みなさま、お気づきでしょうか。
今週の読売ウイークリーのHPには、いつもなら掲載している
雑誌の表紙がありません。こちらのブログもそうです。
中吊り広告や書店などで、ご覧になった方も多いと思いますが、
俳優、木村拓哉さんの写真を、表紙に掲載しています。
東京国際映画祭のときに、撮影しました。
黒いスーツに身をつつみ、紅葉を背に登壇した木村さん。
山田洋次監督の藤沢周平時代劇3部作の締めとなる
「武士の一分」に主演し、盲目の剣士役を演じています。
私は写真を選びながら、さすがにいいオトコだなあ、
背景の黒に、またネクタイもシャツも黒でそろえた黒スーツ姿が
きまっているなあと思っていまして、表紙になった出来映えにも
かっこいいなあと感じていたのですが…。
発売日である月曜日、とある知り合いからこう言われました。
「今週の表紙、だれだかわからなかった」
ちょっと、いえ、かなり動揺しましたが、このキムタクの写真
をみて、だれかわからないと思う人も、いたんですね。
失礼しました。改めて。今週の表紙は、木村拓哉さんです。
雑誌を手にとってご覧になった方、木村拓哉さんとわかるかどうか、
どうぞご判断ください。
(あれこれデスクこと 笠間亜紀子)
2006/10/31
この人はダレか
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2006/10/30
履修漏れ問題
拡大する一方の高校の社会の履修漏れ問題、
とうとう我が家にも影響が及んできました。
高三の双子の豚児の一人が通う高校では、日本史を教えていなかったそうです。
で、冬休み前、期末テストが終わったあたりで、
1日4時間計15日間日本史の補習授業を行うことになりました。
当然のことながら、当人は
「何で今ごろ。だいたい俺たちは学校の言うとおりに授業を受けてきたのに」と不満顔です。
しかし、別の高校に通う双子のもう一方は、
「こっちは何の興味もないのに両方受けてきたんだから、
ズルしてきた奴は今からでもやるべきだ」と主張します。
それを聞いていた中三のもう一人は、
「まじめに勉強している高校生は全体の半分以下なのだから、
日本史あるいは世界史を学ばないと高校を終えたことにならないという、
制度自体が間違っている。
どっちかひとつにすべきだ」
と、自らの未来を見据えた提言をするのです。
三人の当事者が三様の意見。
文科省が善後策を検討しているようですが、
どういうことにしても、不満、反論がまた起こりそうです。
ま、何十年も前に、そうまじめではなかった方の高校を卒業した身としては、
日本史の授業も世界史の授業も、平等に何の記憶もありません。
今週号のオフタイム欄で取り上げた「父親たちの星条旗」を観てきました。
舞台は第二次世界大戦の激戦地「硫黄島」。
確か日米の戦いで、唯一米軍の死者数が日本軍を上回った場所です。
社会部で防衛庁を担当していたとき、
今は自衛隊と米軍基地の島となっている硫黄島に行ったことがあります。
歴代の防衛庁長官は、激戦地の中の激戦地「硫黄島」を必ず訪問して、
擂鉢山の頂上にある慰霊碑に参ることになっているそうです。
映画で「星条旗」が立てられたあたりで、
この海が米軍の艦船で埋まった、という説明を聞きました。
その時、思い描いたのとそっくりの場面が映画にも出てきました。
擂鉢山は、島の南端。
北側には日本軍が立てこもった洞窟が今も残っています。
そのうちの一つ、野戦病院に使っていたという洞窟に案内されました。
病院ですから、ほかの洞窟よりは快適なのでしょうが、
何しろ火山の島です。
入った瞬間にむっとする熱気。まるでサウナです。
30分と入っていられませんでした。
しかし、当時の日本軍は、
食糧、弾薬が尽きるまでこの中に1か月以上も立てこもったというのです。
そのあたりは硫黄島の映画第二弾で描かれるそうですから、必ずまた観にいきます。
(苦悶デスクこと木村透)
とうとう我が家にも影響が及んできました。
高三の双子の豚児の一人が通う高校では、日本史を教えていなかったそうです。
で、冬休み前、期末テストが終わったあたりで、
1日4時間計15日間日本史の補習授業を行うことになりました。
当然のことながら、当人は
「何で今ごろ。だいたい俺たちは学校の言うとおりに授業を受けてきたのに」と不満顔です。
しかし、別の高校に通う双子のもう一方は、
「こっちは何の興味もないのに両方受けてきたんだから、
ズルしてきた奴は今からでもやるべきだ」と主張します。
それを聞いていた中三のもう一人は、
「まじめに勉強している高校生は全体の半分以下なのだから、
日本史あるいは世界史を学ばないと高校を終えたことにならないという、
制度自体が間違っている。
どっちかひとつにすべきだ」
と、自らの未来を見据えた提言をするのです。
三人の当事者が三様の意見。
文科省が善後策を検討しているようですが、
どういうことにしても、不満、反論がまた起こりそうです。
ま、何十年も前に、そうまじめではなかった方の高校を卒業した身としては、
日本史の授業も世界史の授業も、平等に何の記憶もありません。
今週号のオフタイム欄で取り上げた「父親たちの星条旗」を観てきました。
舞台は第二次世界大戦の激戦地「硫黄島」。
確か日米の戦いで、唯一米軍の死者数が日本軍を上回った場所です。
社会部で防衛庁を担当していたとき、
今は自衛隊と米軍基地の島となっている硫黄島に行ったことがあります。
歴代の防衛庁長官は、激戦地の中の激戦地「硫黄島」を必ず訪問して、
擂鉢山の頂上にある慰霊碑に参ることになっているそうです。
映画で「星条旗」が立てられたあたりで、
この海が米軍の艦船で埋まった、という説明を聞きました。
その時、思い描いたのとそっくりの場面が映画にも出てきました。
擂鉢山は、島の南端。
北側には日本軍が立てこもった洞窟が今も残っています。
そのうちの一つ、野戦病院に使っていたという洞窟に案内されました。
病院ですから、ほかの洞窟よりは快適なのでしょうが、
何しろ火山の島です。
入った瞬間にむっとする熱気。まるでサウナです。
30分と入っていられませんでした。
しかし、当時の日本軍は、
食糧、弾薬が尽きるまでこの中に1か月以上も立てこもったというのです。
そのあたりは硫黄島の映画第二弾で描かれるそうですから、必ずまた観にいきます。
(苦悶デスクこと木村透)
posted by ブログ管理者 at 18:00
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| ブログ版編集会議
11月12日号「次点コーナー」
本日10月30日発売号(11月12日号)の「YW私写室」のお題は
「すでに準備しています」。
本誌には10点掲載しています。本誌に載ればジャイアンツグッズを差し上げます。
が、ブログ版のほうは何もありません。頑張って本誌掲載を目指してください。

