連休
さて、ゴールデンウイークです。世間的にはホントはもう一日残っているのですが、ウイークリー編集部は27日から5月4日まで、ぶっ続けて、全員が一斉に休みます(大事件が起きれば、出てきます)。
週朝などの他の週刊誌がどうしているのか、知らないのですが、ウイークリーでは、合併号を出す正月、ゴールデンウイーク、お盆の年3回は、一斉休業になります。
世間様からみると、ゴールデンウイークが多少、長めのように見えるでしょうが、それは次のような理由でご勘弁を。ウイークリー編集部には祝日がないのです。
本誌は毎週、金曜に締め切りますが、それはあくまで最終締め切りで、実はページごとに毎日、締め切りがあるのです。その工程に沿って、印刷会社も動いているので、火曜が祝日だからと休むわけにはいきません。だから、年に20日近くは損をしている計算になります。
まあ、それはそれとして、ゴールデンウイークは何をするか。今ひとつ、不透明なのですが、この期間に、就職した長男が初任地に赴くことになるので、その引っ越し手伝いなどをすると思います。
何度か紹介したことがありますが、私は大学を卒業して、初任地が金沢でした。長男は私とは会社は違うのですが、隣県の福井が初任地です。
私が手伝いに福井に行ったら、何かの拍子に26年前にタイムスリップしてしまいそうな、そんな感じというか、予感というか、妙な気がします。
世間的には1ジェネレーションは25年でしょうか、30年でしょうか、よく分かりませんが、スルスルと時が流れ、1世代分、経ってしまった…とても不思議な思いがします。
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
2007/04/26
編集長の「あなろぐ日記」
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2007/04/24
サミット!
今朝の朝刊各紙には大きく「洞爺湖サミット」のニュース。
ほぼ全紙に、会場となる山上の豪華ホテルの写真が載っていました。
「ザ・ウインザーホテル洞爺」という名前ですが、
かつては「ホテルエイペックス洞爺」といい、
バブル経済崩壊の象徴として有名になりました。
拓銀破綻の大原因となった会員制超高級リゾートだったのです。
自己破産と再生の経緯の記事も載っていましたが、
個人的には忘れられない別の思い出があります。
小誌編集部に異動してくるまでの2年を、札幌のデスクとして過ごしたのですが、
最大のニュースが有珠山の噴火でした。
初めて噴火予知が成功し、噴火三日前くらいから周辺住民の大移動。
噴火の瞬間をテレビで見とどけ、号外を発行してから現場へ。
噴煙は天を衝き、地響きを初めて聞きました。
そしてこのホテルは、噴火口を見下ろす山の頂上にあり、絶好の取材ポイントでした。
応援の記者、カメラマンは、北海道内ばかりでなく、東京本社、東北の各支局から呼び集めました。
前線基地にしたのは伊達市内の和風旅館。
和室のちゃぶ台にパソコン、座椅子で原稿を打ち始めたのですが、
半日もしないうちに腰と膝が痛くなってギブアップ。
ホームセンターでキャンプ用のイスと絨毯を買ってきて、
ちゃぶ台をふたつ重ねて机状にして、ようやく何とかなりました。
噴火から3日目くらいだったでしょうか、
各所に配置した記者、カメラマンの激励に回りました。
国の災害対策本部担当となって、市役所の階段で仮眠を取る記者、
避難所取材の際、食事をもらっても、そこに泊まってもいけない
という指示を忠実に守って、ブタ小屋で寝泊りした記者。
それぞれに過酷で、例のホテル担当者が一番優雅な取材をしているのだ、
とばかり思っていました。
ところが、最後に訪ねたこのホテルは、倒産中ですから電気もガスも水も来ていない廃墟となっていて、
しかも標高625メートルの高所ですから寒いのなんのって。
札幌から背広にネクタイ姿でここの担当になった記者は、
支給されたカップめんを水もないままかじって飢えをしのぎ、
漆黒の闇の中で眠ることもできずにホッカイロをこすり続けたそうです。
意外なことに、ここが一番過酷な取材ポイントだったわけです。
管財人の了解を取って、入り口の錠前をはずして階段を上がると
最上階はメーンダイニング。
豪華なシャンデリア、高級そうな食器、シャンパンなどが無人の薄闇の中に転がっていました。
そして窓際に近づくと、このホテルの最大の魅力、大展望が広がっていました。
右には内浦湾、左には洞爺湖、そして正面には噴煙を上げる有珠山の新噴火口。
こんな雄大な景観はそうはありません。
きっと各国首脳も感動してくれること請け合いです。
あの廃墟がサミット!
と思うと感慨もひとしおというものです。
(苦悶デスクこと・木村透)
ほぼ全紙に、会場となる山上の豪華ホテルの写真が載っていました。
「ザ・ウインザーホテル洞爺」という名前ですが、
かつては「ホテルエイペックス洞爺」といい、
バブル経済崩壊の象徴として有名になりました。
拓銀破綻の大原因となった会員制超高級リゾートだったのです。
自己破産と再生の経緯の記事も載っていましたが、
個人的には忘れられない別の思い出があります。
小誌編集部に異動してくるまでの2年を、札幌のデスクとして過ごしたのですが、
最大のニュースが有珠山の噴火でした。
初めて噴火予知が成功し、噴火三日前くらいから周辺住民の大移動。
噴火の瞬間をテレビで見とどけ、号外を発行してから現場へ。
噴煙は天を衝き、地響きを初めて聞きました。
そしてこのホテルは、噴火口を見下ろす山の頂上にあり、絶好の取材ポイントでした。
応援の記者、カメラマンは、北海道内ばかりでなく、東京本社、東北の各支局から呼び集めました。
前線基地にしたのは伊達市内の和風旅館。
和室のちゃぶ台にパソコン、座椅子で原稿を打ち始めたのですが、
半日もしないうちに腰と膝が痛くなってギブアップ。
ホームセンターでキャンプ用のイスと絨毯を買ってきて、
ちゃぶ台をふたつ重ねて机状にして、ようやく何とかなりました。
噴火から3日目くらいだったでしょうか、
各所に配置した記者、カメラマンの激励に回りました。
国の災害対策本部担当となって、市役所の階段で仮眠を取る記者、
避難所取材の際、食事をもらっても、そこに泊まってもいけない
という指示を忠実に守って、ブタ小屋で寝泊りした記者。
それぞれに過酷で、例のホテル担当者が一番優雅な取材をしているのだ、
とばかり思っていました。
ところが、最後に訪ねたこのホテルは、倒産中ですから電気もガスも水も来ていない廃墟となっていて、
しかも標高625メートルの高所ですから寒いのなんのって。
札幌から背広にネクタイ姿でここの担当になった記者は、
支給されたカップめんを水もないままかじって飢えをしのぎ、
漆黒の闇の中で眠ることもできずにホッカイロをこすり続けたそうです。
