2008/07/21

編集長の「あなろぐ日記」

日本の夏

 やっと夏本番って感じですね。祝日ですがウイークリー編集部は出番です。もっとも今日は千葉市の自宅ではなく、上総亀山という所から出社したのでした。
 
 その亀山で、例の、2か月ぶりの、高校のクラス会が昨夜から泊まりがけで催されたのでした。

 集まったのは男6人、女2人。通常のクラス会には20人ぐらい集まりますが、今回は“遠征”なので、少数精鋭も仕方がありません。私は千葉・木更津の出身なので、知ってますが、皆さんは亀山と言われてもよく分からないでしょう。ありていに言えば房総半島のど真ん中。交通手段は木更津からJR久留里線というので1時間余かかるのです。

 ウリは黒い湯の鉱泉でしょうか。あとは人工湖があって、ボート遊びが出来たり、キャンプ地もあって…要はギリギリ観光スポットかな、というレベルの大いなる田舎です。

 52にもなる私たちがキャンプをしても、ボートを漕いでも、ちょっとも面白くはありません。だったら、なんで開催地を亀山にしたのか。参加した全員が幹事を除いてホントはよく分からないのです。

 というのも5月に有志で新橋で飲んだとき、「こーやって2〜3時間、話をしても、中途で終わっちゃうから、今度、泊まりがけでやっぺか」などと誰かが発案したことは覚えてるのですが、それが2日後には幹事のI君がメールで「先日決まった泊まりがけ同窓会来ますよね。7・20亀山です」と、早くも確定していたのです。

 そのI君も亀山に特段の愛着があるわけでもなく、どこで飲んでも同じような話を、しかも2〜3時間もあれば十分に分かり合える話を、あーでもない、こーでもない、と夜中までやっていたのでした。

 予想通り、翌朝は自然を楽しむでもなし、ボートも漕がず、ベランダから人工湖を眺めては鉱泉を浴び、またも2か月後に迫った次期同窓会(今度は千葉市開催です)に備えて、私は1時間半をかけてバスで東京駅まで戻ってきたのでした。

 ただ、ちょっと心に残ったのは、昨夜、千葉からバスで現地に着き、バス停に降りた瞬間。ワーンという感じか、ザーっという感じか、目の前の山からセミの音が降り注いで来て、懐かしっぽい「日本の夏」をちょっとだけ味わったのでした。少しも生産的でなかったけど、まずまず楽しいお泊まりでした。
                         (「あなろぐ編集長」こと重田育哉)          
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2008/07/16

石田投手のこと

 今週号からスタートの仰天新企画「YW式動画リンクシステム」、
お試しいただけましたでしょうか。
少なくとも映画、DVD業界などオフタイムのページの関係者には結構な反応があって、
早速数社から電話がありました。
で、月曜に2社、火曜に1社の撮影というあわただしさです。
来週号ももちろんやりますので、まだの方はぜひ。

 それはそれとして、今朝のスポーツ新聞各紙の1面
「元取手二高の石田投手死す」という記事には驚きました。
41歳という若さでした。

 1984年夏の甲子園決勝であの桑田に投げ勝ったピッチャーです。

 私はそのとき、入社二年目の水戸支局の記者。
高校野球県予選の取材を担当していました。
すでに西の横綱PL学園、東の横綱取手二と言われるほどの強豪でしたが、
普通の県立高校の普通の校庭で練習していました。
監督はまだまったく無名の木内監督。
あの茨城弁で暗くなるまで丁寧に取材に応じてくれました。

 84年春、新装なった水戸市民球場に
PL学園を招いて取手二との練習試合が行われました。
桑田、清原はもうスターでしたから、球場は超満員。試合前の練習で、
桑田がパーンといい音を立ててキャッチャーミットに投げ込むたびに大歓声です。
スコアは忘れてしまいましたが、取手二は大差で負けました。
帰りのバスに乗り込む際、キャプテンの吉田君に尋ねました。
彼もプロ入りし、近鉄、阪神で俊足巧打のショートとして鳴らしました。
その吉田君は私にこう言いました。

