑賞に堪えるレベルで撮影しようと試みたので、
写真の技術は自然に上がっていったそうです。
その後、オーストラリアの金融機関に就職。
いったんは、サラリーマン生活を送りましたが、写真家として独立し、
これまで、南極だけで10回以上渡航しているとか。
難破、遭難しそうになったことも何回もあると振り返っていました。
焼酎の酔いが進むにつれて、藤原さんが力説し始めたのが、
ガラパゴスの自然破壊。
人口増加で外来種も急増し、
6月にユネスコが「危機遺産リスト」に登録したというのです。
藤原さんは、崩れ行くガラパゴスの自然を憂慮し、
「森再生プロジェクト」を立ち上げ、
この5月に、90人の協力者とともに植林を行ってきたばかりでした。
参考になったのは、
「失った森を取り戻すためには、ただ、むやみに木を植えればいいわけではない。
かえって、生態系を壊してしまう危険がある」という話。
藤原さんは、外来植物に占領された森を駆除し、
そのうえでガラパゴス固有の植物である「スカレシア」の苗木を植えてきたのだといいます。
早速、植林活動を行っている写真や、
ゴミ捨て場に群がるウミイグアナやダーウィンフィンチなどの写真を拝借し、
7月22日号に掲載しました。
今回のグラビアも、イグアナやフィンチやゾウガメたちが、
ガラパゴスの環境破壊を嘆いているように映ります。
そして、私たち日本人にとっても、
これは海の遥か彼方の出来事と済ますわけにはいきません。
環境は、地球全体の問題として取り組まなければならないからです。
(焼酎がぶ飲みデスクこと下田 陽)
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2007/07/06
アフリカゾウ
昨日の朝刊2面の顔欄で
「第3回中曽根康弘賞を受賞した中村千秋さん」
が紹介されていました。
「広大なサバンナにある小屋で、冷蔵庫も洗濯機もない極貧生活」を続けながら、
アフリカゾウの研究を17年も続けてきた女性です。
実は中村さんがこの冬に一時帰国した際にお目にかかり、
写真をふんだんに使った記事を書いてください、とお願いしていたのです。
原稿ははるかケニアから届いたのですが、
写真が届かないうちに今年2回目の一時帰国。
それが、今回の授賞式だったのです。
その夜、アフリカ取材の途中でケニアに寄った社会部の先輩や、
ヨハネスブルグ支局時代に知り合ったという後輩記者らとともに、
お祝いの会を開きました。
焼酎をぐいぐいやりながらのサバンナの話は豪快にして痛快で、
キリンやシマウマの模様からして動物園とは鮮やかさが違うそうです。
ほかにもいろいろ聞いたのですが、
すみません、酔っ払ってしまって、
「豪快」と「痛快」以外は忘れてしまいました。
途中、「ご実家は」と尋ねてまた仰天。
なんと、私が今住んでいる町内でした。
わが3豚児の小中学校の偉大なる先輩だったわけです。
で、突然話題が大転換、
キリマンジャロの雄大から、
ぐっと身近かになって「水戸街道から3本目の路地」
といった調子になってしまいました。
いやあ、ご本人にも急に親しみがわいてきました。
中村さん、大きく載せますから、いい写真、早く送ってください。
(苦悶デスクこと木村透)
「第3回中曽根康弘賞を受賞した中村千秋さん」
が紹介されていました。
「広大なサバンナにある小屋で、冷蔵庫も洗濯機もない極貧生活」を続けながら、
アフリカゾウの研究を17年も続けてきた女性です。
実は中村さんがこの冬に一時帰国した際にお目にかかり、
写真をふんだんに使った記事を書いてください、とお願いしていたのです。
原稿ははるかケニアから届いたのですが、
写真が届かないうちに今年2回目の一時帰国。
それが、今回の授賞式だったのです。
その夜、アフリカ取材の途中でケニアに寄った社会部の先輩や、
ヨハネスブルグ支局時代に知り合ったという後輩記者らとともに、
お祝いの会を開きました。
焼酎をぐいぐいやりながらのサバンナの話は豪快にして痛快で、
キリンやシマウマの模様からして動物園とは鮮やかさが違うそうです。
ほかにもいろいろ聞いたのですが、
すみません、酔っ払ってしまって、
「豪快」と「痛快」以外は忘れてしまいました。
途中、「ご実家は」と尋ねてまた仰天。
なんと、私が今住んでいる町内でした。
わが3豚児の小中学校の偉大なる先輩だったわけです。
で、突然話題が大転換、
キリマンジャロの雄大から、
ぐっと身近かになって「水戸街道から3本目の路地」
といった調子になってしまいました。
いやあ、ご本人にも急に親しみがわいてきました。
中村さん、大きく載せますから、いい写真、早く送ってください。
(苦悶デスクこと木村透)
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編集長の「あなろぐ日記」
選挙オンチ