「学会会場」 20代男性 学生

「緊急用のライト」 40代男性 会社員

「女の子用の肌着」 30代女性 主婦

「ギター」 20代男性 会社員

「子供の帽子」 30代女性 主婦

「木彫りの弁天様」 40代男性 会社員

「スタッドレスタイヤ」 30代女性 主婦

「ダンベル」 40代男性 会社員
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| YW「次点コーナー」
2006/10/27
編集長の「あなろぐ日記」
驚きました
高校の履修漏れ問題。野火のように拡大していますね。
大学生の子どもが2人もいますが、履修に絡んで、こんな制約があることを不覚にも知りませんでした。
このテーマ、テレビなどで、ちょっと解説してもらえば、問題の所在そのものは分かりやすいし、何より受験期が迫っているだけに大問題になっているのでしょう。
というふうに、私がやや距離を置いているのは、我が家に当事者がいないこと、さらに自分にそんな体験がないからかも知れません。
この前も紹介しましたが、私は約30年前、千葉の木更津高校という学校を卒業しました。私は今風に言えば、ガチガチの私立文系だったのですが、高校時代に受けた授業はーー
理科=地学、生物、物理、化学
社会=日本史、世界史、地理、政経、倫社
芸術は美術と音楽のうち一つ(美術でした)、武術も柔道、剣道から一つ(剣道でした)を選択できましたが、数学は数Vまでやりました。
こんなに、ほとんど全部やらせる学校ですから、履修漏れなんてことは全く頭にありませんでした。
もっとも、それらの教科を真面目に勉強したかどうかは全くの別問題。何しろ、微分と積分の概念も理解できず、両者を区別できないまま、数Vの授業を受けるのですから、ヒマで仕方がありません。内職をするというより、眠たくて、ずっと寝てた覚えがあります。
私とは次元は違うでしょうが、今も、受験に関係なく取らされている授業に関しては、生徒たちは「かったるいナ」と思っているはずです。
だから、無理矢理、生徒に望まない授業を押しつける必要はないーーとは言いません。社会で世界史が大事なのか、日本史が大事なのか(私は受験で日本史を取ったので大の日本史派です)は、判断できませんが、みんなで?(文部科学省とうい役所で)決めたことになっているので、フェア、アンフェアの観点から、決められたものは、どんな授業でも受けるべきではないでしょうか。
今後、この問題がどう収束するのかは見通せませんが、次のような観点が必要でしょう。
@履修漏れがあった高校は、生徒にこれから履修させると言っているが、その時期をどうするか。入試が終わってからにすべきという論と、そうすると、きちんと履修した他の学校の生徒との間に不公平が生じるといった論もあるようですが、受験勉強と+αの授業が重なって、実際に生徒が倒れたらどうします?
A誰に責任があるのか明確にしないと。これだけ、各地でボロボロ問題が出てくるのですから、こうした問題があることを、ひょっとすると、文科省も知っていたし、県教委も知っていたし、もちろん、校長も知っていたし、世界史の先生も知っていたし、下手をすれば生徒も知っていた…つまり、総ぐるみだったという可能性があります。誰をどう処分するかをはっきりしないと、また同様の問題は起きるでしょう
Bホントに履修すべき教科というのは何なのかを考えるべきでしょう。教育界は少子化を背景に生き残り競争が激化し、学校も公立を含め、自主性が求められています。そんな時代背景を踏まえて、誰がどう、何の教科を選ぶのか、その仕組みも含めて、1年ぐらいで見直しが必要なのでは
ちょっと、固いことを書きましたが、それだけ、今度の問題には驚いたし、非論理的なところが多いなと感じてしまった訳です。
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
高校の履修漏れ問題。野火のように拡大していますね。
大学生の子どもが2人もいますが、履修に絡んで、こんな制約があることを不覚にも知りませんでした。
このテーマ、テレビなどで、ちょっと解説してもらえば、問題の所在そのものは分かりやすいし、何より受験期が迫っているだけに大問題になっているのでしょう。
というふうに、私がやや距離を置いているのは、我が家に当事者がいないこと、さらに自分にそんな体験がないからかも知れません。
この前も紹介しましたが、私は約30年前、千葉の木更津高校という学校を卒業しました。私は今風に言えば、ガチガチの私立文系だったのですが、高校時代に受けた授業はーー
理科=地学、生物、物理、化学
社会=日本史、世界史、地理、政経、倫社
芸術は美術と音楽のうち一つ(美術でした)、武術も柔道、剣道から一つ(剣道でした)を選択できましたが、数学は数Vまでやりました。
こんなに、ほとんど全部やらせる学校ですから、履修漏れなんてことは全く頭にありませんでした。
もっとも、それらの教科を真面目に勉強したかどうかは全くの別問題。何しろ、微分と積分の概念も理解できず、両者を区別できないまま、数Vの授業を受けるのですから、ヒマで仕方がありません。内職をするというより、眠たくて、ずっと寝てた覚えがあります。
私とは次元は違うでしょうが、今も、受験に関係なく取らされている授業に関しては、生徒たちは「かったるいナ」と思っているはずです。
だから、無理矢理、生徒に望まない授業を押しつける必要はないーーとは言いません。社会で世界史が大事なのか、日本史が大事なのか(私は受験で日本史を取ったので大の日本史派です)は、判断できませんが、みんなで?(文部科学省とうい役所で)決めたことになっているので、フェア、アンフェアの観点から、決められたものは、どんな授業でも受けるべきではないでしょうか。
今後、この問題がどう収束するのかは見通せませんが、次のような観点が必要でしょう。
@履修漏れがあった高校は、生徒にこれから履修させると言っているが、その時期をどうするか。入試が終わってからにすべきという論と、そうすると、きちんと履修した他の学校の生徒との間に不公平が生じるといった論もあるようですが、受験勉強と+αの授業が重なって、実際に生徒が倒れたらどうします?
A誰に責任があるのか明確にしないと。これだけ、各地でボロボロ問題が出てくるのですから、こうした問題があることを、ひょっとすると、文科省も知っていたし、県教委も知っていたし、もちろん、校長も知っていたし、世界史の先生も知っていたし、下手をすれば生徒も知っていた…つまり、総ぐるみだったという可能性があります。誰をどう処分するかをはっきりしないと、また同様の問題は起きるでしょう
Bホントに履修すべき教科というのは何なのかを考えるべきでしょう。教育界は少子化を背景に生き残り競争が激化し、学校も公立を含め、自主性が求められています。そんな時代背景を踏まえて、誰がどう、何の教科を選ぶのか、その仕組みも含めて、1年ぐらいで見直しが必要なのでは
ちょっと、固いことを書きましたが、それだけ、今度の問題には驚いたし、非論理的なところが多いなと感じてしまった訳です。
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
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2006/10/26
天皇賞枠順決定!
来週月曜発売号に向けての作業が佳境を迎えています。
中吊り広告の見出し会議も終えて、
残っている原稿はあと3−4本。
という超多忙の編集部ですが、
天皇賞の枠順が決定したとあっては、何はおいても検討しなければなりません。