意外なことに、ここが一番過酷な取材ポイントだったわけです。
管財人の了解を取って、入り口の錠前をはずして階段を上がると
最上階はメーンダイニング。
豪華なシャンデリア、高級そうな食器、シャンパンなどが無人の薄闇の中に転がっていました。
そして窓際に近づくと、このホテルの最大の魅力、大展望が広がっていました。
右には内浦湾、左には洞爺湖、そして正面には噴煙を上げる有珠山の新噴火口。
こんな雄大な景観はそうはありません。
きっと各国首脳も感動してくれること請け合いです。
あの廃墟がサミット!
と思うと感慨もひとしおというものです。
(苦悶デスクこと・木村透)
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2007/04/20
出身大学より高校が大事!?
「たくさん有名企業の経営者を取材してきたが、みんな大学時代より高校のころの思い出を好んで話したがるんだよなぁ」
数年前、友人の経済誌編集長とビールを、がぶ飲みしたときに聞いた話です。
その後、その経済誌では、経営者のプロフィールを掲載するときには出身高校名を明記するようになりました。
確かに、職場でも酒席でも、大学より高校の話題に花が咲くのが最近の傾向のようです。
編集部の「苦悶デスク」も、この欄で出身の柏陽高校のことをよく書いていますよね。
本誌でも、その友人の言葉をヒントに一昨年、「社長の出身高校」という特集を組みました。
それまで、社長の出身大学という企画は多かったのですが、
高校に焦点をあてたものはなかったため、好評で、
これに続いて、政治家、官僚とシリーズ化しました。
社長の出身高校に関しては、週刊朝日の昨年10月20日号でも、
同様な企画がありました(週刊朝日さん、申し遅れましたが、その際はマネしていただきありがとうございました)。
本誌の5月6・13日号では、「1200高校の現役合格力」を特集しています。
サブタイトルは、「予備校に頼らない高校の真価がわかる!」ですが、
つい自分の高校を探してしまいます。
入試シーズンの掉尾を飾る特集となりますが、
ここ数号、同様の企画のおかげで好調な売れゆきでした。
入試取材班のキャップの石塚公康は、このへんの事情を、
「今の40歳代は自分の大学より、出身高校のことが気になる世代なんですよ。それに、ゆとり教育の反動から、その世代の親が教育熱心になり、自分の子供をどの中高に入れればよいかが大きな関心事となっていますしね」と分析しています。
そういうニーズに応えようと、4月29日号から連載を開始したのが、
「BE BACK HIGH SCHOOL」。
5月6・13日号のゲスト、和田秀樹さんも灘高の同級生である勝谷誠彦氏とのエピソードを語ってくれました。
また、先輩の黒岩祐治氏とは、母校の話を肴に酒をよく飲んでいるそうです。
かくいう私も1か月に1回は、高校の同級生と、ビールをがぶ飲みしています。
(ビールがぶ飲みデスクこと下田陽)
数年前、友人の経済誌編集長とビールを、がぶ飲みしたときに聞いた話です。
その後、その経済誌では、経営者のプロフィールを掲載するときには出身高校名を明記するようになりました。
確かに、職場でも酒席でも、大学より高校の話題に花が咲くのが最近の傾向のようです。
編集部の「苦悶デスク」も、この欄で出身の柏陽高校のことをよく書いていますよね。
本誌でも、その友人の言葉をヒントに一昨年、「社長の出身高校」という特集を組みました。
それまで、社長の出身大学という企画は多かったのですが、
高校に焦点をあてたものはなかったため、好評で、
これに続いて、政治家、官僚とシリーズ化しました。
社長の出身高校に関しては、週刊朝日の昨年10月20日号でも、
同様な企画がありました(週刊朝日さん、申し遅れましたが、その際はマネしていただきありがとうございました)。
本誌の5月6・13日号では、「1200高校の現役合格力」を特集しています。
サブタイトルは、「予備校に頼らない高校の真価がわかる!」ですが、
つい自分の高校を探してしまいます。
入試シーズンの掉尾を飾る特集となりますが、
ここ数号、同様の企画のおかげで好調な売れゆきでした。
入試取材班のキャップの石塚公康は、このへんの事情を、
「今の40歳代は自分の大学より、出身高校のことが気になる世代なんですよ。それに、ゆとり教育の反動から、その世代の親が教育熱心になり、自分の子供をどの中高に入れればよいかが大きな関心事となっていますしね」と分析しています。
そういうニーズに応えようと、4月29日号から連載を開始したのが、
「BE BACK HIGH SCHOOL」。
5月6・13日号のゲスト、和田秀樹さんも灘高の同級生である勝谷誠彦氏とのエピソードを語ってくれました。
また、先輩の黒岩祐治氏とは、母校の話を肴に酒をよく飲んでいるそうです。
かくいう私も1か月に1回は、高校の同級生と、ビールをがぶ飲みしています。
(ビールがぶ飲みデスクこと下田陽)
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編集長の「あなろぐ日記」
伝染りませんでした
世間に比べ、テンポが遅いというか、何周遅れというのか、うちの家族らしいのですが、今週、我が家は、やっと?インフルエンザの猛威にさらされました。
企業で新人研修を受けている長男が先週の土曜夜、帰宅したことに話は始まります。ゴホゴホ、ゲホゲホと咳が止まらない様子。そのうち、熱が出てきたので、日曜は午前中に「休日当番医」、午後に「日曜でもやっている医院」(両者は違う医者です)と、医者をハシゴ。それぞれ薬をもらったのですが、病状は好転せず、月曜はついに研修を病欠、火曜の朝、都内の研修所に戻ったのでした。
それで一件落着と思ったら、かたわらで、妻も熱が…さらに大学4年の二男も発熱。39度とか40度とかいうので、2人を車に乗せて、近所の医者に診せたら「インフルエンザです」というのです。
2人が長男から伝染したのは明白なのですが、長男を診た前記の医者2人からはインフルエンザの宣告がなかったので、2人の医者に呆れたり、家族中にインフルエンザが蔓延したことに驚いたり、と大忙しの朝を送ったのでした。
それから1日経って、水曜日。私が朝、熱を測ってみると37度。私の平熱は36度ないので、ついに…と覚悟しましたが、仕事は休めても、夜に飲み会を入れてしまったので会社へ。マスクをつけて、編集部内で「近づくな。うつるぞ」と脅しまくる展開に。
でも、その夜、新橋の飲み会で、ガンガン、まっこり(朝鮮の濁酒のようなヤツです)を飲んで、カラオケに行って、唄を聴いて(私も「悲しみは雪のように」と「雪の華」と「帰れない二人」を唄いました。昔はもっと曲数を唄えたのですが、最近はちゃらんぽらんとマイクを握ります)午前2時半に帰宅、翌日の木曜朝に起きても熱はなかったのです。