「勝てっこねえよ」

 しかし、それからわずか3か月、甲子園の決勝で、
しかも延長戦であのPLを撃破したのです。
 石田投手は早稲田に入り、その後大洋に入りました。
応援していたのですが、あまり活躍はできませんでした。
ずっと、打撃投手をしていたことを今朝の新聞で知りました。
「プロ野球を含めて数少ない心に残る投手でした」
という桑田のコメントが心にしみます。
スポーツ新聞が1面で大きく伝えた、そのことが、
日本中のファンの心に残る投手だったことを何より物語っていると思います。

 全然関係ありませんが、
わが母校神奈川県立柏陽高校は今夏、1回戦で早々に姿を消しました。
はるか35年前、硬式野球部ができて初参戦したときに応援団を頼まれました。
桐蔭学園と当たって1点先制したときには、ひょっとしたらなどと思いましたが、
結局コールド負けでした。
3番にロッテのショート水上が、
4番に広島のライト長内がいたチームですから、勝つはずはありませんでした。

 最近新聞を読む時間が長くなりました。
全国の県予選の結果を確認しているからです。
(苦悶デスクこと木村透)
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2008/07/14

編集長の「あなろぐ日記」

まだかいな

 梅雨は明けたのでしょうか、夏ですね、これは。22年ぶりに買い換えたクーラーをつけようか、一度つけてしまうと、ずっと、つけっきりになるから…などと極めて小市民的な悩みを抱えながら、扇風機で我慢した週末でした。

 それでも、私にすると結構、忙しかったので、どー過ごしてたかを列挙すると

 12日(土)

  10時 サイモン・ラトル×ベルリンフィルの11月公演チケット電話申し込みに参戦。
      携帯を屈指、100分粘るもつながらず、惨敗。

  13時 ビッグサイト着。
      東京国際ブックフェアの読売ブースで15時からも催されるトークショーを傍聴
      ものは達川光男さん×務台達之さんの「だから野球は面白い」

  19時 近所の焼き肉屋。ボーナス支給直後のためか店は満杯
      40分待ちも達川さんの話が面白かったため、余裕で待機


 13日(日)

  9時半 テニススクール
      ラケットキャンペーンで展示されたウイルソンの新モデルが大変に打ちやすい
      買わないけど

  12時 盆の墓参り
      道の駅みたいなところでスイカなど野菜・果物類をごっそりゲット
      その後、スーパーで、評判のラーメン店に行ったが、味はそれほどでも

  15時 NHKで全英男子ファイナルの録画中継
      先週、ナダル2セットアップまでナマで観たら、眠たくなって寝てしまったため
      あのボルグ×マッケンローの激闘5時間の再現だった

  夜   夏休みは何をしよーか考えるが、まとまらず、ラムちゃんをちょっと読んで就寝

 この中で報告しなければならないのは、やはり達川さんのトークでしょう。ブックフェアのトークショーを観るのは、一昨年の茂木健一郎さん、昨年の泉麻人さん×みうらじゅんさんに続いて3年目ですが、過去2回にも増して大勢のギャラリーがつめかけました。

 そしたら、達川さん、期待を裏切らずに現役時代の珍プレーを披露して下さいます。

 ありゃ巨人戦じゃった。本塁クロスプレーでタッチしたけど、ミットには球が入っとらんで、よく見たら脇の下に挟まってる。それでもアンパイアの人ががアウトだちゅうたら、アウトじゃろ…そのまま大事に脇に球挟んでベンチに返ってから、取り出したら、そこを日テレのテレビカメラに撮られてしまって、のお

 この手の話が続き、お客さんも大喜び。でも、しっとりした話も

 阪神が、あんだけ独走してても、なおみんなが手抜きしないのは何故だか分かるかの?
 客席に問いかけます

 それは亡くなったヘッドコーチの島野さんに優勝して恩返ししたいから。赤星も金本も矢野もみーんな世話になったから…

 さらに、北京五輪の話に。日テレのアナウンサーが「五輪が始まると代表選手を取られて各チームにも影響が」と達川さんに水を向けると

 「ああ、選手たちもホントは責任が重たくて、大変だから行きたくないと思う部分があるけど、やっぱり日の丸を背負ってという気が最後には勝るんじゃろ」

 その時、あれ?達川さん、少し話がズレてるな、と感じたのです。

 そしたら、ショーが終わって達川さん、解説に東京ドームに直行するというので、車まで送り届ける最中に

 「ありゃ、選手が抜けて、各チームがいろいろ大変だろうという意味なんじゃろ」と私に聞き返すのです。「そーいう、結構、難しい問題にはのう…ちょっとなあ」と悪びれず、おっしゃるのです。