参院選がスタートしますね。ウイークリーも来週号で大振りのワイドを組んで、小池百合子さんやフジモリ元大統領、はたまた大阪府議から転身した同性愛候補などを取り上げています。
選挙の面白さというのは、選挙後の政局の動乱と、選挙中の祭りのような熱狂にあるのでは…と書いてみたのですが、その熱狂というのが今ひとつ、私にはピンと来ないのです。
何故か。正直に告白しますが、新聞記者になって四半世紀以上たった今も、私は選挙というものを真正面から取材した経験がないのです。だから、関係者や支持者の熱狂ぶりもテレビを通して、とかでないと体験したことがないのです。
どうして経験がないのか。東京に帰ってきてからは経済部ですから仕方がないとして、地方支局にいる時も、選挙時には県警で違反摘発の方を担当していたり、通信部(今は相当に統廃合しましたが、当時は1人でポツンと県都以外の地方都市にいるケースがありました。その拠点が通信部です)にいる時は、首長選がみんな無投票だったり、県庁担当になったら選挙のハズレ年だったり、と、まあ、巡り合わせが悪かった訳です。
だから、選挙取材の定番の「票読み」(事前に誰の票田がどこで、どのぐらい票があるから、受かりそうだ…ということなどを綿密に調べる)は、やったことがありません。さらに、昔は開票中に会場の体育館の二階から双眼鏡で覗いて、票の束を数えて「何とか候補が何票を上積みしてる」などと支局に連絡するーーといった作業を後輩はやってましたが、私は未経験です。
それが記者人生の中で得になったか、損になったかは、今となっては分かりませんが、現場に行ってないので、選挙の興奮というものを実感したことがありません。
その結果、選挙といえば、ああ、うるさいな、早く演説やめてくれないかな、そうでないと、絶対に投票しないぞ、逆効果だからな、言ったぞ、言ったからな…などと、頭の中が町田康氏のような展開になってしまうのです。
まあ、そうは言っても今度の参院選は一定の面白さはありそうです。あと3週間ぐらいでしょうか、候補者のみなさん、支持者のみなさん、そして全国どのぐらいいるか分からない選挙ファンのみなさん、これから梅雨が明けて炎天下になっても、病気にならないほどに頑張って頂きたいと思います。では。
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
参院選がスタートしますね。ウイークリーも来週号で大振りのワイドを組んで、小池百合子さんやフジモリ元大統領、はたまた大阪府議から転身した同性愛候補などを取り上げています。
選挙の面白さというのは、選挙後の政局の動乱と、選挙中の祭りのような熱狂にあるのでは…と書いてみたのですが、その熱狂というのが今ひとつ、私にはピンと来ないのです。
何故か。正直に告白しますが、新聞記者になって四半世紀以上たった今も、私は選挙というものを真正面から取材した経験がないのです。だから、関係者や支持者の熱狂ぶりもテレビを通して、とかでないと体験したことがないのです。
どうして経験がないのか。東京に帰ってきてからは経済部ですから仕方がないとして、地方支局にいる時も、選挙時には県警で違反摘発の方を担当していたり、通信部(今は相当に統廃合しましたが、当時は1人でポツンと県都以外の地方都市にいるケースがありました。その拠点が通信部です)にいる時は、首長選がみんな無投票だったり、県庁担当になったら選挙のハズレ年だったり、と、まあ、巡り合わせが悪かった訳です。
だから、選挙取材の定番の「票読み」(事前に誰の票田がどこで、どのぐらい票があるから、受かりそうだ…ということなどを綿密に調べる)は、やったことがありません。さらに、昔は開票中に会場の体育館の二階から双眼鏡で覗いて、票の束を数えて「何とか候補が何票を上積みしてる」などと支局に連絡するーーといった作業を後輩はやってましたが、私は未経験です。
それが記者人生の中で得になったか、損になったかは、今となっては分かりませんが、現場に行ってないので、選挙の興奮というものを実感したことがありません。
その結果、選挙といえば、ああ、うるさいな、早く演説やめてくれないかな、そうでないと、絶対に投票しないぞ、逆効果だからな、言ったぞ、言ったからな…などと、頭の中が町田康氏のような展開になってしまうのです。
まあ、そうは言っても今度の参院選は一定の面白さはありそうです。あと3週間ぐらいでしょうか、候補者のみなさん、支持者のみなさん、そして全国どのぐらいいるか分からない選挙ファンのみなさん、これから梅雨が明けて炎天下になっても、病気にならないほどに頑張って頂きたいと思います。では。
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
posted by ブログ管理者 at 15:43
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