「なんだ、オレだけ、かからなかったのか」ホッとする一方で、寂しくも感じました。家族からも半ば呆れられる結果に…ちょっと、複雑な思いが残ったままに現在、金曜日を迎えているのでした。
今日はこれから写真家・稲越功一さんの写真展のオープニング・パーティーと、わが編集部の歓送迎会兼大学入試特集ご苦労さん会兼刷新作業ご苦労さん会の2会場を渡り歩きます。土曜もテニススクールのクラスメイトの飲み会があります。ちなみに、すっかり元気なので、心配はいりません。
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
世間に比べ、テンポが遅いというか、何周遅れというのか、うちの家族らしいのですが、今週、我が家は、やっと?インフルエンザの猛威にさらされました。
企業で新人研修を受けている長男が先週の土曜夜、帰宅したことに話は始まります。ゴホゴホ、ゲホゲホと咳が止まらない様子。そのうち、熱が出てきたので、日曜は午前中に「休日当番医」、午後に「日曜でもやっている医院」(両者は違う医者です)と、医者をハシゴ。それぞれ薬をもらったのですが、病状は好転せず、月曜はついに研修を病欠、火曜の朝、都内の研修所に戻ったのでした。
それで一件落着と思ったら、かたわらで、妻も熱が…さらに大学4年の二男も発熱。39度とか40度とかいうので、2人を車に乗せて、近所の医者に診せたら「インフルエンザです」というのです。
2人が長男から伝染したのは明白なのですが、長男を診た前記の医者2人からはインフルエンザの宣告がなかったので、2人の医者に呆れたり、家族中にインフルエンザが蔓延したことに驚いたり、と大忙しの朝を送ったのでした。
それから1日経って、水曜日。私が朝、熱を測ってみると37度。私の平熱は36度ないので、ついに…と覚悟しましたが、仕事は休めても、夜に飲み会を入れてしまったので会社へ。マスクをつけて、編集部内で「近づくな。うつるぞ」と脅しまくる展開に。
でも、その夜、新橋の飲み会で、ガンガン、まっこり(朝鮮の濁酒のようなヤツです)を飲んで、カラオケに行って、唄を聴いて(私も「悲しみは雪のように」と「雪の華」と「帰れない二人」を唄いました。昔はもっと曲数を唄えたのですが、最近はちゃらんぽらんとマイクを握ります)午前2時半に帰宅、翌日の木曜朝に起きても熱はなかったのです。
「なんだ、オレだけ、かからなかったのか」ホッとする一方で、寂しくも感じました。家族からも半ば呆れられる結果に…ちょっと、複雑な思いが残ったままに現在、金曜日を迎えているのでした。
今日はこれから写真家・稲越功一さんの写真展のオープニング・パーティーと、わが編集部の歓送迎会兼大学入試特集ご苦労さん会兼刷新作業ご苦労さん会の2会場を渡り歩きます。土曜もテニススクールのクラスメイトの飲み会があります。ちなみに、すっかり元気なので、心配はいりません。
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
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2007/04/16
天才と神童を育てた五嶋節さん
春の大刷新号を16日に発売しました。
当番デスクとしては出した後も大変、気になりますから、通勤途中、
本屋をチェックしました。いつもは棚に並んでいる店で、平積みして
ありました。ありがとうございます。
さて、今回は表紙をはじめ、刷新号として特集記事や泉麻人さん、
みうらじゅんさんコンビによる「50のはえぎわ」など、一挙10本の新連載
を用意しました。いつもそうですが、始まりはすべて「無」から。
隅から隅まで、すべておすすめです。
が、今週号のデスク作業をしながら、個人的にググッときたのは、
「家族のかたち」に登場いただいた五嶋節さんの言葉の数々です。節さんは
ヴァイオリニストの五嶋みどりさん、五嶋龍さんを生み育てた母です。
節さんが、両親のこと、渡米と離婚、再婚。そして2人の子育て…。
波瀾万丈な来し方を語ってくださいました。
私は10年以上前、みどりさんの取材時に節さんにお会いしたことがあります。
旬の人をとりあげる企画で、来日中のみどりさんについて回ったのです。
子どもたちにレクチャーコンサートをする「みどり教育財団」のボランティア
活動が始まったころ、広島で1日に2回コンサートを行うという日、東京から
駆けつけました。
午前中は広島市内の養護学校、そして午後は郊外の公立小学校でした。
みどりさんのヴァイオリンは、音響設備が万全ではない体育館などでも、
見事でした。みどりさんが、「次はとてもかわいらしい感じがする曲です」
などと小品を一曲ずつ解説しながら演奏するので、子どもたちは
みんな集中して聴いていました。「愛の挨拶」「四季」など
その日のプログラムを耳にするたびに、その光景が浮かびます。
そのとき、節さんと、みどりさんのボランティアについて言葉を
交わしました。節さんは娘の健康を気づかって活動に反対していたと話したうえ、
「今でも心配です。でもこんなに精神的に満たされているのではね」
と苦笑していました。
今回のインタビューでわかりましたが、当時、みどりさんは
自立のためにもがいていた時期だったようです。
なぜ節さんは天才と神童を育てることができたのか。
節さんは、インタビューで「今日のみどりがあるのは私のお陰」と、
きっぱりと言い切っています。が、その後に続く言葉は……。
小学生の子を育てている母として、節さんの覚悟と潔さには、
心から敬服します。
(あれこれデスクこと 笠間亜紀子)
当番デスクとしては出した後も大変、気になりますから、通勤途中、
本屋をチェックしました。いつもは棚に並んでいる店で、平積みして
ありました。ありがとうございます。
さて、今回は表紙をはじめ、刷新号として特集記事や泉麻人さん、
みうらじゅんさんコンビによる「50のはえぎわ」など、一挙10本の新連載
を用意しました。いつもそうですが、始まりはすべて「無」から。
隅から隅まで、すべておすすめです。
が、今週号のデスク作業をしながら、個人的にググッときたのは、
「家族のかたち」に登場いただいた五嶋節さんの言葉の数々です。節さんは
ヴァイオリニストの五嶋みどりさん、五嶋龍さんを生み育てた母です。
節さんが、両親のこと、渡米と離婚、再婚。そして2人の子育て…。
波瀾万丈な来し方を語ってくださいました。
私は10年以上前、みどりさんの取材時に節さんにお会いしたことがあります。
旬の人をとりあげる企画で、来日中のみどりさんについて回ったのです。
子どもたちにレクチャーコンサートをする「みどり教育財団」のボランティア
活動が始まったころ、広島で1日に2回コンサートを行うという日、東京から
駆けつけました。
午前中は広島市内の養護学校、そして午後は郊外の公立小学校でした。
みどりさんのヴァイオリンは、音響設備が万全ではない体育館などでも、