 チームによっては、沢山、主力が抜かれて怒ってるとこもあるだろうし、成績が悪くても良い選手がいるチームが被害にあったり、代表になってもいいような主力の調子が五輪前に偶然?に落ちたりするチームもあって、いろいろ批判されたりしていて…。達川さんも難しいのでしょう。

 そんな達川さんならではの高度な“政治判断得”にも感心している間に、車はスルスルっと小さくなっていくのでした。おしまい
                         (「あなろぐ編集長」こと重田育哉)

 
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2008/07/10

仰天新企画

 来週発売号から仰天の新企画がスタートします。
名付けて「YW式動画リンクシステム」。
なんのことやらさっぱりでしょうが、
ケータイカメラで誌面の写真を撮影し、
メール送信すると動画が送られてくるというシステムです。

 主に映画やDVDなどを紹介している連載「オフタイム」のページが中心となります。
次号7月14日発売号では、
例えば中国映画「雲南の花嫁」を紹介しています。
誌面は、映画ライター金原由佳さんによるチアン・チアルイ監督のインタビュー記事ですが、添付の映画の写真をケータイカメラで撮影し、
yw@okuru.jpにメール送信すると、あら不思議、
この映画の宣伝を担当しているショウゲートの美人広報が
紙芝居風に映画のあらすじを説明する動画が送られてくるのです。

 次ページには衛星放送の新番組「アイスロード・トラッカーズ」の番組紹介が載っていて、
やはりケータイカメラで撮って送れば、
浅草キッドによる番組紹介の動画が見られます。

 エンタメばかりではありません。前の方のグラビアページでは、
「中越沖地震から1年」のフォト・ルポを掲載しますが、
そのうち1枚もやはり動画とリンクしていて、
取材してきたカメラマンがちょっとだけあいさつします。

 これは、「画像認識」に関する新技術を使ったシステムで、
メール送信する先のサーバーに、
あらかじめ誌面に掲載している画像と動画を入力しておきます。
読者からケータイカメラで撮影した誌面の写真が送られてくると、
その画像が入力済みの画像と一致するかどうか識別し、
一致した場合にはセットになっている動画を返信するという仕掛けです。

 昨年、パーゴルフというゴルフ週刊誌が導入していました。
総合週刊誌では本邦初ということになると思います。

 おもしろいのは、どんな画像でも識別できるので、
必ずしも誌面の写真を必要としない点です。
現段階では、誌面写真を撮影して動画を見る方式ですが、
誌面で紹介した屋外のイベントとのタイアップ企画なども今後は考えたいと思っています。

 例えば、誌面でAという屋外イベントを紹介し、
誌面写真をケータイカメラで撮影して送ると、
そのイベントの割引クーポンや「合言葉」が送られてきて、
入り口でそのクーポンを示したり、合言葉を言えば3割引きになり、
さらにそのイベント会場のメーンの飾り付けを撮影して送れば、
次回のイベントが半額になるーーとか。

 ま、いろんなことが考えられます。
お金を持っているスポンサーの方々、
おもしろい広告、キャンペーンが展開できると思いますよ。
と、まずは宣伝しておきます。

 そうそう、金儲けのことばかり考えているわけではありません。
子どもたちの夏休み向け企画「自然しらべ2008 夏休み カマキリをさがせ!」の連載もこの号から始まります。
子どもたちの夏休みの自由研究の応援企画ですが、
これも単なる子ども向けというわけではありません。

 日本には11種類のカマキリが棲んでいるのですが、
どこにどの種類といった分布状況はあまり詳しくわかっていないのです。
で、これが本邦初の全国カマキリ生態調査というわけで、
専門家もその結果に注目しているのです。