1番人気は京都大賞典をものの見事に差しきったスイープトウショウでしょうか。
続いて毎日王冠の1,2着だと思いますが、
先行したいダイワメジャーは外の14番に入ってやや割り引き。
それにしてもバラゲーが出なくなって、
いったい、何が逃げるのでしょうか。さっぱりわかりません。
4番に入ったダンス、8番のコスモあたりはすんなり先行できそうな好枠に入りました。
何だかスローペースの瞬発力勝負になりそうな気配です。
となればスイープでしょうが、それではおもしろくありません。
毎日王冠組では1、2着馬ばかりが取りざたされていますけど、
私が狙っているのは、
その後ろにいたカンパニーとオースミグラスワンの2頭です。
カンパニーはやや不利があっての5着。
出遅れたオースミは8着でしたが、メンバー最速の33.9秒で追い込んできました。
距離が延びるのも歓迎です。
ラスト50メートルでこの2頭が大外を飛んできて・・・
(穴党デスクこと木村透)
中吊り広告の見出し会議も終えて、
残っている原稿はあと3−4本。
という超多忙の編集部ですが、
天皇賞の枠順が決定したとあっては、何はおいても検討しなければなりません。
1番人気は京都大賞典をものの見事に差しきったスイープトウショウでしょうか。
続いて毎日王冠の1,2着だと思いますが、
先行したいダイワメジャーは外の14番に入ってやや割り引き。
それにしてもバラゲーが出なくなって、
いったい、何が逃げるのでしょうか。さっぱりわかりません。
4番に入ったダンス、8番のコスモあたりはすんなり先行できそうな好枠に入りました。
何だかスローペースの瞬発力勝負になりそうな気配です。
となればスイープでしょうが、それではおもしろくありません。
毎日王冠組では1、2着馬ばかりが取りざたされていますけど、
私が狙っているのは、
その後ろにいたカンパニーとオースミグラスワンの2頭です。
カンパニーはやや不利があっての5着。
出遅れたオースミは8着でしたが、メンバー最速の33.9秒で追い込んできました。
距離が延びるのも歓迎です。
ラスト50メートルでこの2頭が大外を飛んできて・・・
(穴党デスクこと木村透)
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2006/10/23
講義続報
先週の九州大での講義について、受講した学生123人の感想文が届きました。
早速全部読んでみました。
「雑誌ジャーナリズムと新聞社系週刊誌の役割」というタイトルの講義ですから、
まあ、この分野に関心がある学生諸君が聴いてくれたのだと思います。
で、123人中実に44人が「週刊誌を読まない」と書いてくれました。
「あまりなじみがなく、歯医者で読む程度」
「オジサンが読むものというイメージで」
「週刊誌というとよくないイメージを持っていた」などなど。
「週刊誌を買ったことはない」と断言してくれた学生も11人。
雑誌作りを仕事にしているオジサンとしてはかなり衝撃的です。
逆に興味があってよく読むという人はわずか4人。
「雑誌に興味があるので講義はおもしろかった」
「学生向けの雑誌の編集に携わっていたので・・・」
「男性向け週刊誌やスポーツ新聞が好きで・・」(女子学生)
ただ、30年前を振り返って、自分が週刊誌を読んでいたかというと・・・
何の記憶もありません。
ケータイやネットの普及で若者が週刊誌からより離れたことはあるかもしれませんが、
まあ、昔から「学生と週刊誌の距離」はこんなものだったような気もします。
講義の内容については、学問部分を省略してエピソードに徹したせいか大変に好評で、
「時間がとても早く感じられ、まだまだお話を聴きたかった」という女子学生も。
いやあ、涙が出そうです。
さてこの講義は、読売新聞社と九州大学がタイアップして開設しているのですが、
新聞社としては若者に新聞、雑誌、活字に少しでも興味を持ってほしい
という目的があります。
読売ウイークリー編集部としても、何人かでも読者になってくれたら、と願っています。
その点から言えば、十分にその職責を果たしたか、と。
こんな具合です。
「今後週刊誌を読んでみようかと思った学生」=11人
中には
「次に書店に行ったときに是非読売ウイークリーを手に取る」
「読売新聞と合わせて定期購読したい」という学生もいました。
さらに、
「取材の世界に身を投じたくなった」
「新聞記者志望だが、将来の候補に編集者も入れる」
「就職の候補にぜひメディアも入れてみようと・・・」
「公務員志望だったが、新聞社も検討する」
という声も。
学生の就職観にもインパクトを与えた有意義な講義、と言えるのではないでしょうか。
来月は都内の大学で同じような講義をするのですが、何だか自信が湧いてきました。
(苦悶デスクこと木村透)
早速全部読んでみました。
「雑誌ジャーナリズムと新聞社系週刊誌の役割」というタイトルの講義ですから、
まあ、この分野に関心がある学生諸君が聴いてくれたのだと思います。
で、123人中実に44人が「週刊誌を読まない」と書いてくれました。
「あまりなじみがなく、歯医者で読む程度」
「オジサンが読むものというイメージで」
「週刊誌というとよくないイメージを持っていた」などなど。
「週刊誌を買ったことはない」と断言してくれた学生も11人。
雑誌作りを仕事にしているオジサンとしてはかなり衝撃的です。
逆に興味があってよく読むという人はわずか4人。
「雑誌に興味があるので講義はおもしろかった」
「学生向けの雑誌の編集に携わっていたので・・・」
「男性向け週刊誌やスポーツ新聞が好きで・・」(女子学生)
ただ、30年前を振り返って、自分が週刊誌を読んでいたかというと・・・
何の記憶もありません。
ケータイやネットの普及で若者が週刊誌からより離れたことはあるかもしれませんが、
まあ、昔から「学生と週刊誌の距離」はこんなものだったような気もします。
講義の内容については、学問部分を省略してエピソードに徹したせいか大変に好評で、
「時間がとても早く感じられ、まだまだお話を聴きたかった」という女子学生も。
いやあ、涙が出そうです。
さてこの講義は、読売新聞社と九州大学がタイアップして開設しているのですが、
新聞社としては若者に新聞、雑誌、活字に少しでも興味を持ってほしい
という目的があります。
読売ウイークリー編集部としても、何人かでも読者になってくれたら、と願っています。
その点から言えば、十分にその職責を果たしたか、と。
こんな具合です。
「今後週刊誌を読んでみようかと思った学生」=11人
中には
「次に書店に行ったときに是非読売ウイークリーを手に取る」
「読売新聞と合わせて定期購読したい」という学生もいました。
さらに、
「取材の世界に身を投じたくなった」
「新聞記者志望だが、将来の候補に編集者も入れる」
「就職の候補にぜひメディアも入れてみようと・・・」
「公務員志望だったが、新聞社も検討する」
という声も。
学生の就職観にもインパクトを与えた有意義な講義、と言えるのではないでしょうか。
来月は都内の大学で同じような講義をするのですが、何だか自信が湧いてきました。
(苦悶デスクこと木村透)
posted by ブログ管理者 at 17:49
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| ブログ版編集会議
11月5日号「次点コーナー」
本日10月23日発売号(11月5日号)の「YW私写室」のお題は
「秋の夜長を楽しむ」。
本誌には10点掲載しています。本誌に載ればジャイアンツグッズを差し上げます。
が、ブログ版のほうは何もありません。頑張って本誌掲載を目指してください。