見事でした。みどりさんが、「次はとてもかわいらしい感じがする曲です」
などと小品を一曲ずつ解説しながら演奏するので、子どもたちは
みんな集中して聴いていました。「愛の挨拶」「四季」など
その日のプログラムを耳にするたびに、その光景が浮かびます。
そのとき、節さんと、みどりさんのボランティアについて言葉を
交わしました。節さんは娘の健康を気づかって活動に反対していたと話したうえ、
「今でも心配です。でもこんなに精神的に満たされているのではね」
と苦笑していました。
今回のインタビューでわかりましたが、当時、みどりさんは
自立のためにもがいていた時期だったようです。
なぜ節さんは天才と神童を育てることができたのか。
節さんは、インタビューで「今日のみどりがあるのは私のお陰」と、
きっぱりと言い切っています。が、その後に続く言葉は……。
小学生の子を育てている母として、節さんの覚悟と潔さには、
心から敬服します。
(あれこれデスクこと 笠間亜紀子)
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2007/04/13
皐月賞!
表紙担当デスクの苦労は、下の方を読んでいただくとして、
穴党デスクの苦悩も並大抵ではありません。
凡人が脳髄をだらけさせている週末に、
脳内血管の隅々の酸素まで消費して知恵を振り絞ったあげく、
大損。
ということもままあるのですから。
さて皐月賞です。
一番人気はフサイチホウオーでしょうか、アドマイヤオーラでしょうか。
穴党としてはこのあたりは「どっちも強い」といい加減に通過して、
脳内酸素を節約して穴馬探しに動員しなければなりません。
さて、今回の結論です。
軸はナムラマース。
もちろんこれで穴党とは恥ずかしくて名乗れません。
いいですか、勝負は3連単。
ナムラマースから強い2頭に流して、
3着にマイネルシーガル、サンライズマックスを抜擢します。
何といっても中山2000は先行有利。
2枠3番のシーガルはずるがしこく内を回って・・・
サンライズにはだれも注目していないようですが、
前走はヴィクトリーと同タイムなのですよ。
それも逃げ切り体制のヴィクトリーを猛追してクビ差まで迫ったのです。
なのに人気はまったくありません。
これこそ究極の穴馬です。
ノーリーズンは買っていませんでしたが、ダイワメジャーは取りました。
皐月賞は結構荒れます。
(穴党デスクこと木村透)
穴党デスクの苦悩も並大抵ではありません。
凡人が脳髄をだらけさせている週末に、
脳内血管の隅々の酸素まで消費して知恵を振り絞ったあげく、
大損。
ということもままあるのですから。
さて皐月賞です。
一番人気はフサイチホウオーでしょうか、アドマイヤオーラでしょうか。
穴党としてはこのあたりは「どっちも強い」といい加減に通過して、
脳内酸素を節約して穴馬探しに動員しなければなりません。
さて、今回の結論です。
軸はナムラマース。
もちろんこれで穴党とは恥ずかしくて名乗れません。
いいですか、勝負は3連単。
ナムラマースから強い2頭に流して、
3着にマイネルシーガル、サンライズマックスを抜擢します。
何といっても中山2000は先行有利。
2枠3番のシーガルはずるがしこく内を回って・・・
サンライズにはだれも注目していないようですが、
前走はヴィクトリーと同タイムなのですよ。
それも逃げ切り体制のヴィクトリーを猛追してクビ差まで迫ったのです。
なのに人気はまったくありません。
これこそ究極の穴馬です。
ノーリーズンは買っていませんでしたが、ダイワメジャーは取りました。
皐月賞は結構荒れます。
(穴党デスクこと木村透)
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| 穴党デスクの目指せ100万馬券
編集長の「あなろぐ日記」
先週末
ちょっと風邪をひきそうな感じがしています。刷新号作りで大幅に仕事量が増えたことも影響しているように思われます。
何度か書いたことがありますが、週刊誌というのは自分で作ってみると、自分の子どものような気がします。駅の売店などで並べられ、何日間も、余り減っていないと不憫で仕方がありません。まして刷新号となれば、尚更です。第一号がどんな運命を辿るのか…今から、もうドキドキしています。
もう一つ、風邪をひきそうになっている原因に、先週末の土曜、日曜にも緊張を迫られたという事情があります。土曜は先日、紹介した「男の」料理教室です。
定刻の5分前に会場の都市ガス会社の営業所に到着したところ、空き席は2つ。もう一人は結局、欠席だったので、私がビリでした。見回すと、もう何度もこの教室に参加していそうな猛者もチラホラ。これから作る料理の献立(豚の生姜焼き、キャベツの千切り、シジミのみそ汁、ごはん)を説明する講師のお嬢さんに積極的に段取りなどを質問、提案する人もいました。
それから後の1時間弱の調理時間に何をしていたのか。作業数が多すぎて、あまり記憶にないのです。ただ…
@キャベツと万能ネギを千切りにした。「左手は猫の手ように」と講師の人に言われたので、やってみたら、予想外に上手く切れたけど、あまりに切れる包丁だったので、自宅に帰ってみると、左親指の第一関節(親指は一つしかない)に細かい切り傷が三つ付いてました
Aどういうのか、講師の方々というのは、もっと、何というか、私に近いような年齢の人を想定していたのですが、とんでもない、若くて綺麗で、言葉もハキハキしていて、おまけに3人もいて、参加していたオジさんたちは、とても幸せそうでした
Bやはり、随所にガス器具の宣伝が入りました。コメをといで、鍋でたいたのですが、「この炊飯というボタンを一つ押せば、もうイイんですよ」とささやかれました。ただし、私がその後、メーンのスイッチをオフにしてしまうという失態を演じたので、どうすればよいか分からなくなり、結局、お嬢さんから「じゃあ、重田さんのとこだけ、弱火でやりましょう」と多少、厳しめに諭されました
という3点は覚えています。次回は5月12日です。
日曜日は何度も紹介している茂木先生と中川人司さんの本誌主催の第1回トークショーです。会場は竹橋の一ツ橋講堂。どれだけ参加者があるか、気にかかっていたのですが、真面目な話、400の席がほとんど、全部埋まって、大変感激しました。
私は冒頭、あいさつをしただけで、後は、お二人の「宇宙と脳」という興味たっぷりのトークを聴いていただけなのですが、これがなかなか、目がはなせないと言うか、耳がはなせない話題の連続で、1時間半後、頭の中がとても満腹になりました。
トークショーの後、茂木、中川両氏にはサイン会をして頂いたのですが、その間、私と編集部の二居君は何と茂木先生のご両親と雑談していたのでした。とても明るくて、お話が好きで、しかも、考えがしっかりしていて、なるほど、こういう夫婦から茂木さんのような人が出来るのだな、と一人納得していました。