 無関係のようにみえる両企画ですが、実は深い関係があります。

 昨年の「自然しらべ2007」のテーマは「セミのぬけがら」でした。
その連載の中で、「世界初!セミの鳴き声が聞こえる週刊誌」という企画をやりました。
誌面のセミのぬけがらのイラストに鳴き声のデータを埋め込んでおき、
ケータイカメラで撮影すると、「ミーン、ミーン」と聞こえてくる仕掛けです。

 これ以後、誌面とデジタル技術の組み合わせに興味を持ち、
そうした技術を持つベンチャー企業の若い人たちと飲みに行っては議論するようになり、
そのひとつの成果が今回の動画リンクシステムというわけです。
 ぜひ試してみてください。
(苦悶デスクこと木村透)
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2008/07/07

編集長の「あなろぐ日記」

雨の日と月曜日は

 先日、新聞だかテレビだかで知ったのですが、あの阪神の赤星選手が不眠気味というのです。彼の持病は首痛なのですが、それに伴って不眠も結構、ひどいらしくて、前の日がナイターで、次の日がデーゲームだと、もともと睡眠にさける時間も短いし、結果として、ほとんど眠れず、そのためにデーゲームの方のスタメンを諦めている、のだそうです。

 私の場合、首も痛くないし、眠れない夜というのも、あることはあるけど、めったにありません。新聞記者時代には、どーやって睡眠時間を確保しようかと頭を巡らせ続けていたので、十分に寝られる今の生活にひたすら満足しています。

 新聞記者と言っても担当部署で全然、違いますが、激烈な勤務になると、家に帰ったら午前2時過ぎ、その日の午前中には、バリバリ仕事をしている…という状況になります。そーなると、どんどん睡眠時間は削られて、4時間とれるかどうかといった記者も出てきます。

 もちろん、そのままでは体を壊してしまいますから、隠れて寝る場所を自力で見つけます。夜回りに行くときの車中や自分のクラブのソファーはあたりまえ。私は別の担当になってからも自動車担当記者クラブのソファーで毎日のように爆睡してたり、どのクラブに行っても喫茶チェーンのルノアールのあのフカフカしたソファーで惰眠をむさぼったり、でした。そこで、こんな所じゃ眠れない、とこぼす記者は壊れてしまうのです。

 さっき、ちょっと言いかけましたが、そんな生活から比べると、今の週刊誌制作の仕事は働くリズムそのものがあまり崩れないので、極めて健康的だと思います。夜まで仕事をしたり、土日に出る時もありますが、ヒマな夜間にはガンガン、フィットネスで爆走して、すぐに寝てしまう、といったことも可能です。

 そんな私にも睡眠関係で、ちょっとした癖が出来てしまったのか、もともとあるのか、ともかく癖が現存するのです。なぜだか雨が降ってたり、湿っぽかったりする朝は、いつにも増してぐっすり眠れて、起きるのに大変、億劫なのです。

 思い出すと、小学生時代に、ちょっと風邪か何かで冬に寝込んで、その時、外が雨で、「ああ自分は暖かい布団にいられるけど、外で傘をさして、濡れながら登校してる奴は大変だろうな」という感じの“優越感”を抱いた記憶があります。

 それ以来なのか、あるいはジジイになったから、そうなったのかは不明ですが、今朝も雨が降ってたでしょう。頭の中で、あのカレン・カーペンターがRainydays And Mondays…としっとり唄っているのです。

 先週も先々週も、天候に加え、ちょと思うことがあって、気がドンヨリしている私ですが、今週はさらに進行したようです。すみません
                       (「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
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2008/06/30

編集長の「あなろぐ日記」

失われた10年

 よく1990年代の10年を「失われた10年」と呼びますよね。バブルが崩壊して、日本経済が低迷して、金融機関も潰れて…。その間にアメリカなどはパソコン産業への投資などが活発化し、大きく花開いて。つまり、先進国で日本が大きく置いてけぼりをくった時代です。

 それとは別に、私にも失われた10年があると感じるのです。それはだいたい1980年代です。結婚をして子どもを年子で設けての時代なので、人生的には不満は全くないのですが、大きく失われたものがあります。それは音楽です。

 何度か紹介したとおり、実家がレコード屋だっったこともあり、和洋とも新譜は随分と聴いていた私ですが、大学を卒業して新聞社に入ったのが81年。それ以降の10年ぐらいは、新譜レコードを手にすることもマレ、テレビで音楽番組を見るのも皆無、カーステレオは何十本かある洋楽のカセットの聴き回し、という状況だったので、音楽の世界の常識が著しく欠落してしまったのです。