「テレビとスピーカー」 20代男性 会社員

「クリのケーキ」 30代女性 パート

「パソコン」 20代女性 主婦

「大人の塗り絵」 20代女性 主婦

「三国志」 40代男性 自営業

「天使の置物」 20代女性 会社員

「プラモデル」 20代男性 会社員

「ラジオ」 30代男性 会社員
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| YW「次点コーナー」
2006/10/20
編集長の「あなろぐ日記」
団塊ジュニア
私がウイークリーの編集長になったのは8月ですが、編集部には今年1月にやって来ました。その直前は経済部で「あっと ほーむ ケイザイ」という火曜夕刊の経済特集を担当していました。
特集ページは毎週4ページ(今は2ページに減ってしまいました)ですが、その中に消費トレンドを紹介するコーナーがあって、ある時、団塊ジュニアの消費行動を取り上げました。
団塊ジュニアというのは、文字通り団塊の世代の子ども世代、年ごろで言うと、諸説あるのですが、まあ30〜35歳ぐらいでしょうか。
百貨店やシンクタンクなどに話を聞いてみると、実はこの世代、趣味趣向が多様過ぎて、消費動向が把握できないため、困っていると言うのです。
少年少女期にバブルを味わったせいか、タカモノには目は利くが、何としても、それをゲットしようとする“執念”はうかがえない。一方で、中高年に比べ、公的年金などには期待をあまり寄せていないためか、意外にガッチリもしている。
そうそう、学生運動やベトナム戦争といった、その世代なら共通して体験した大きな出来事もないため、同世代間の連帯感や共感といったものもうかがえない、と説明した大学の先生もいました。
まあ、それはそれ、他の世代も分かりやすそうに見えて、実際には分かりにくい所があるのだから、特段、気にすることもないと思うのですが、私が団塊ジュニアについて感じるのは、大変、可哀想な「としの巡り」だなということです。
団塊世代の子どもたちですから、当然に人口は多くて(確かめたわけではありません)、受験なども競争が激しかったことでしょう。そして、就職。よせばいいのに、90年代後半の日本経済は、山一証券破綻に象徴されるようにどん底状態で、就職も氷河期と呼ばれていました。
やっと就職しても、今度は企業のリストラの嵐。そこで生き残ったとしても、いなくなった仲間の分までカバーするため、残業漬けのサラリーマン生活を余儀なくされたーーという具合です。
23日発売のウイークリーのトップ記事は、そんな団塊ジュニアがさらに窮地に立たされそうだという話です。財界団体が、年収400万円以上のサラリーマンなら、役職に関わらず、残業代をつけずに、裁量労働の対象にしようと検討中なのです。
もし、それが実現すれば、残業代でどうにか暮らしている30代のサラリーマンを直撃することに。団塊ジュニアが子どもの頃から負ってきた数々の苦渋にも配慮して、企業の皆さん方には、どうか再考を願いたいものです。そして、ジュニアのみなさん。どうか、力強く生きて下さい!
それでは、また。
私がウイークリーの編集長になったのは8月ですが、編集部には今年1月にやって来ました。その直前は経済部で「あっと ほーむ ケイザイ」という火曜夕刊の経済特集を担当していました。
特集ページは毎週4ページ(今は2ページに減ってしまいました)ですが、その中に消費トレンドを紹介するコーナーがあって、ある時、団塊ジュニアの消費行動を取り上げました。
団塊ジュニアというのは、文字通り団塊の世代の子ども世代、年ごろで言うと、諸説あるのですが、まあ30〜35歳ぐらいでしょうか。
百貨店やシンクタンクなどに話を聞いてみると、実はこの世代、趣味趣向が多様過ぎて、消費動向が把握できないため、困っていると言うのです。
少年少女期にバブルを味わったせいか、タカモノには目は利くが、何としても、それをゲットしようとする“執念”はうかがえない。一方で、中高年に比べ、公的年金などには期待をあまり寄せていないためか、意外にガッチリもしている。
そうそう、学生運動やベトナム戦争といった、その世代なら共通して体験した大きな出来事もないため、同世代間の連帯感や共感といったものもうかがえない、と説明した大学の先生もいました。
まあ、それはそれ、他の世代も分かりやすそうに見えて、実際には分かりにくい所があるのだから、特段、気にすることもないと思うのですが、私が団塊ジュニアについて感じるのは、大変、可哀想な「としの巡り」だなということです。
団塊世代の子どもたちですから、当然に人口は多くて(確かめたわけではありません)、受験なども競争が激しかったことでしょう。そして、就職。よせばいいのに、90年代後半の日本経済は、山一証券破綻に象徴されるようにどん底状態で、就職も氷河期と呼ばれていました。
やっと就職しても、今度は企業のリストラの嵐。そこで生き残ったとしても、いなくなった仲間の分までカバーするため、残業漬けのサラリーマン生活を余儀なくされたーーという具合です。
23日発売のウイークリーのトップ記事は、そんな団塊ジュニアがさらに窮地に立たされそうだという話です。財界団体が、年収400万円以上のサラリーマンなら、役職に関わらず、残業代をつけずに、裁量労働の対象にしようと検討中なのです。
もし、それが実現すれば、残業代でどうにか暮らしている30代のサラリーマンを直撃することに。団塊ジュニアが子どもの頃から負ってきた数々の苦渋にも配慮して、企業の皆さん方には、どうか再考を願いたいものです。そして、ジュニアのみなさん。どうか、力強く生きて下さい!
それでは、また。
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
posted by ブログ管理者 at 15:39
| TrackBack(121)
| 編集長の「あなろぐ日記」
菊花賞は
ディープインパクトも大問題ですが、
小欄のテーマはあくまで菊花賞です。
メイショウサムソンの三冠はなるのでしょうか。
距離不安もないし、かなり有望だと思います。
しかし、それでは穴党の名が泣きます。
アエローザから、と思っていたのですが、回避では仕方ありません。
それならネヴァブションとアペリティフで勝負です。
ネヴァは、あのデルタブルースと同じ九十九里特別からの転戦。
夏以降に古馬に勝った馬といえば、
デルタのほかにマンハッタンカフェ、ヒシミラクルを思い出します。
アペリティフは神戸新聞杯9着ですが、これは不利を受けてのもの。
ダービーは13番人気で6着。
ずっと2000以上の距離を使われているのも好感です。
アンカツがザッツザプレンティの時のようにロングスパートして・・・
もちろん、サムソンを軽視するわけではありません。
買い目はやはり3連単フォーメーションで、
1、2着にネヴァ・アペ・サムソン
3着にはこの3頭に
アドマイヤメイン、ドリームパスポート、マルカシェンクを加えて計24点。
(穴党デスクこと木村透)
小欄のテーマはあくまで菊花賞です。
メイショウサムソンの三冠はなるのでしょうか。
距離不安もないし、かなり有望だと思います。
しかし、それでは穴党の名が泣きます。
アエローザから、と思っていたのですが、回避では仕方ありません。
それならネヴァブションとアペリティフで勝負です。
ネヴァは、あのデルタブルースと同じ九十九里特別からの転戦。
夏以降に古馬に勝った馬といえば、
デルタのほかにマンハッタンカフェ、ヒシミラクルを思い出します。
アペリティフは神戸新聞杯9着ですが、これは不利を受けてのもの。
ダービーは13番人気で6着。
ずっと2000以上の距離を使われているのも好感です。