という訳で今週は始まる前から疲れていたのでした。それでは、また…
追記 最強高校ランク号も大変よく売れました。本当に感謝しております。どうか、刷新後も宜しくお願いします。
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
ちょっと風邪をひきそうな感じがしています。刷新号作りで大幅に仕事量が増えたことも影響しているように思われます。
何度か書いたことがありますが、週刊誌というのは自分で作ってみると、自分の子どものような気がします。駅の売店などで並べられ、何日間も、余り減っていないと不憫で仕方がありません。まして刷新号となれば、尚更です。第一号がどんな運命を辿るのか…今から、もうドキドキしています。
もう一つ、風邪をひきそうになっている原因に、先週末の土曜、日曜にも緊張を迫られたという事情があります。土曜は先日、紹介した「男の」料理教室です。
定刻の5分前に会場の都市ガス会社の営業所に到着したところ、空き席は2つ。もう一人は結局、欠席だったので、私がビリでした。見回すと、もう何度もこの教室に参加していそうな猛者もチラホラ。これから作る料理の献立(豚の生姜焼き、キャベツの千切り、シジミのみそ汁、ごはん)を説明する講師のお嬢さんに積極的に段取りなどを質問、提案する人もいました。
それから後の1時間弱の調理時間に何をしていたのか。作業数が多すぎて、あまり記憶にないのです。ただ…
@キャベツと万能ネギを千切りにした。「左手は猫の手ように」と講師の人に言われたので、やってみたら、予想外に上手く切れたけど、あまりに切れる包丁だったので、自宅に帰ってみると、左親指の第一関節(親指は一つしかない)に細かい切り傷が三つ付いてました
Aどういうのか、講師の方々というのは、もっと、何というか、私に近いような年齢の人を想定していたのですが、とんでもない、若くて綺麗で、言葉もハキハキしていて、おまけに3人もいて、参加していたオジさんたちは、とても幸せそうでした
Bやはり、随所にガス器具の宣伝が入りました。コメをといで、鍋でたいたのですが、「この炊飯というボタンを一つ押せば、もうイイんですよ」とささやかれました。ただし、私がその後、メーンのスイッチをオフにしてしまうという失態を演じたので、どうすればよいか分からなくなり、結局、お嬢さんから「じゃあ、重田さんのとこだけ、弱火でやりましょう」と多少、厳しめに諭されました
という3点は覚えています。次回は5月12日です。
日曜日は何度も紹介している茂木先生と中川人司さんの本誌主催の第1回トークショーです。会場は竹橋の一ツ橋講堂。どれだけ参加者があるか、気にかかっていたのですが、真面目な話、400の席がほとんど、全部埋まって、大変感激しました。
私は冒頭、あいさつをしただけで、後は、お二人の「宇宙と脳」という興味たっぷりのトークを聴いていただけなのですが、これがなかなか、目がはなせないと言うか、耳がはなせない話題の連続で、1時間半後、頭の中がとても満腹になりました。
トークショーの後、茂木、中川両氏にはサイン会をして頂いたのですが、その間、私と編集部の二居君は何と茂木先生のご両親と雑談していたのでした。とても明るくて、お話が好きで、しかも、考えがしっかりしていて、なるほど、こういう夫婦から茂木さんのような人が出来るのだな、と一人納得していました。
という訳で今週は始まる前から疲れていたのでした。それでは、また…
追記 最強高校ランク号も大変よく売れました。本当に感謝しております。どうか、刷新後も宜しくお願いします。
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
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| 編集長の「あなろぐ日記」
表紙刷新<一葉の写真>
新聞記者が狩猟民なら、雑誌編集者(記者)は農耕民というのが私の持論です。
新聞は抜いた抜かれたの競争を毎日繰り返していますが、
雑誌はじっくり時間をかけて企画を練り勝負することが多いからです。
今回、表紙の刷新を担当しましたが、これも長い育苗期間を要しました。
生きのよいものに変えようと「表紙プロジェクト」を立ち上げたのが、昨年8月初め。
編集部の青沼隆彦、鷹見安浩と私が中心となって、
人物写真とポップアートの線で企画を出し合いました。
ポップアート分野では芸大出身の新進画家の絵を表紙の形に組んでみたりしました。
一方で青沼は、50人ほどの気鋭カメラマンをリストアップ。
私たちは、何百枚ものグラビアや表紙写真を見ることになりました。
その作業に2か月ほどかかりましたが、検討の結果、人物写真で行うことに決定し、
カメラマン候補も絞り込みました。
そして、水面下で交渉を開始。
私のツテを辿り、丸谷嘉長さんと接触し、
何度かの交渉の末、快諾をいただいたのは11月も終わろうとしていました。
丸谷さんは青沼イチ押しのカメラマンでした。
年が明け、梅崎正直が丸谷さんの担当者としてプロジェクトに加わり、
出演者の人選やアポイント取りを始めました。
一方で、ADの坂下晶夫さんとの交渉や、
中吊りポスター変更のための印刷会社との打ち合わせなど、
あわただしく時間が過ぎていきました。
今回登場いただいた広末涼子さんの撮影は3月9日。
その模様は、4月29日号119ページに詳細がありますが、
広末さんに人工雨をかけるスタッフだけで3人もいたのには驚きました。
結局、企画の立ち上げから刷新号の表紙を校了するまで250日ほどかかりました。
まさに、農耕作業でした。
校了後は、青沼、梅崎、私で青山のピザハウスでささやかな内輪の打ち上げを行いました。ワインに酔った青沼が
「こんな贅沢な表紙は類がないはず。表紙を表現の場として使った」
と話せば、ジンジャエールを飲んでいた梅崎も
「仕上がった写真を見た丸谷さんから『奇跡の1枚が撮れた』と携帯に連絡をもらったときには僕も飛び上がりましたよ」
と興奮気味に語りました。
「ドラマな表紙」と銘打った背景を推察していただければ幸いです。
なお、この写真をポスターにしたものを100名様にプレゼントするので、
奮ってご応募してください。
(ワインがぶ飲みデスクこと下田陽)
新聞は抜いた抜かれたの競争を毎日繰り返していますが、
雑誌はじっくり時間をかけて企画を練り勝負することが多いからです。
今回、表紙の刷新を担当しましたが、これも長い育苗期間を要しました。
生きのよいものに変えようと「表紙プロジェクト」を立ち上げたのが、昨年8月初め。
編集部の青沼隆彦、鷹見安浩と私が中心となって、
人物写真とポップアートの線で企画を出し合いました。
ポップアート分野では芸大出身の新進画家の絵を表紙の形に組んでみたりしました。