 まず、その間に活躍してた歌手が分かりません。尾崎豊、ボウイ(面倒なのでカタカナにします)、プリンセス・プリンセス…まったく接点がありませんでした。ある日、テレビを見てて、「これは誰だ」と聞いたのがウインクでした(面倒なのでカタカナにします)

 洋楽も同じで、TOTOなどは知ってますが、その後がいけません。ポリスもトーキングヘッズもわからないのです。

 その10年は、そんなに殺人的に仕事が忙しかった訳でもないのですが、就職を機にそーいう癖とか、そーいう生活になってしまったのでしょう。それが、90年代に入ると、子どもも多少大きくなって、週末ものんびりテレビを観る時間ができてきたからでしょうか、WANDS、ZARDあたりから見事に復活。カラオケの持ち歌的にも、あまり困らない所まできたのです(ボウイはその後、遡って大ファンになりました)。

 音楽とはちょっと次元が違うのですが、その10年はマンガも空白に近いものがあります。ぴったり年代があっているかどうか、分かりませんが、少年サンデーの「うる星やつら」も、じっくり読んだことがありませんでした。

 この前、Bオフで1〜34全巻を一冊105円で売っていたので、思わず全部買って、一冊二冊とチビリチビリ読んでいたのですが、これが面白い。もともと、ラムちゃんは好きだったのですが、登場人物が生き生きしてて、ギャグマンガの原点で、このマンガの主題でもある「鬼ごっこ」はふんだんに展開されて。それに、どこかファンタジーでノスタルジーな感じもします。昨夜、34巻目を読み終わったのですが、ちょっと涙してしまいました。

 気分は先週と引き続き、相変わらずドンヨリしてるのですが、ちょっとはラムちゃんに救われている私でした。
                       (「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
 
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2008/06/26

宝塚記念!

 うかうかしているうちに春のGTシリーズも最後になってしまいました。

 ま、一番人気はメイショウサムソンでしょう。
で、アサクサキングス、アルナスラインと続くはずです。

 一番人気が強いレースのうえ、サムソンは絶好調ときています。
無闇な大穴狙いで失敗を繰り返しているので、
ここは大反省してサムソンを軸にします。

 アルナスとアサクサではアルナスを上位に取ります。
菊花賞ではアルナスから勝負していたので、アルナスばかり見ていたのですが、
4コーナーでわずかですが外にふられる不利がありました。
あれがなければアサクサを交わしていたに違いありません。
交わしていれば3連単も取れていたので、よーく覚えています。

 勝負は3連単ですが、サムソン、アルナスときて、
アサクサやロックドゥカンブあたりを買っていたのでは、やはりおもしろくありません。
3着には、カンパニー、アドマイヤフジ、エアシェイディに頑張ってもらうつもりです。
(穴党デスクこと木村透)
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2008/06/24

フラワー・メグ!

 先週号の週刊ポストに
「フラワー・メグ 青春の肖像 1971年、わずか1年間で姿を消した伝説のモデルが再び」
というグラビア記事が載りました。
3葉の当時のヌード写真と、36年後の今の写真と。

 団塊世代にはきっと懐かしい彼女は、
5月23日に復活ライブを都内で開いたのです。
6月4日の読売新聞の夕刊にもその記事が載りました。

 そして昨日、ご本人から週刊ポストを同封した丁寧な礼状が届きました。

 実は、小誌は彼女の復活に大きな役割を果たしているのです。
その大まかな経緯は昨年4月の小欄でも書きました。
まずは、それを再録します。

「この本(小誌連載をまとめた「アグネス・ラムのいた時代」という中公ラクレ新書のことです)のアグネスの次のページには、フラワー・メグという伝説のヌードモデルが載っています。
 1971年に19歳でデビューし、きっかり1年間だけ芸能活動して20歳で引退。
 テレビに初めて上半身裸で出演したのが彼女で、
団塊の世代なら、その日本人離れしたスタイルと顔立ちを覚えている人も多いはずです。