アンカツがザッツザプレンティの時のようにロングスパートして・・・
もちろん、サムソンを軽視するわけではありません。
買い目はやはり3連単フォーメーションで、
1、2着にネヴァ・アペ・サムソン
3着にはこの3頭に
アドマイヤメイン、ドリームパスポート、マルカシェンクを加えて計24点。
(穴党デスクこと木村透)
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| 穴党デスクの目指せ100万馬券
写真から甦る記憶
1枚の家族写真がありました。
両親と幼い姉妹2人が噴水を背に写っていました。
インタビューとともに、幼いころなどの写真も掲載している
本誌の連載「家族のかたち」用に、お借りしたものでした。
何歳ぐらいか。どこでどういうときにとったか。
わかる範囲で、記事では説明しています。
お借りしただけでまだわかりませんでした。
ですが、写真をじっと見ているうちに、
私は突然、撮られた場所がどこかひらめいたのです。ある確信をもって。
これは、万博だ。
同世代の同僚2人にも聞いてみました。
1人は写っている服装などに、「こういう格好で行った」
と言いました。
もう1人は、背景のスミに写った屋根と思われる部分に、
「これは、太陽の塔の周囲にあった屋根では」
と見ました。さらに、ソ連館の屋根らしきものも
指摘してくれました。
その後、写っている噴水は
まさに、万博会場にあるものだとわかりました。
イサムノグチの作品でした。
いまは、水が還流していませんが、会期中は
手元の写真通り四角い水柱に見えたのです。
それからひとしきり、それぞれ自分が行った
万博話で盛り上がりました。
大阪万博はもう36年前になりますが、
意外によく覚えているものです。
小学生だった私は、家族で夏休みに行きました。
暑くて、どこもかしこも人が一杯でくたびれて…。
たまたま母の体調が優れず、何時間も並ぶ有名パビリオンには
行けませんでした。月の石も見ていません。
それでも、子どもの私には十分に楽しめたのです。
先方からも、果たして「あれは万博にいったときの写真です」
と確認がとれました。
写真を提供してくださったのは、歌手の大西ユカリさん。
1964年大阪生まれで、「昭和残唱」などで歌謡曲をソウルフルに
歌う方です。
日本中が夢を見ていた時代の、幸せそうな家族写真。
その後、その家族はどうなったか――。
10月23日発売の11月5日号に掲載します。
昭和世代の方々、記事とともに万博会場で撮った写真もご覧下さい。
あれこれデスクこと 笠間亜紀子
両親と幼い姉妹2人が噴水を背に写っていました。
インタビューとともに、幼いころなどの写真も掲載している
本誌の連載「家族のかたち」用に、お借りしたものでした。
何歳ぐらいか。どこでどういうときにとったか。
わかる範囲で、記事では説明しています。
お借りしただけでまだわかりませんでした。
ですが、写真をじっと見ているうちに、
私は突然、撮られた場所がどこかひらめいたのです。ある確信をもって。
これは、万博だ。
同世代の同僚2人にも聞いてみました。
1人は写っている服装などに、「こういう格好で行った」
と言いました。
もう1人は、背景のスミに写った屋根と思われる部分に、
「これは、太陽の塔の周囲にあった屋根では」
と見ました。さらに、ソ連館の屋根らしきものも
指摘してくれました。
その後、写っている噴水は
まさに、万博会場にあるものだとわかりました。
イサムノグチの作品でした。
いまは、水が還流していませんが、会期中は
手元の写真通り四角い水柱に見えたのです。
それからひとしきり、それぞれ自分が行った
万博話で盛り上がりました。
大阪万博はもう36年前になりますが、
意外によく覚えているものです。
小学生だった私は、家族で夏休みに行きました。
暑くて、どこもかしこも人が一杯でくたびれて…。
たまたま母の体調が優れず、何時間も並ぶ有名パビリオンには
行けませんでした。月の石も見ていません。
それでも、子どもの私には十分に楽しめたのです。
先方からも、果たして「あれは万博にいったときの写真です」
と確認がとれました。
写真を提供してくださったのは、歌手の大西ユカリさん。
1964年大阪生まれで、「昭和残唱」などで歌謡曲をソウルフルに
歌う方です。
日本中が夢を見ていた時代の、幸せそうな家族写真。
その後、その家族はどうなったか――。
10月23日発売の11月5日号に掲載します。
昭和世代の方々、記事とともに万博会場で撮った写真もご覧下さい。
あれこれデスクこと 笠間亜紀子
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2006/10/17
冷や汗
九州大での講義、無事というか何と言うか、
とりあえずこなしてきました。
時間は90分。テーマは「雑誌ジャーナリズムと新聞社系週刊誌の役割」。
担当教授との事前の打ち合わせによると、
素人が教壇に立つと、
大抵の場合は時間が余って立ち往生する、ということでした。
一応はしゃべる順番と中身を書いたカンペを持参していたので
「何とかなると思います」と答えたのですが、
結局やっぱり時間が余って
「この辺で質疑応答にします」と助け舟を出してもらいました。
困ったのは、どこを見て話せばいいのか、ということ。
前から3列目あたりの女子学生グループを見て話し出したのですが、
何が嫌だったのか視線をはずされてしまい、
あとは視線を虚空にさまよわせての一人相撲。
正面から見ると、怪しい感じだったかもしれません。
それでも、笑ってくれれば、
と思って準備しておいたエピソードの半分には反応してくれて、雰囲気はまずまず。
「メディア・スクラムについての考え方は」
「実名報道と匿名の境目は」などと質問も活発で、
担当教授からは「立派な合格です」と言っていただきました。
ま、後日、受講した学生全員が書いた感想を送ってくれるそうなので、
その時「ほんとの合否」がわかると思います。
(苦悶デスクこと木村透)
とりあえずこなしてきました。
時間は90分。テーマは「雑誌ジャーナリズムと新聞社系週刊誌の役割」。
担当教授との事前の打ち合わせによると、
素人が教壇に立つと、
大抵の場合は時間が余って立ち往生する、ということでした。
一応はしゃべる順番と中身を書いたカンペを持参していたので
「何とかなると思います」と答えたのですが、
結局やっぱり時間が余って
「この辺で質疑応答にします」と助け舟を出してもらいました。
困ったのは、どこを見て話せばいいのか、ということ。
前から3列目あたりの女子学生グループを見て話し出したのですが、
何が嫌だったのか視線をはずされてしまい、
あとは視線を虚空にさまよわせての一人相撲。
正面から見ると、怪しい感じだったかもしれません。
それでも、笑ってくれれば、
と思って準備しておいたエピソードの半分には反応してくれて、雰囲気はまずまず。
「メディア・スクラムについての考え方は」
「実名報道と匿名の境目は」などと質問も活発で、
担当教授からは「立派な合格です」と言っていただきました。
ま、後日、受講した学生全員が書いた感想を送ってくれるそうなので、
その時「ほんとの合否」がわかると思います。
(苦悶デスクこと木村透)
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2006/10/16
10月29日号「次点コーナー」
本日10月16日発売号(10月29日号)の「YW私写室」のお題は
「やっと見つけた!」。
本誌には10点掲載しています。本誌に載ればジャイアンツグッズを差し上げます。
が、ブログ版のほうは何もありません。頑張って本誌掲載を目指してください。