一方で青沼は、50人ほどの気鋭カメラマンをリストアップ。
私たちは、何百枚ものグラビアや表紙写真を見ることになりました。
その作業に2か月ほどかかりましたが、検討の結果、人物写真で行うことに決定し、
カメラマン候補も絞り込みました。
そして、水面下で交渉を開始。
私のツテを辿り、丸谷嘉長さんと接触し、
何度かの交渉の末、快諾をいただいたのは11月も終わろうとしていました。
丸谷さんは青沼イチ押しのカメラマンでした。
年が明け、梅崎正直が丸谷さんの担当者としてプロジェクトに加わり、
出演者の人選やアポイント取りを始めました。
一方で、ADの坂下晶夫さんとの交渉や、
中吊りポスター変更のための印刷会社との打ち合わせなど、
あわただしく時間が過ぎていきました。
今回登場いただいた広末涼子さんの撮影は3月9日。
その模様は、4月29日号119ページに詳細がありますが、
広末さんに人工雨をかけるスタッフだけで3人もいたのには驚きました。
結局、企画の立ち上げから刷新号の表紙を校了するまで250日ほどかかりました。
まさに、農耕作業でした。
校了後は、青沼、梅崎、私で青山のピザハウスでささやかな内輪の打ち上げを行いました。ワインに酔った青沼が
「こんな贅沢な表紙は類がないはず。表紙を表現の場として使った」
と話せば、ジンジャエールを飲んでいた梅崎も
「仕上がった写真を見た丸谷さんから『奇跡の1枚が撮れた』と携帯に連絡をもらったときには僕も飛び上がりましたよ」
と興奮気味に語りました。
「ドラマな表紙」と銘打った背景を推察していただければ幸いです。
なお、この写真をポスターにしたものを100名様にプレゼントするので、
奮ってご応募してください。
(ワインがぶ飲みデスクこと下田陽)
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2007/04/11
AERAに!
今週号の「AERA」に実名入りで登場してしまいました。
悪事がバレたのではありません。
「アグネス・ラム人気再び」という記事の中に、
2年前に読売ウイークリーで連載し、
この2月に中公新書ラクレから出版した「アグネス・ラムのいた時代」を紹介するくだりがあり、そこでアグネス好き編集者として紹介されたのです。
これを機にアグネス・ブームが再来し、
そのブームの仕掛け人として私がマスコミの寵児となり、
「アグネス・ラムのいた時代」もベストセラーとなって・・・
と夢は膨らむ一方です。
というわけで今週は、小誌ばかりでなくAERAの売り上げも気になります。
この本(新書のほうです)のアグネスの次のページには、
フラワー・メグという伝説のヌードモデルが載っています。
1971年に19歳でデビューし、きっかり1年間だけ芸能活動して20歳で引退。
テレビに初めて上半身裸で出演したのが彼女で、
団塊の世代なら、その日本人離れしたスタイルと顔立ちを覚えている人も多いはずです。
アグネス、団塊とくれば、平凡パンチでしょう。
イラストレーターの大橋歩さんの表紙はあまりにも有名ですが、
リニューアル第一号の表紙はフラワー・メグの顔の大アップだったのです。
それも、目と鼻と半開きの唇だけの強烈な写真。
それほど人気だった、ということです。
なのに、電撃結婚して芸能界とは縁を切ってしまいました。
この本の共著者である写真家・長友健二さんは懐かしがっていて、
記事の末尾に「編集部に連絡を」とメッセージを書いておきました。
で、先月、ご本人から連絡をもらったのです。
残念ながら長友さんは昨年夏に亡くなってしまったので、
その代わりというわけではありませんが、お目にかかって昔話をしてきました。
もちろん初対面です。
が、こちらの側は懐かしい再会の気分で、ついつい飲んでしまいます。
妖艶な容姿は相変わらず、
フラワー・メグという一風変わった芸名は、
「急につける事になって、目黒に住んでる花だからって決まっちゃったのよ」
と明かしてくれました。
平凡パンチなどで彼女が活躍したのは1971年。
私は14歳ですから、そのヌードが脳裏に焼きついている、というのはいかがなものかーー
帰りの電車ではそんなことを考えました。
(苦悶デスクこと木村透)
悪事がバレたのではありません。
「アグネス・ラム人気再び」という記事の中に、
2年前に読売ウイークリーで連載し、
この2月に中公新書ラクレから出版した「アグネス・ラムのいた時代」を紹介するくだりがあり、そこでアグネス好き編集者として紹介されたのです。
これを機にアグネス・ブームが再来し、
そのブームの仕掛け人として私がマスコミの寵児となり、
「アグネス・ラムのいた時代」もベストセラーとなって・・・
と夢は膨らむ一方です。
というわけで今週は、小誌ばかりでなくAERAの売り上げも気になります。
この本(新書のほうです)のアグネスの次のページには、
フラワー・メグという伝説のヌードモデルが載っています。
1971年に19歳でデビューし、きっかり1年間だけ芸能活動して20歳で引退。
テレビに初めて上半身裸で出演したのが彼女で、
団塊の世代なら、その日本人離れしたスタイルと顔立ちを覚えている人も多いはずです。
アグネス、団塊とくれば、平凡パンチでしょう。
イラストレーターの大橋歩さんの表紙はあまりにも有名ですが、
リニューアル第一号の表紙はフラワー・メグの顔の大アップだったのです。
それも、目と鼻と半開きの唇だけの強烈な写真。
それほど人気だった、ということです。
なのに、電撃結婚して芸能界とは縁を切ってしまいました。
この本の共著者である写真家・長友健二さんは懐かしがっていて、
記事の末尾に「編集部に連絡を」とメッセージを書いておきました。
で、先月、ご本人から連絡をもらったのです。
残念ながら長友さんは昨年夏に亡くなってしまったので、
その代わりというわけではありませんが、お目にかかって昔話をしてきました。
もちろん初対面です。
が、こちらの側は懐かしい再会の気分で、ついつい飲んでしまいます。
妖艶な容姿は相変わらず、
フラワー・メグという一風変わった芸名は、
「急につける事になって、目黒に住んでる花だからって決まっちゃったのよ」
と明かしてくれました。
平凡パンチなどで彼女が活躍したのは1971年。
私は14歳ですから、そのヌードが脳裏に焼きついている、というのはいかがなものかーー
帰りの電車ではそんなことを考えました。
(苦悶デスクこと木村透)
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2007/04/09
4月22日号「次点コーナー」
本誌の「YW私写室」や「読者から」の欄の「次点コーナー」です。
4月9日発売号(4月22日号)の「YW私写室」のお題は
「最後まで手放さない」。
この企画もいよいよ最終回。本誌には10点掲載しています。ご愛読、ありがとうございました。