 アグネス、団塊とくれば、平凡パンチでしょう。
 イラストレーターの大橋歩さんの表紙はあまりにも有名ですが、
リニューアル第一号の表紙はフラワー・メグの顔の大アップだったのです。
それも、目と鼻と半開きの唇だけの強烈な写真。
それほど人気だった、ということです。

 なのに、電撃結婚して芸能界とは縁を切ってしまいました。
この本の共著者である写真家・長友健二さんは懐かしがっていて、
記事の末尾に「編集部に連絡を」とメッセージを書いておきました。
で、先月、ご本人から連絡をもらったのです。
残念ながら長友さんは昨年夏に亡くなってしまったので、
その代わりというわけではありませんが、お目にかかって昔話をしてきました。

 もちろん初対面です。
が、こちらの側は懐かしい再会の気分で、ついつい飲んでしまいます。
妖艶な容姿は相変わらず、
フラワー・メグという一風変わった芸名は、
「急につける事になって、目黒に住んでる花だからって決まっちゃったのよ」
と明かしてくれました。

 平凡パンチなどで彼女が活躍したのは1971年。
私は14歳ですから、そのヌードが脳裏に焼きついている、というのはいかがなものかーー
帰りの電車ではそんなことを考えました」


 それから1年余、彼女はご長男と復活ライブの準備を進め、
その案内記事を小誌5月25日オフタイム欄に掲載したのです。
ポストや読売夕刊の担当者は、
おそらくこの記事に反応してくれたのだと思います。
きっと、私と同様、この36年間というもの、
彼女のヌードを脳裏に焼き付けてきた人に違いありません。
 マダム・メグとなった彼女は10月にはディナーショーを開くそうです。
お楽しみに!
(苦悶デスクこと木村透)
posted by ブログ管理者 at 18:48 | TrackBack(0) | ブログ版編集会議

2008/06/23

編集長の「あなろぐ日記」

上司白書

 梅雨のシーズン真っ直中ですね。そうでなくても、ちょっと気分的にヘビーなドンヨリした感じで、体もちょっとだるいようで…はっきり言うと元気がありません。

 そんな気分の中、私が執筆しているわけではないのですが、来週号のトップ記事にすべく、「バカ上司」という、書くのにも読むのにも、ちょっとエネルギーが要りそうな特集の準備を進めています。

 何でも、ものの本によると、×印の上司には「イヤ」「ダメ」そして「バカ」上司がいるそうです。どう違うのかの説明も編集部員に受けましたが、忘れました。でも、1981年に入社以来、27年も新聞記者=会社員生活を送ってきた私には、「イヤ」「ダメ」「バカ」の3種混合のような上司に遭ったり、そういう上司がいる、という情報を聞いた経験がヤマほどあります。

 例えば、Aという人がいて、その人にはBというAが見たら子飼いの部下(Bはちっともそう思ってない)がいて…。ある日、AさんはBさんほか、沢山の人(Aさんと、これらの人との付き合いは薄い)を使って新事業を準備しないといけなくなって、その時、新事業はBさんの主幹の担当でなく、どっちかというと手伝いなのに、他の人に押しつけると文句がでそうで、ホントはAさんはそーいうことが何より嫌いなので、Aさんは、いやがるBにほとんどの仕事をしろ、と強制して、挙げ句に口論になる

 例えば、Cという、もともと訳の分からないので有名なクラブキャップがいて、何かと難癖をつけてクラブ員を悩ませるのだけど、ある日、Dさんが血祭りに。記者クラブですから他社の記者も見聞きしてるところでDさんを立たせて何分も十何分も説教…出入りの企業の広報の女性にも目撃されてしまう

 こーいうことを書いていったら、とてもZでは足りないぐらいの数のバカバカしいバカ上司が過去・現在に渡って私の周りにもいるのです。

 ところで自分はどーか。

 ウイークリーの編集部というのは、杓子定規に言うと、読売新聞の社員が私を入れて20人余。派遣社員、契約社員、アルバイト、デザイン会社の人たちなどなど全部で50人とか、そんな規模で、社内的にも結構、大きな部屋になります。そこで一応、あーだ、こーだと指示を出してる私には、いろんな不満があるはずなのです。