「ネックレス」 30代女性 派遣社員

「ジッポーライター」 30代女性 会社員

「沖縄産の唐辛子とラー油」 20代女性 パートタイマー

「デグー」 20代女性 フリーター

「水槽」 30代男性 会社員

「漫才ゲーム」 30代女性 主婦

「靴下」 20代男性 フリーター

「自動車の鍵」 30代男性 会社員
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| YW「次点コーナー」
2006/10/14
秋華賞
秋華賞はブルーメンブラット、シェルズレイを軸に3連単で。
ローズSを差しきったアドマイヤキッス、
無敗のオークス馬カワカミプリンセスにも敬意を表します。
ブルーメンブラットはあのティコティコタックと同じ大倉山特別からの挑戦。
その前走の2着、3着が次走で勝ち上がったレベルの高いレースで
自らペースを作ってのレコード勝ちですから、相当なものです。
シェルズレイは現段階で9番人気。
ローズSでは1番人気のキッスからわずか0.1秒差の2着に踏みとどまったのに、
この低評価です。
ローズSで好走したのに本番で低評価、
それに憤慨したのか本番で激走したブゼンキャンドルを思い起こします。
例によって勝負は3連単フォーメーション
1、2着にブルー、シェルズ、キッス、プリンセスを
3着にはキストゥへヴン、フサイチパンドラも加えます。
(穴党デスクこと・木村透)
ローズSを差しきったアドマイヤキッス、
無敗のオークス馬カワカミプリンセスにも敬意を表します。
ブルーメンブラットはあのティコティコタックと同じ大倉山特別からの挑戦。
その前走の2着、3着が次走で勝ち上がったレベルの高いレースで
自らペースを作ってのレコード勝ちですから、相当なものです。
シェルズレイは現段階で9番人気。
ローズSでは1番人気のキッスからわずか0.1秒差の2着に踏みとどまったのに、
この低評価です。
ローズSで好走したのに本番で低評価、
それに憤慨したのか本番で激走したブゼンキャンドルを思い起こします。
例によって勝負は3連単フォーメーション
1、2着にブルー、シェルズ、キッス、プリンセスを
3着にはキストゥへヴン、フサイチパンドラも加えます。
(穴党デスクこと・木村透)
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| 穴党デスクの目指せ100万馬券
2006/10/13
編集長の「あなろぐ日記」
谷の向こう
16日発売のウイークリーは、ちょっと欲張った内容です。もちろん、北朝鮮の特集。これに加えて、教育モノで「付属校」を大きく取り上げました。さらに、企業モノのワイドを組みました。
ワイドのテーマは「思惑はずれた企業たち」です。企業業績が総じて好調な中、今ひとつ波に乗れない企業を6つほど集めました。
そのメーンが日産自動車です。国内販売が低迷する一方で、GMとの交渉も上手く行かず、カルロス・ゴーン社長の神通力にも翳りが見えた?という内容です。
週刊誌ですから、関係者にとって耳が痛い話を書かなくてはならない時もあります。ただ、私の場合、経済部時代も特に自動車産業に愛着を持っていて、日産やトヨタの関係者にも取材で随分と協力を頂いたので、ちょっと辛い感じもします。
ただ、これぐらいで、日産が萎む会社でないことは重々、承知しています。2年ほど前に日産グループの広報担当者が約30人ぐらいで読売新聞を見学した際に、私はこんな話をしました。
「経済部記者をもう十数年やっているが、日産ほど浮き沈みが激しい会社を見たことがない」
というのも、私が初めて自動車を担当したのは89年ぐらいでしたが、当時はバブル全盛期、その象徴に「シーマ現象」(ご記憶の方も多いと思います)という言葉がありました。それくらい、日産は高級車を中心に売り上げを伸ばしていました。
もっとも、その数年前は、小説にも取り上げられた労働組合との軋轢や、国内販売網の脆弱さが指摘された「谷の時代」でした。
私が担当を去って、バブルも終わると、今度は日産は過剰設備問題に苦しみ、神奈川・座間工場などの生産設備見直しを迫られる「谷」に逆戻り。
それからゴーン氏が登場して、「コストカッター」の異名通り、効率化を進め、会社を立ち直らせたわけです。
その後が今で、つまり、日産は20年ぐらいの間に、谷から山、さらに谷、その後、山になって、もう一度、谷という目まぐるしいジェットコースターの経営を続けてきたことになります。
なぜ、谷になるのか、というより、なぜ、谷を越えられるのかを考えてみると、しっかりした技術力のようなものに加えて、社風のようなものを感じます。
どこか都会風で、業界二番手の明るさがあって…そんな会社に、社員は忠誠心というよりは愛着を感じているのではないでしょうか。もちろん、リストラの歴史もありましたが、愛着があるから、逆境には全社的な力が出せるような気がします。
谷の次には山が来ます。少なくとも日産の歴史を見る限りそうでしょう。ウイークリーの記事に舌打ちする日産の関係者の顔も思い浮かびます。中には大変、お世話になった方も多いはずです。でも、期待してますよ。今後に
16日発売のウイークリーは、ちょっと欲張った内容です。もちろん、北朝鮮の特集。これに加えて、教育モノで「付属校」を大きく取り上げました。さらに、企業モノのワイドを組みました。
ワイドのテーマは「思惑はずれた企業たち」です。企業業績が総じて好調な中、今ひとつ波に乗れない企業を6つほど集めました。
そのメーンが日産自動車です。国内販売が低迷する一方で、GMとの交渉も上手く行かず、カルロス・ゴーン社長の神通力にも翳りが見えた?という内容です。
週刊誌ですから、関係者にとって耳が痛い話を書かなくてはならない時もあります。ただ、私の場合、経済部時代も特に自動車産業に愛着を持っていて、日産やトヨタの関係者にも取材で随分と協力を頂いたので、ちょっと辛い感じもします。
ただ、これぐらいで、日産が萎む会社でないことは重々、承知しています。2年ほど前に日産グループの広報担当者が約30人ぐらいで読売新聞を見学した際に、私はこんな話をしました。
「経済部記者をもう十数年やっているが、日産ほど浮き沈みが激しい会社を見たことがない」
というのも、私が初めて自動車を担当したのは89年ぐらいでしたが、当時はバブル全盛期、その象徴に「シーマ現象」(ご記憶の方も多いと思います)という言葉がありました。それくらい、日産は高級車を中心に売り上げを伸ばしていました。
もっとも、その数年前は、小説にも取り上げられた労働組合との軋轢や、国内販売網の脆弱さが指摘された「谷の時代」でした。
私が担当を去って、バブルも終わると、今度は日産は過剰設備問題に苦しみ、神奈川・座間工場などの生産設備見直しを迫られる「谷」に逆戻り。
それからゴーン氏が登場して、「コストカッター」の異名通り、効率化を進め、会社を立ち直らせたわけです。
その後が今で、つまり、日産は20年ぐらいの間に、谷から山、さらに谷、その後、山になって、もう一度、谷という目まぐるしいジェットコースターの経営を続けてきたことになります。
なぜ、谷になるのか、というより、なぜ、谷を越えられるのかを考えてみると、しっかりした技術力のようなものに加えて、社風のようなものを感じます。
どこか都会風で、業界二番手の明るさがあって…そんな会社に、社員は忠誠心というよりは愛着を感じているのではないでしょうか。もちろん、リストラの歴史もありましたが、愛着があるから、逆境には全社的な力が出せるような気がします。
谷の次には山が来ます。少なくとも日産の歴史を見る限りそうでしょう。ウイークリーの記事に舌打ちする日産の関係者の顔も思い浮かびます。中には大変、お世話になった方も多いはずです。でも、期待してますよ。今後に
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
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2006/10/12
特別講義
北朝鮮問題で部内はまだ揺れています。
校了直前まで騒ぎが続きそうですが、
個人的には、さらに気にかかることがあって揺れています。
実は明日、九州大学で講義をしなければならないのです。
九大と読売新聞社がタイアップしている特別講義で、
「ジャーナリズムの現場から」。
その目的は「時事問題や経営体としてのメディアの実態などを、
グローバルな視点からわかりやすく解説する」ことにあります。
実に格調高い志で、
約10人の読売の各分野の局長、部長、次長らが交替で
毎週1回90分ずつ講義することになっています。
肩書の軽い順番なのか、私はトップバッターで
「雑誌ジャーナリズムと新聞社系週刊誌の役割」という、
これまた格調高いタイトルで話します。
ま、「グローバルな視点」という部分には自信がないので、
「わかりやすく解説する」方に軸足を置いて論じようか、と。
140人もの学生が登録してくれたそうです。
次回は激減、ということにならないよう頑張ってきます。
(苦悶デスクこと木村透)
校了直前まで騒ぎが続きそうですが、
個人的には、さらに気にかかることがあって揺れています。
実は明日、九州大学で講義をしなければならないのです。
九大と読売新聞社がタイアップしている特別講義で、
「ジャーナリズムの現場から」。
その目的は「時事問題や経営体としてのメディアの実態などを、
グローバルな視点からわかりやすく解説する」ことにあります。
実に格調高い志で、
約10人の読売の各分野の局長、部長、次長らが交替で
毎週1回90分ずつ講義することになっています。
肩書の軽い順番なのか、私はトップバッターで
「雑誌ジャーナリズムと新聞社系週刊誌の役割」という、
これまた格調高いタイトルで話します。
ま、「グローバルな視点」という部分には自信がないので、
「わかりやすく解説する」方に軸足を置いて論じようか、と。
140人もの学生が登録してくれたそうです。
次回は激減、ということにならないよう頑張ってきます。
(苦悶デスクこと木村透)
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2006/10/09
北朝鮮!
体育の日ですが、働いています。
新聞休刊日でもあるので、社内は閑散としています。
何となく当編集部にものんびりした空気が流れていたのですが、
昼前に「北朝鮮が核実験」という大ニュースが飛び込んできて一変、
この問題に何ページあて、だれが何を書くのか、と騒がしくなりました。
ま、北朝鮮といえば、小誌大得意の分野です。
何はともあれ、次号をお楽しみに。
週末は映画「フラガール」。
小誌連載の映画評論家土屋好生さんの評価は☆4つ。
「たぶん今年最高の邦画」という話も直接聞いていたので、
楽しみにしていたのです。
舞台は昭和の片田舎、
紆余曲折あって、
最後は心を一つに合わせて大成功、
というありがちな展開ではありますが、
それでもすっかり監督の術中にはまってしまいました。
いやあ、泣けました。
(苦悶デスクこと木村透)
新聞休刊日でもあるので、社内は閑散としています。
何となく当編集部にものんびりした空気が流れていたのですが、
昼前に「北朝鮮が核実験」という大ニュースが飛び込んできて一変、
この問題に何ページあて、だれが何を書くのか、と騒がしくなりました。
ま、北朝鮮といえば、小誌大得意の分野です。
何はともあれ、次号をお楽しみに。
週末は映画「フラガール」。
小誌連載の映画評論家土屋好生さんの評価は☆4つ。
「たぶん今年最高の邦画」という話も直接聞いていたので、
楽しみにしていたのです。
舞台は昭和の片田舎、
紆余曲折あって、
最後は心を一つに合わせて大成功、
というありがちな展開ではありますが、
それでもすっかり監督の術中にはまってしまいました。
いやあ、泣けました。
(苦悶デスクこと木村透)
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10月22日号「次点コーナー」
10月7日発売号(10月22日号)の「YW私写室」のお題は
「二日酔いにはこれ」。
本誌には10点掲載しています。本誌に載ればジャイアンツグッズを差し上げます。
が、ブログ版のほうは何もありません。頑張って本誌掲載を目指してください。