「赤毛のアンのフィギュア」 40代女性 主婦

「クッション」 40代女性 整体師

「メガネ」 40代男性 会社員

「ダイヤのリング」 20代女性 会社員

「時計」 30代男性 派遣社員

「ポイズンリムーバー」 30代男性 自営業

「パター」 40代男性 会社員

「ハート画像」 20代女性 会社員
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| YW「次点コーナー」
2007/04/06
桜花賞!
さて桜花賞です。
ウオッカ、ダイワスカーレット、アストンマーチャンの3強で決まるのでしょうか。
ウオッカは確かに抜けているように思いますが、
ダイワ、アストンは一枚落ちるのではないでしょうか。
そろって外枠に入りましたが、何かが最内をするすると、
あるいは早め早めのアストンがバテたところを何かが・・・
問題はその何かですが、もう決めています。
1枠1番ショウナンタレントの前残りと、
ハギノルチェーレの差し足に期待して、距離延長がマイナスのアストンは思い切って消し。
買い目は3連単で
@ウオッカAダイワスカーレットBショウナンタレント、ハギノルチェーレ
@ウオッカAショウナンタレント、ハギノルチェーレBダイワスカーレット、エミーズスマイル、ローブデコルテ、ピンクカメオ
これで勝負します。
(穴党デスクこと木村透)
ウオッカ、ダイワスカーレット、アストンマーチャンの3強で決まるのでしょうか。
ウオッカは確かに抜けているように思いますが、
ダイワ、アストンは一枚落ちるのではないでしょうか。
そろって外枠に入りましたが、何かが最内をするすると、
あるいは早め早めのアストンがバテたところを何かが・・・
問題はその何かですが、もう決めています。
1枠1番ショウナンタレントの前残りと、
ハギノルチェーレの差し足に期待して、距離延長がマイナスのアストンは思い切って消し。
買い目は3連単で
@ウオッカAダイワスカーレットBショウナンタレント、ハギノルチェーレ
@ウオッカAショウナンタレント、ハギノルチェーレBダイワスカーレット、エミーズスマイル、ローブデコルテ、ピンクカメオ
これで勝負します。
(穴党デスクこと木村透)
posted by ブログ管理者 at 17:18
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| 穴党デスクの目指せ100万馬券
同窓会!
今週号で「同窓会ビジネス」の特集をやったからでもないでしょうが、
突然、高校を卒業してから一度も会っていない奴から
「おお、柏陽の○○だ。久しぶりだな」
と電話がかかってきました。
実は3年ほど前に、同窓会サイト「ゆびとま」に登録し、
たまに同期の登録者リストを見ていたのですが、
そのうちの一人が「今年で50歳の節目だから同窓会をやろう」と言い出して、
登録者全員に誘いのメールを送ったのです。
ただちに反応して「やろう、やろう」と返信したところ、
同じように反応した○○から電話がかかってきた、というわけです。
早速、今日飲もうじゃないか、と言われたのですが、
締切日とあって泣く泣く断念。
それでも懐かしい連中の消息が何人かわかって、
大企業の社長室長とか霞ヶ関のキャリアだとか、
信じられない出世をしている奴もいて、驚天動地とはこのことです。
さて来週号は、一連の大学合格特集の総決算ともいうべき「最強高校ランク」。
単なる合格者数の順番ではなく、
受かった大学の難易度などを勘案してポイント化しました。
社長室長も生んだわが母校柏陽高校は・・・
(苦悶デスクこと木村透)
突然、高校を卒業してから一度も会っていない奴から
「おお、柏陽の○○だ。久しぶりだな」
と電話がかかってきました。
実は3年ほど前に、同窓会サイト「ゆびとま」に登録し、
たまに同期の登録者リストを見ていたのですが、
そのうちの一人が「今年で50歳の節目だから同窓会をやろう」と言い出して、
登録者全員に誘いのメールを送ったのです。
ただちに反応して「やろう、やろう」と返信したところ、
同じように反応した○○から電話がかかってきた、というわけです。
早速、今日飲もうじゃないか、と言われたのですが、
締切日とあって泣く泣く断念。
それでも懐かしい連中の消息が何人かわかって、
大企業の社長室長とか霞ヶ関のキャリアだとか、
信じられない出世をしている奴もいて、驚天動地とはこのことです。
さて来週号は、一連の大学合格特集の総決算ともいうべき「最強高校ランク」。
単なる合格者数の順番ではなく、
受かった大学の難易度などを勘案してポイント化しました。
社長室長も生んだわが母校柏陽高校は・・・
(苦悶デスクこと木村透)
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| ブログ版編集会議
編集長の「あなろぐ日記」
刷新
先週、このブログで、ちょっと泣きを入れたかも知れませんが、実は、このところ、とても忙しいのです。4月16日発売号ですから、今度の号の次になりますが、ウイークリーを大幅に刷新するのです。
新企画のタイトルを考え、カットを試作して、一回目の原稿を入れて、全体像を確認する。こうした作業を何本も並行して進めてゆきます。このほか、表紙デザイナーとの打ち合わせ、社内向けのプレゼンなどなど…手間は数え上げたらキリがありません。刷新の規模はウイークリーがスタートしてからは、もちろん最大になります。
刷新の大きなポイントは今度の号の編集長後記にも書きましたが、次のような点です。
@誰も見たことのない(ような?)表紙
Aウイークリーは事件報道を重視しますヨ
B週刊誌界の記録を塗り替える?新企画一挙10本
@は、まあ、その時になって、見ていただければ分かります。先日は週刊朝日と週刊現代の表紙が似ている、とウイークリーで、はやしたててしまいましたが、そういった従来の週刊誌の路線を超えた表紙になっています(と、私も写真家も表紙デザイナーも自信を持っています)