 開き直ったよーで、申し訳ないのですが、それはそれでいいと思ってます。でも、私が私の部下だったら大変だろーなとも思うのです。というのも、私は結構、ブチっと来るのが特に対上司には早いので、電話・対面でほとんどケンカになる局面もあります。

 それでいて、深謀遠慮のよーなこともしたいと企み、ちょっとは手を回すのですが、やり方がとても下手なので、すぐ顔色に出てしまい、バレバレになって、結局は損得では編集部が損を被ってしまう場合が多いのです。そーなると、上司とかからは煙たがられ、部下からは心底からは信頼されない、つまり、ちょっと危ないルーズボールになってしまうことがあります。

 もーちょっと、会社員のよーに、同期や後輩でもちゃんと、そーなってる人がいるのに…とも少しは反省しています。でも、そうなら、すぐに、しゃきっと立派な会社員になれるかというと、今は心身ともちょっと梅雨加減で、それもムリっぽい感じがします。
                      (「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
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2008/06/16

編集長の「あなろぐ日記」

カバーストーリーU

 少なくとも私が編集長になってからは初めてのことですが、先週月曜に発売した、あの「ヨン様」号の追加注文が発売当初だけでなく、何日かたった週末にかけてもあったそうです。

 週末に全国のヨン様ファンの方々などが各書店に出向いて下さったようで、大変に感謝しております。昨春にイ・ビョンホンさん、今年の正月に宝塚の和央ようかさんを表紙にした際も、多数のファンの方々の反響がありましたが、熱狂ぶりでは、やはりヨン様はすごい、と肌で感じました。

 取材に同行したデスクの笠間が、このブログでどこまで報告したか、詳細には忘れましたが(今も一度、見ればいいのだけれど、面倒くさいので)、あのヨン様表紙は少なくとも先週号では間に合わない、と思っていたのです。

 ところが、我が編集部の韓国語がベラベラのK記者が聞き手だったおかげで、インタビューも効率的に進み、少ないながらも生まれた時間で表紙を撮影させて欲しい、と言うとヨン様は快諾なさった、というのです。

 それが、カメラマンによると「ヨン様が自分でとるポーズのほとんどが立派に表紙になる出来」だったので、取材団が戻ってきて、ドタバタの短時間で表紙を作り替えても、見事な出来になったのです。

 K記者は40過ぎの男性ですが、ヨン様について「本当にいい人だ」と今も絶賛してます。

 さて、今週はそれと関係があるのですが、表紙の話です。ウイークリーは昨年の今頃、「ドラマな表紙」と題して、著名人を主にアウトドアに連れだし、写真家の丸谷嘉長さんにドラマ性がうかがえる写真(例えば、菊川怜さんは、なかなか来ない恋人をファミレスで多少、怒りながら待っている様子)を撮って頂きました。

 昨年の12月からは、冬になったこともあり、「ドラマな表紙」に替えて、現在のスタジオ撮影にしているのですが、まあ、それはそれで、いいかなとも満足してます。ドラマ、というほどではありませんが、例えば今週号の仲間由紀恵さんには、テレビの「ゴクせん」そのままの格好で登場してもらいました。

 人的にも、あんまり週刊誌の表紙になったことがなかった人…西川センセとか、高田純次+大竹まこと+渡辺正行の3人組、秋川雅史さん(あの千の風の人です)などもバシバシ起用します。

 あんまりバラすと他誌に真似されそうですが、今後もいろんな路線を考えてます。ちょっとだけ言うと、これはオーソドックスな人選の方ですが、先日、深キョンを撮りましたッ。なんで心なしか文調が弾んでいるかというと、撮影を仕切ったF記者が、私宛に深キョンが描いた色紙を持ってきてくれたのです。

 色紙は以来、私の背後の書類ケースの最上段に飾ってありますが、弾むような深キョンの色紙のサインを見てると、酎ハイのジョッキを持ってピョンピョン踊っている、あのテレビの深キョンが飛び出してきそうです。

 別にこの話を書きたかったから、表紙の話をしてきたのではありませんが、行きがかり上、紹介させて頂きました。どうか、読者の皆様と、ウイークリーの新表紙シリーズに幸あれ!

 今週はこれで
                        (「あなろぐ編集長」こと重田育哉)
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