「インスタントみそ汁」 20代男性 学生

「ガム」 30代女性 主婦

「コーヒー」 30代女性 会社員

「牛乳」 20代女性 主婦

「乳酸飲料」 20女性 主婦

「りんご酢飲料」 20代女性 会社員

「トマト」 30代女性 会社員

「ビタミンC含有食品」 20代女性 主婦
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2006/10/06
編集長の「あなろぐ日記」
マンガ少年
経済部の記者だった時分、91年ごろでしたか、「こちら人事部」という連載企画を4か月ほど担当したことがあります。当時はまだ、ギリギリでバブル。学生の売り手市場の熱狂的とも言える就職戦線の実態や、日本企業の間で、ようやく流行り始めた成果主義の様子などをルポしました。
私は労働問題が結構、好きなので、企画の取材自体が大変、面白かったのですが、もう一つ、面白かったのは、毎回、森田拳次さんにお願いしていた挿絵です。もう、忘れてしまったけれど、いつも駄洒落の吹き出しがあって、ゲラが上がってくるのが楽しみでした。
その企画もそろそろ、終わりという頃に、「ご苦労さん」の意味も兼ねて、企画のデスク、ライター、森田さんで飲んだことがあります。
森田さんといえば、かのギャグ漫画「丸出だめ夫」で知られる大御所。小学生時代に熱狂的な少年マガジンファンだった私には(友達には結構、サンデーファンもいました)神様のような人で、私たちの企画の挿絵の駄洒落にはフフンと鼻で笑っていても、本人を前にすると緊張してしまいました。
でも、大御所は偉い人で、私が大のマンガ少年だったと分かると、当時の裏話などを気軽に披露して下さいました。さらに森田さんが偉かったのは、私が一番好きだったのは、森田さんではなく、ちばてつやさんであることを告白しても、ちょっとも機嫌を悪くなさらなかったことです。
1956年生まれの私にとって、ちばさんのマンガは、育ち盛りに一番、必要な栄養剤だったのでは…と思います。ちかいの魔球、紫電改のタカ、ハリスの旋風、おれは鉄兵ーー不思議に「あしたのジョー」は余り好きでなかったのですが、ちばさんのほとんどの作品をマガジン本誌か、後でコミックで(ちかいの魔球はそうだと思います)読みあさりました。
中でも印象に残っているのが「島っ子」。これは少女フレンドなので、コミックで読みました。温泉を探そうと、都会から絶海の孤島に渡った地質学者の娘が主人公で、島の人間にいじめられながらも、友達の輪を広げてゆく少女の健気さに、よく涙してしまいました。ホントです。
それにも増して好きなのが「紫電改のタカ」。太平洋戦争の戦闘機乗りの話ですが、最後に特攻隊に加わることに反発した主人公(結局は行くのですが…)が、戦争が終わったら教師になって、二度と戦争を起こさないように子どもに伝えたいと叫んだことに驚きました。当時は戦争マンガも随分とありましたが、そんなセリフは見たことがありませんでした。
「紫電改」が反戦マンガだったのかどうかは、少年だった私には判断できませんでしたが、その後、ちばさんが旧満州(現中国東北部)から苦労されて引き揚げてきたことなどを知り、何となく納得してしまいました。
7日発売のウイークリー(49頁です)には、そんな、ちばさんの活動50年を記念した特別展が、東京・銀座の彩鳳堂画廊で開催されていることを紹介しています。14日までです。どうぞ、お出かけ下さい。
経済部の記者だった時分、91年ごろでしたか、「こちら人事部」という連載企画を4か月ほど担当したことがあります。当時はまだ、ギリギリでバブル。学生の売り手市場の熱狂的とも言える就職戦線の実態や、日本企業の間で、ようやく流行り始めた成果主義の様子などをルポしました。
私は労働問題が結構、好きなので、企画の取材自体が大変、面白かったのですが、もう一つ、面白かったのは、毎回、森田拳次さんにお願いしていた挿絵です。もう、忘れてしまったけれど、いつも駄洒落の吹き出しがあって、ゲラが上がってくるのが楽しみでした。
その企画もそろそろ、終わりという頃に、「ご苦労さん」の意味も兼ねて、企画のデスク、ライター、森田さんで飲んだことがあります。
森田さんといえば、かのギャグ漫画「丸出だめ夫」で知られる大御所。小学生時代に熱狂的な少年マガジンファンだった私には(友達には結構、サンデーファンもいました)神様のような人で、私たちの企画の挿絵の駄洒落にはフフンと鼻で笑っていても、本人を前にすると緊張してしまいました。
でも、大御所は偉い人で、私が大のマンガ少年だったと分かると、当時の裏話などを気軽に披露して下さいました。さらに森田さんが偉かったのは、私が一番好きだったのは、森田さんではなく、ちばてつやさんであることを告白しても、ちょっとも機嫌を悪くなさらなかったことです。
1956年生まれの私にとって、ちばさんのマンガは、育ち盛りに一番、必要な栄養剤だったのでは…と思います。ちかいの魔球、紫電改のタカ、ハリスの旋風、おれは鉄兵ーー不思議に「あしたのジョー」は余り好きでなかったのですが、ちばさんのほとんどの作品をマガジン本誌か、後でコミックで(ちかいの魔球はそうだと思います)読みあさりました。
中でも印象に残っているのが「島っ子」。これは少女フレンドなので、コミックで読みました。温泉を探そうと、都会から絶海の孤島に渡った地質学者の娘が主人公で、島の人間にいじめられながらも、友達の輪を広げてゆく少女の健気さに、よく涙してしまいました。ホントです。
それにも増して好きなのが「紫電改のタカ」。太平洋戦争の戦闘機乗りの話ですが、最後に特攻隊に加わることに反発した主人公(結局は行くのですが…)が、戦争が終わったら教師になって、二度と戦争を起こさないように子どもに伝えたいと叫んだことに驚きました。当時は戦争マンガも随分とありましたが、そんなセリフは見たことがありませんでした。
「紫電改」が反戦マンガだったのかどうかは、少年だった私には判断できませんでしたが、その後、ちばさんが旧満州(現中国東北部)から苦労されて引き揚げてきたことなどを知り、何となく納得してしまいました。
7日発売のウイークリー(49頁です)には、そんな、ちばさんの活動50年を記念した特別展が、東京・銀座の彩鳳堂画廊で開催されていることを紹介しています。14日までです。どうぞ、お出かけ下さい。
(「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
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2006/10/05
長友さんを語る会
まだ6時前ですが、もう酔っ払っています。
4時から某ホテルで、「写真家長友健二を語る会」というのがあって、
そこで結構飲んでしまったのです。
長友さんといえば、もちろんわが読売ウイークリーに
「美女最前線 CMの主役たち」
「アグネスラムの時代から」を連載していただいた、
あの「生涯グラビアカメラマン」です。
亡くなってから2か月余、それでも一声かければ数百人が集まって、
長友話をして尽きないのですから、やっぱりなかなかの人物です。
この会の発起人代表は、
今、読売の事業局長となっている読売ウイークリーの初代編集長。
あいさつの中で、写真家は時代を切り取るばかりでなく、
時代を創ることもできる、といって、
長友さんが撮ったアグネスラムのグラビアの話をしていました。
これもまあまあの挨拶でしたが、
次に話した宮崎の高校の同級生のお医者さんの話は、さすがに交友60年、
とつとつと「君の写真には太陽がいっぱいだった」
と話し出したときには、すすり泣きが聞こえました。
列席者の多くは高名な、あるいは弟子筋の写真家、企業幹部でしたが、
和服の妖艶な銀座関係の女性もちらほら。
私の知り合いは専らこちらの筋の方々で、
だからますます酔ってしまった、というわけなのです。
(苦悶デスクこと木村透)
4時から某ホテルで、「写真家長友健二を語る会」というのがあって、
そこで結構飲んでしまったのです。
長友さんといえば、もちろんわが読売ウイークリーに
「美女最前線 CMの主役たち」
「アグネスラムの時代から」を連載していただいた、
あの「生涯グラビアカメラマン」です。
亡くなってから2か月余、それでも一声かければ数百人が集まって、
長友話をして尽きないのですから、やっぱりなかなかの人物です。
この会の発起人代表は、
今、読売の事業局長となっている読売ウイークリーの初代編集長。
あいさつの中で、写真家は時代を切り取るばかりでなく、
時代を創ることもできる、といって、
長友さんが撮ったアグネスラムのグラビアの話をしていました。
これもまあまあの挨拶でしたが、
次に話した宮崎の高校の同級生のお医者さんの話は、さすがに交友60年、
とつとつと「君の写真には太陽がいっぱいだった」
と話し出したときには、すすり泣きが聞こえました。
列席者の多くは高名な、あるいは弟子筋の写真家、企業幹部でしたが、
和服の妖艶な銀座関係の女性もちらほら。
私の知り合いは専らこちらの筋の方々で、
だからますます酔ってしまった、というわけなのです。