Aも読んでもらえば分かります。やっぱり週刊誌ですから、ナマっぽくしたいと熱望しています
Bも、一つ一つの企画が面白いですよ。あの、みうらじゅんさんが、あの泉麻人さんのエッセーに絵を描きます
すっかり宣伝してしまいましたが、おまけにもう一つ。8日の日曜日、東京・一橋講堂でウイークリー主催のトークショーの第一回をやるのです。
本誌おなじみの茂木健一郎さんと、宇宙事業団に以前、いらっしゃって、今は大阪の府立高校の先生をしていらっしゃる中川人司さんの対談です。宇宙や脳という、よく分からないけど、興味がある分野の話をお願いしてあります。当日は私もあいさつしなければならないので、緊張しています。
追記1 医学部号も堅調でした。御礼申し上げます。皆様にはホントにお世話になっています
追記2 ところで、読売ウイークリーでは、昨年度一年間に誌面に掲載された広告の中から優れた作品を選ぶ「読売ウイークリー広告賞」を実施しますが、この審査に参加してみませんか?という、お誘いです。わが編集部も作品の絞り込みなどに参加しています。選考方法は「読売ウイークリー読者選考会」のサイト(http://info.yomiuri.co.jp/mag/yw/)を開いていただければ分かります。サイトは9日(月)からアップしますので、それ以降、参加のほど宜しくお願いします。
追記3 もう一つ思い出しました。今度の号で小田和正さんのインタビュー記事を載せて、表紙にもしているのですが、電車用の中吊り広告で「めぐる季節…60歳・小田和正インタビュー」と見出しをかけようとしたら、周囲から「めぐる季節は松山千春だろう」と止められました。そんなことはない、オフコースだ、といっても、分かってくれたのは約1人。ちなみに松山千春のあの曲の題名は「めぐる季節」ではありません!!
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
先週、このブログで、ちょっと泣きを入れたかも知れませんが、実は、このところ、とても忙しいのです。4月16日発売号ですから、今度の号の次になりますが、ウイークリーを大幅に刷新するのです。
新企画のタイトルを考え、カットを試作して、一回目の原稿を入れて、全体像を確認する。こうした作業を何本も並行して進めてゆきます。このほか、表紙デザイナーとの打ち合わせ、社内向けのプレゼンなどなど…手間は数え上げたらキリがありません。刷新の規模はウイークリーがスタートしてからは、もちろん最大になります。
刷新の大きなポイントは今度の号の編集長後記にも書きましたが、次のような点です。
@誰も見たことのない(ような?)表紙
Aウイークリーは事件報道を重視しますヨ
B週刊誌界の記録を塗り替える?新企画一挙10本
@は、まあ、その時になって、見ていただければ分かります。先日は週刊朝日と週刊現代の表紙が似ている、とウイークリーで、はやしたててしまいましたが、そういった従来の週刊誌の路線を超えた表紙になっています(と、私も写真家も表紙デザイナーも自信を持っています)
Aも読んでもらえば分かります。やっぱり週刊誌ですから、ナマっぽくしたいと熱望しています
Bも、一つ一つの企画が面白いですよ。あの、みうらじゅんさんが、あの泉麻人さんのエッセーに絵を描きます
すっかり宣伝してしまいましたが、おまけにもう一つ。8日の日曜日、東京・一橋講堂でウイークリー主催のトークショーの第一回をやるのです。
本誌おなじみの茂木健一郎さんと、宇宙事業団に以前、いらっしゃって、今は大阪の府立高校の先生をしていらっしゃる中川人司さんの対談です。宇宙や脳という、よく分からないけど、興味がある分野の話をお願いしてあります。当日は私もあいさつしなければならないので、緊張しています。
追記1 医学部号も堅調でした。御礼申し上げます。皆様にはホントにお世話になっています
追記2 ところで、読売ウイークリーでは、昨年度一年間に誌面に掲載された広告の中から優れた作品を選ぶ「読売ウイークリー広告賞」を実施しますが、この審査に参加してみませんか?という、お誘いです。わが編集部も作品の絞り込みなどに参加しています。選考方法は「読売ウイークリー読者選考会」のサイト(http://info.yomiuri.co.jp/mag/yw/)を開いていただければ分かります。サイトは9日(月)からアップしますので、それ以降、参加のほど宜しくお願いします。
追記3 もう一つ思い出しました。今度の号で小田和正さんのインタビュー記事を載せて、表紙にもしているのですが、電車用の中吊り広告で「めぐる季節…60歳・小田和正インタビュー」と見出しをかけようとしたら、周囲から「めぐる季節は松山千春だろう」と止められました。そんなことはない、オフコースだ、といっても、分かってくれたのは約1人。ちなみに松山千春のあの曲の題名は「めぐる季節」ではありません!!
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
posted by ブログ管理者 at 16:04
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| 編集長の「あなろぐ日記」
2007/04/02
4月15日号「次点コーナー」
本誌の「YW私写室」や「読者から」の欄の「次点コーナー」です。
本日4月2日発売号(4月15日号)の「YW私写室」のお題は
「社会人のカバンのなか」。
本誌には16点掲載しています。本誌に載ればジャイアンツグッズを差し上げます。が、ブログ版のほうは何もありません。

「リップとハンドクリーム」 30代女性 主婦

「携帯充電器など」 30代男性 会社員

「電卓、名刺入れ」 30代男性 会社員

「総合美容液」 20代女性 派遣社員

「アドレス帳」 20代女性 会社員

「PDA」 30代男性 会社員

「ボディペーパー」 30代男性 会社員

「4色ボールペン」 30代女性 会社員
posted by ブログ管理者 at 12:00
| TrackBack(46)
| YW「次点コーナー」