(苦悶デスクこと木村透)
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乳ガンなんかに敗けられない
今週号の巻頭特集は、乳がん特集です。
男性読者が多い週刊誌で、乳がんを巻頭特集に持ってくる
のは、いささか冒険的かもしれません。
中吊り広告では、「夫婦で読む」としましたが、もちろん1人でも、
また家族のために読んでもいいです。
このシリーズの担当デスクである私も、乳がんについては、
何度か、新聞や読売ウイークリーで記事にしてきました。
初めて書いたのは、自分の乳がんを克服しようと走ることを始め、
いつしかフルマラソンも走っているという40代の女性の記事でした。
20年近く前のことです。
自宅を訪ねて話を聞き終えたところでしばし沈黙があり、
その方は私に、乳がんの手術痕をみたことがある?と尋ねました。
私がないと答えると、では、きちんと記事を書くために、
そして後学のためにも見ておいた方がいいと、
手術痕を見せてくれました。
その方が乳がん手術を受けたのは、「温存」という手術法が
根付いていないころでした。平らな胸が現れた、と思ったら、
まだ胸ではなく、手術痕をカバーするパッドで、
パッドをとった後に、手術痕が現れました。
乳房は大胸筋ごと、えぐるように取られ、脇の下にこぶし大の
陥没がありました。左胸だったので、あばら骨ごしに、
心臓の鼓動が間近に見えました。
左胸だけ軽いため、知らないうちにカラダが傾いたり、
バランスが悪くなったりするとも、浮腫でつらいとも聞きました。
同性でも、手術痕を見せることにはためらいがあったことでしょう。
それでも、その手術痕は言葉以上にさまざまなことを物語っていました。
その手術痕を、私はいまでもはっきり覚えています。
そもそも乳がん自体に関心をもったのは、
ジャーナリストの故・千葉敦子さんの著作からでした。
ご存じの方が多いと思いますが、亡くなった千葉さんは、
著作「乳ガンなんかに敗けられない」を始め、自分の乳がんについて
発症から亡くなるまで、冷静なリポートを続けました。
ですが、20代前半の私がむさぼるように読んだのは、
乳がん以外のライフスタイルに関する千葉さんの著作でした。
「ニューウーマン」「寄りかかっては生きられない」
男女にかかわりなく自分の力で道を開き、
仕事もプライベートも楽しむというライフスタイルは、
いまとなっては当たり前になりつつありますが、
当時、他に例はなく、とても新鮮に見えました。
乳がん以外の千葉さんの著作を、もっと読みたかった。
大学で開かれた千葉さんの追悼集会に参加しながら、
私は残念でたまりませんでした。
千葉さんが亡くなって20年近くたち、乳がんはもっと
私にとって身近になっています。私も検診を受けています。
知人にも親戚にも、乳がん経験者が増えています。
でも、今回の特集で、医療技術が日進月歩で進んでいる
こともよくわかりました。
乳がんなんかに、ホントに敗けられません。乳がん特集は
第2弾、第3弾も今月中に掲載します。愛読ください。
(あれこれデスクこと笠間亜紀子)
男性読者が多い週刊誌で、乳がんを巻頭特集に持ってくる
のは、いささか冒険的かもしれません。
中吊り広告では、「夫婦で読む」としましたが、もちろん1人でも、
また家族のために読んでもいいです。
このシリーズの担当デスクである私も、乳がんについては、
何度か、新聞や読売ウイークリーで記事にしてきました。
初めて書いたのは、自分の乳がんを克服しようと走ることを始め、
いつしかフルマラソンも走っているという40代の女性の記事でした。
20年近く前のことです。
自宅を訪ねて話を聞き終えたところでしばし沈黙があり、
その方は私に、乳がんの手術痕をみたことがある?と尋ねました。
私がないと答えると、では、きちんと記事を書くために、
そして後学のためにも見ておいた方がいいと、
手術痕を見せてくれました。
その方が乳がん手術を受けたのは、「温存」という手術法が
根付いていないころでした。平らな胸が現れた、と思ったら、
まだ胸ではなく、手術痕をカバーするパッドで、
パッドをとった後に、手術痕が現れました。
乳房は大胸筋ごと、えぐるように取られ、脇の下にこぶし大の
陥没がありました。左胸だったので、あばら骨ごしに、
心臓の鼓動が間近に見えました。
左胸だけ軽いため、知らないうちにカラダが傾いたり、
バランスが悪くなったりするとも、浮腫でつらいとも聞きました。
同性でも、手術痕を見せることにはためらいがあったことでしょう。
それでも、その手術痕は言葉以上にさまざまなことを物語っていました。
その手術痕を、私はいまでもはっきり覚えています。
そもそも乳がん自体に関心をもったのは、
ジャーナリストの故・千葉敦子さんの著作からでした。
ご存じの方が多いと思いますが、亡くなった千葉さんは、
著作「乳ガンなんかに敗けられない」を始め、自分の乳がんについて
発症から亡くなるまで、冷静なリポートを続けました。
ですが、20代前半の私がむさぼるように読んだのは、
乳がん以外のライフスタイルに関する千葉さんの著作でした。
「ニューウーマン」「寄りかかっては生きられない」
男女にかかわりなく自分の力で道を開き、
仕事もプライベートも楽しむというライフスタイルは、
いまとなっては当たり前になりつつありますが、
当時、他に例はなく、とても新鮮に見えました。
乳がん以外の千葉さんの著作を、もっと読みたかった。
大学で開かれた千葉さんの追悼集会に参加しながら、
私は残念でたまりませんでした。
千葉さんが亡くなって20年近くたち、乳がんはもっと
私にとって身近になっています。私も検診を受けています。
知人にも親戚にも、乳がん経験者が増えています。
でも、今回の特集で、医療技術が日進月歩で進んでいる
こともよくわかりました。
乳がんなんかに、ホントに敗けられません。乳がん特集は
第2弾、第3弾も今月中に掲載します。愛読ください。
(あれこれデスクこと笠間亜紀子)
posted by ブログ管理者 at 12:32
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2006/10/03
残念!
ディープインパクト、いやあ残念でした。
59.5`の酷量に3.5`の斤量差が大きかったような気がします。
当編集部には「穴党デスク」ばかりでなく、
「穴党記者」も「本命党記者」も揃っています。
もちろん次号ではあのレースを振り返り、
ディープインパクトの今後をたっぷりと書いてもらっています。
個人的にはスプリンターズSの方がショックでした。
1番人気のテイクオーバーターゲットが抜け出し、
大抜擢した10番人気メイショウボーラーが何と2着に粘りこんだではないですか。
で、3着には最内から白い帽子が突っ込んで来ました。
あれは3連単フォーメーション3着に加えたビーナスラインに違いありません。
やった!
ビーナスも人気薄だったからこれは相当に付くぞ、
と狂喜した瞬間、録画映像が流れて、
白い帽子のゼッケンは1番ではなくて2番だったことが判明しました。
嗚呼。
まさか最低人気のタガノバスティーユとはねえ。
(穴党デスクこと木村透)
59.5`の酷量に3.5`の斤量差が大きかったような気がします。
当編集部には「穴党デスク」ばかりでなく、
「穴党記者」も「本命党記者」も揃っています。
もちろん次号ではあのレースを振り返り、
ディープインパクトの今後をたっぷりと書いてもらっています。
個人的にはスプリンターズSの方がショックでした。
1番人気のテイクオーバーターゲットが抜け出し、
大抜擢した10番人気メイショウボーラーが何と2着に粘りこんだではないですか。
で、3着には最内から白い帽子が突っ込んで来ました。
あれは3連単フォーメーション3着に加えたビーナスラインに違いありません。
やった!
ビーナスも人気薄だったからこれは相当に付くぞ、
と狂喜した瞬間、録画映像が流れて、
白い帽子のゼッケンは1番ではなくて2番だったことが判明しました。
嗚呼。
まさか最低人気のタガノバスティーユとはねえ。
(穴党デスクこと木村透)
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2006/10/02
10月15日号「次点コーナー」
10月2日発売号(10月15日号)の「YW私写室」のお題は
「散歩で見つけた物」。
本誌には10点掲載しています。本誌に載ればジャイアンツグッズを差し上げます。
が、ブログ版のほうは何もありません。頑張って本誌掲載を目指してください。

「梅干しの種」 40代男性 会社員

「ヤモリ」 40代男性 会社員

「四角いスイカ」 20代女性 主婦

「牛のオブジェ」 20代女性 会社員

「ど根性?フラワー」 30代女性 自営業

「飛行船」 30代男性 会社員

「満月」 20代女性 会社員

「演奏禁止」 60代男性 会社員
posted by ブログ管理者 at 12:26
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